嘘と勘違い
「よーっし、あたしがもっと頑張らなくちゃ」
借り暮らしの宮殿へは距離的には馬車を使うべきなんだけど、思考を整理したかったのもあって敢えて徒歩で向かった。先導はリンドバーグでモカ達三人はあたしの後ろを歩いている。
呟きを聞き取った全員が意識をあたしに向けたのが何となくわかる。まあ急に喋り出されても普通は困惑するか。
「ほら庭園の貴族も兵士も、何も知らないから感謝の一つもしないでルウルウを危険視しているでしょ。だからこそ聖女仕事を頑張って信用や信頼をこれまで以上に積み重ねて、あたしが世話するんだからあの子は危険じゃないって世間の見る目を変えてやる……って気合いが思わず出ちゃったみたい」
「なるほど、聖女様のご心痛は察します。ですが仕方がないかと。あのドラゴンの力を広く知られれば無用の揉め事を招くでしょうから」
モカが常の如く冷静に返してくれる。
あたしの前ではリンドバーグが同感と頷き、後ろではイザークと一緒にうんうん頷くメイが言葉を継いだ。
「もれなくドラゴンが付いてくる我らが聖女様はお得過ぎて、どの国も秘密を知ったら咽から手が出る程欲して誘拐を企みますよ。勿論そんな輩は即刻撃退してやりますけど!」
使命感に燃えたやや物騒な目付きで拳を握るメイの横のイザークが表情に憂いを乗せる。
「万一聖女様が誘拐などされては、セオドア陛下は激怒して国家間の争いになるのは必至です」
「イザークってば飛躍し過ぎよ。国益を損なうって怒るのはあるだろうけど」
「「「「聖女様……」」」」
イザークだけじゃなく、モカとメイ、リンドバーグまでこっちを見てどうしてか不憫そうな目をした。しかもその憐憫はあたしに向けられていないような気がするわ。気のせいじゃなければ誰を憐れんでいるの?
「実際、攫われる可能性は皆無じゃないのよね」
ルウルウの、号令一つで下々の魔物達を呼び寄せたり、反対に遠ざけたりできる特技は、国内治安のみならず国防の観点からもと~っても魅力的。
例えば魔物の群れを敵国へと差し向けられる。突然魔物がドドドーッと押し寄せるなんて悪夢だわ。
あたしとルウルウはいつもセットみたいに思われているそうだし、彼を得たいならあたしを誘拐すればいいと思われても不思議じゃない。
つい最近まであたしはお忍び歩きをしていたけど、そんな身の危険があるのを知ってからは考えを改めた。
お忍び歩きをするならもう魔法でも何でも髪とか目とか変えて完璧な変装をして出掛けようってね。
そんなわけで、セオ様はあたしの身の危険を避けるために正式に黄金竜の存在を知る王宮警備兵達にも能力を秘密にしている。
知っているのはこの四人とセオ様とユージーン氏を含めた彼の腹心達くらいね。
だけどこれじゃルウルウは非難され損よ。不公平だわ。
「皆に余計な心労をかけないようにあたしも身辺にはよくよく気を付けるわ。必要な時にはサポート宜しくね」
四人を見回すと、全員が前向きな様子で頷いてくれた。心強い。
途中でやっぱり馬車にしてもらってそれに乗り込みながら、今頃あの二人は何を話しているだろう、なんて思った。
ルウルウはあたしを捜しに来たのに引き留めようとはしなかったから、あの場でふと思い立ったのかもしれない。
でもあたしに隠し事なのルウルウ~、くすん、もう反抗期?
