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忍び寄る敵意と砂糖菓子系演技

 古老達が言った。

 千年も行方知れずだった王の声が聞こえたと。

 それも人間の地から。

 聖女を護ると叫んでいたそうだ。

 馬鹿げていると言ってやった。どうして聖女を護るのかと。

 その聖女が王を狂わせているのだと返された。何しろ王は見た通り手も足もない無防備な卵の時に攫われたからと。


 誕生と同時の強者を約束された竜族の唯一の弱点とも言えるのが卵時期だ。


 故にこそ、古来から卵は一族全体で見守ると決まっていた。

 千年前は巧妙に隙を突かれたそうだ。


 とある若い黄金竜にはそれでも俄かには信じられなかった。


 よりにもよって一族の王が人間の女になどそう簡単に惑わされるものかと。

 真実、古老達の言う通りだとして、王を迎えに行って連れ戻せばいい。そして目を覚ましてもらうのだ。


 無論、その聖女とやらを殺して。


 もしも、王が王に相応しくなかったのなら、聖女と同じ末路だ。

 人間の地から遠い遠い魔物の領域で、その黄金竜は決意する。

 ただ唯一、一族の中で声が聞こえなかったからこそ、王の命令に背くのに全く抵抗はなかった。






 この度、あたし聖女アリエル・ベルとスターライト一等星セオドア・ヘンドリックス国王陛下は婚約しました。


 ひゅーっパフパフパフッ!


 二人で臨んだ王宮会議でセオ様が婚約を宣言したの。思った通り反対派もいたんだけど、セオ様がいつにない高圧的な笑顔で黙らせていた。

 ただ書面上は婚約したけど婚約式自体はまだ少し先、先の会議からは一月後、現在からすると半月後に決まった。

 因みにその日は元々王宮舞踏会が予定されていて、国内貴族だけじゃなく周辺各国からも国賓がやって来る。改めてその機にどーんと発表して国内外に印象付けようって狙いもあるみたい。

 とは言えあたし達の話は国内外問わずもう俄かに広まっているはず。婚約式までは気合い入れて恋人演技をやろうとセオ様とは既に互いの意思を確認した。

 キス本番の結婚式までは、キス未満のスキンシップでどうにか乗り切れるかなってあたし的には自信はあった……んだけど、結論を言えばそれは過信だった。


「――アリエル、向こうから人が来る」

「えっ」


 本日のあたしとセオ様は二人並んで広い王宮庭園を優雅に散歩中。

 あたしは聖女仕事を再開していたしセオ様は通常通り公務があったから、この半月の間は互いの都合の合う時に王宮デートをしていた。今日で実質三回目。


 前二回のデートに付いてきていたルウルウは、今は池にご飯に行っている。今日あたしがデートをしているのをあの子は知らないからゆっくり食べてくるんじゃないかしら。


 まるでルウルウ不在を見計らったようにセオ様がやってきてデートに連れ出されたのよね。


 護衛ズも同じ庭園にいるけどあたし達からは少し離れて付いてきていた。セオ様がそう命じたの。んもうセオ様ってば、デートの邪魔をするなって? ……なーんて、そんなわけないか。

 

 視線を感知して横を見ると、思ったよりもガチでこっちを見ていたセオ様と目が合う。きゃあんっ、そんなに熱心にこっちを見つめても……全っ然いいですっ、もっとも~っと凝視して!