「ホント、喧嘩していないといいけど」
車窓の外を眺め、庭園に残してきた二人へと思いを馳せた。
件の二人はと言うと――来園者と兵士達が見守る中、無言で睨み合っていた。
聖女達が完全に二人の視界から消えるまでは不用意には発言しないでいた彼らは、まさに世界の命運を懸けた対峙のような様相を呈している。局所的に。
痺れを切らした来園者達がちらほらと去り始めた頃、ようやく黄金竜が口を開いた。
「セオドア・ヘンドリックス。単刀直入に聞く。お前も前世持ちだな?」
「前世、だと?」
唐突かつ想定外の内容にセオドアは眉をひそめる。前世などと、アリエルと似たような発想には少し驚いたが、その点よりも彼が気になったのはお前「も」という言い方だ。
まるで他にも前世持ちとやらがいるようではないか。
加えて、この竜がアリエルを外したのは彼女には前世云々の話を聞かれたくないからだろうと推察する。変な奴と思われたくなかったに違いない。
(アリエルが思考駄々漏れのくせに未だそこの話題を口にしないのも、私に変な目で見られるのを気にしたからだしな。まあその通りで一時期は頭大丈夫かって心配になったが)
現在は面白い考え方もあると感じている。
現実主義の自分らしくないとは思うものの、ほんの少し、本当にそのような不思議もあるかもしれないと思ったりするのだ。
前世からの縁が時に二人を結び付けるのならロマンチックだとも。
そんな変な所も全部引っ包めて彼女が好ましいと彼は思う。
(いや、鈍い部分は是非とも改善してもらいたい。それに彼女はこいつが傷付く真似はしないだろう。おかしな話を聞いたとしても突き放したりはな。……愚かなくらいに優しいんだ、アリエルは)
聖女としてへとへとになるまで惜し気もなく献身する。あの無自覚な無謀と同時の高尚さが彼女をいつかセオドアの手の届かない高みに連れて行ってしまいそうで、彼は心のどこかで恐れてもいた。
(……だから余計に目を離せない)
「むむ? 何だ急に変な笑みを浮かべて。気持ち悪いぞ」
「どこぞのぶりっこドラゴンよりはマシだ」
「何だとーっ!」
「は、自覚はあるのか」
(それにしても、こいつはアリエルも前世がどうのと考えているのを知らないのか。ならわざわざ教えてやる義理もない)
セオドアは不敵ににやりとした。
「先の答えだが、そうだ、と言ったら?」
「やはりか! 道理で前世世界にしかない固有名詞を時々呟くはずだ。時代と出身はどこだ?」
セオドアは不意を突かれた気分になった。
黄金竜があたかも同郷の相手を見つけたように目を輝かせたせいだ。
(人間臭い魔物もいるもんだ。アリエルに関わると魔物さえ典型から外れるのかもしれないな。これも聖女の力なのか、それとも彼女個人の特異性なのか)
「逆に聞くが、今の言い様だとそっちも前世持ちと理解して問題ないんだな?」
「うむ。僕にも前世の記憶がある」
「なるほど……」
セオドアは直感した。
この黄金竜はアリエルの傍から引き離すべきだと。稀な共通点があると知れば彼女は一層この竜を気に掛けるに違いない。
(それは気に食わない)
「ところでセオドア・ヘンドリックス、お前は知っているか? この世界は前世世界にあったとある小説世界だと」
「小説世界、だと?」
「何だ知らないのか。まあ同じ時代や場所から転生したなんて神懸かった偶然はないか。仮にあっても例の小説を必ずしも知っているわけでもない。もしも被っていたならお前とは運命だったぞ」
「運命? は、気色の悪い事を言うな」
「まっ間違えただけだぞっ、運命じゃなくて宿命のライバルだ! ふん、折角だから教えておいてやると、お前はそれの登場人物だし、アリエルも僕もそうだ。とは言え本来の役回りとは随分大きく掛け離れてしまったけどな」
むしろそれで良かったと黄金竜は満足げにする。
セオドアは酷く驚愕し、戦慄で凍り付くような心地がした。
聞いた話だったからだ。
――アリエルから。
正確には、不可抗力にも漏れ聞こえてくる彼女の心の声から。
「何であれ、自分が異世界転生するとは思わなかったぞ」
「異世界転生?」
「知らないのか? 漫画やラノベを読まない人間だったとしても異世界転生くらいは知ってるだろ? これまでお前の口にした固有名詞から判断するにお前の時代と僕の時代とはそう離れていないはずだ」
「……異世界に転生する、文字通りの概念だろう? それくらい知っている。それよりもこの話をアリエルにはするなよ。困惑させるだけだろうからな」
「そんなのわかってるぞ」
セオドアはとりあえずは内心胸を撫で下ろした。
当面は彼女が黄金竜と前世語りで意気投合する心配は避けられた。
「もう話は終わりだな?」
「うむ」
「なら私からも一つ言っておく。これ以上貴様の言動と存在がアリエルを貶めるようなら、容赦しない」
黄金竜は一瞬カチンときたようだか、反論はせずに神妙にした。
「ふん、それはお互いにだぞ」
負け惜しみのようにそれだけを言った。