 そうしたら、彼は本当にじ~っくり凝視してきた。


「え、あの、どうかなさいました?」

「いや、アリエルはユルいな、と」

「どういう意味ですか? あ、おおらか?」

「想像に任せる」

「ええー……悪口ですね?」

「こほん、今までは気にしたためしがなかったが、普段から庭園にはこんなに人がいるものなのか?」


 セオ様ってば誤魔化した。悪口確定ね、まあいいけど。

 たとえ悪く言われようとこうして隣りに侍っていられるだけで天国っ、贅沢三昧よ。


「知りませんか、王宮庭園はデートスポットなんですよ」

「なるほど……」


 王宮図書館と同じで許可さえあれば入れる区域だから他にもちらほら散策者の姿が見える。

 庭園は背の高い生垣の迷路もあってとても広いから、ここからじゃ見えない場所にもそこそこ人がいると思う。

 生垣迷路で死角からつ~かま~えたっと抱きつき抱きつかれるやつセオ様とやりたいなあ。

 花壇の間の白砂の広い遊歩道の先から何人かの若者がこっちに歩いてくる。

 ドレスが二つフロックコートが二つ。


「なああれセオドア陛下じゃないか?」

「まあ本当、陛下だわ!」


 彼らのうち令嬢二人はあたしを睨んだ。

 こういう態度は彼女達が初めてじゃない。

 社交界じゃ未婚の令嬢が最も重視するのは優良な結婚相手探しって相場が決まっている。


 未婚の国王陛下って存在はやっぱり魅力的なんだろう。


 そしてあたしはそんな優良物件様の婚約者。


 感じるわジェラシー。


 連れの青年達はセオ様を前にして畏まったように背筋を正している。あたしへも目を向けて一応は表情を引き締めたけど、一人は蔑みを、一人は好色さを薄ら浮かべた。

 あたしの平民って出自はこんな風に相手の態度に出たりする。顔を合わせるほとんど大半はその感情を社交の仮面の下に巧妙に隠すけど、目の前の四人は未熟なようで。


 平民のくせにとか早く別れろって陰口を叩かれているとモカ達から教えてもらった。彼らには社交界で伝え聞いた情報は包み隠さず報告するようにって頼んであるの。それがあたしが傷付くような内容だろうとね。

 何であれ、お生憎様。これは契約なんだし相手との合意なしに別れるのは契約違反になるから無理ね。

 それにしても予想はしていたけど予想通り過ぎて笑える。


 はんっ、平民が何か?

 のんびりファーマーな貴族も確かにいるけど、王都中心のあんたら都貴族はその平民がいなけりゃおまんま一つだって食えやしないのよ。着替えも自分じゃできない駄目女達が何を高貴気取って人様の悪口言ってんの?


 無人島サバイバルしたらその役に立たないプライドでも食べて腹を満たすの? 人間どうせ服を剥けば平民も貴族も変わらないってのに。まあ排泄もしないってんなら神仏に並ぶ高貴な令嬢ってリスペクトしてあげるわよ。だって普通に考えてそんなの人間じゃないでしょ。


「――お前達、どこに目を向けている」


 セオ様のお声にハッとした。この蒙昧な娘っ子共があ~ってキレそうになる寸でのところで彼がさりげなく止めてくれるのがここ半月の集まりやらデートでの定番になりつつある。


「聞こえなかったか? 許可なくどこに目を向けていると言っている」


 ……ん? セオ様? だけどいつもより随分お声が低くてらっしゃる。


「私の許可なく私のアリエルを不埒な目付きで見るとは、余程両目を刳り貫かれたいようだな」

「ひいいいっ、へへへ陛下どっどうかご容赦を! 聖女様を無許可で見て申し訳ございませんでしたあああっ!」

「金輪際このような愚行は致しませんのでお赦しをっっ!」


 す、凄いわセオ様、俳優顔負けの迫真の演技であたし達の親密さを知らしめようとしているんだわ。男性二人は一瞬ですっかりセオ様のメンチ切りに怯んでしまっている。半端ないもんね威圧感。あたしだったらもっと攻めてえーんって蕩けちゃっていると思うけど。


「ごほっ……!」

「あっ、つい。ええと、セオ様大丈夫ですか!?」


 急に噎せた彼を気遣い支えるようにして傍から目を合わせると、セオ様は優しく微笑んだ。くううぅぅ~っ、堪らん!


「平気だ、アリエル」


 声が甘い。

 今度は令嬢二人がハンカチを噛んだみたいにして悔しがり無念そうに「負けたわ。割り込む余地がない」「噂には聞いていたけど、あれは無理ね」と肩を落とした。

 四人はそそくさと互いに早く行こうと急かしながら回れ右で退散していった。


 ああ、もう……。

 ホントもうね、この半月相当ヤバいのよ! 演技だってわかっていても!

 砂糖菓子を食べるよりもずっと……。


「アリエル」

「――」

「アリエル?」

「――っ」


 真っ赤になった顔を覗き込まれて体ごとそっぽを向いた。彼はそれをわかっていて上体を曲げて追ってくる。そうやって無理に顔を覗き込んでくるの。意地悪ね。


「んもうっセオ様!」

「私にドキドキしたか?」

「なっ……!」


 あ~っも、彼にこんな女慣れした一面があるなんて、読者の誰が知っていたと思う?

 少なくとも熱狂的読者だったあたしにはなかったわ。

 婚約してからこっち、婚約者演技で人前に出る度にあたしはセオ様からのサプライズ演技に翻弄されている。

 今だって不意打ちで優しく微笑まれてもう言葉に言い表せないくらいに心臓がもたないーって悶絶した。


 この頃はあたしの妄想にも慣れたのか彼は前より動じないようになったからまた厄介よ。まあね、今さっきみたいに時々そうでもないようだけど、確実に耐性ができていると思う。


 はあ、うっかり演技だって忘れたらどうしようかしら。

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