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ラズベリーみたいなプロポーズ

 あたしの思考がセオ様にはとても奇異に思えるんだろう、彼は騙し絵から何かが浮かび上がるのを待つかのように黙ってこっちを見つめた。

 黙っていなかったのはルウルウよ。


「アリエルどうしたうかないかおになって? ああそうか、こいつがすぐチカくにきてフユカイなんだな」

「ええっ違うわよ! ほら、陛下が一口も食べていないのにもらうのは申し訳ないわって」

「アリエルはやさしすぎるぞ」


 ルウルウは面白くなさそうにした。だって本当に美味しいんだもの。彼ともこの感動をシェアしたい。ルウルウともそうしたようにね。


「……まさか平等さに腹が立つ日がくるとはな」

「はい?」


 困惑していたらセオ様はケーキを銀フォークで切り分けるや腰を浮かせてあたしの方に身を乗り出すと、そのケーキの一片をあたしの口元に突き出した。鼻先を甘酸っぱい香りが擽る。


「あの?」

「シェアするんだろう?」


 そ、そうだけどこの状況は一体何? あと少し近付けてこられたらべったり唇にくっ付いちゃう。

 少し悩んだ末にそれならと腹を括って照れながらも薄く口を開けた所で、目の前から忽然とケーキが消えた。フォークごと。


「んむぐんぐおいひい」


 何の事はない。海面から出てきた鯨よろしくルウルウが大きな口でぱっくんと食べたの。

 たぶん美味しいって言った彼は器用にフォークを吐き出した。


「誰がお前にやると言った」

「じゃあハきだしてカエしてやるぞ?」

「ならお礼に口に石でも詰めてやらないとな」


 スマイル上等の両者は一触即発な不穏さ。


「ちょっとルウルウ失礼しないの! この子がすいません!」


 ルウルウは不満そうに唇を尖らせた。反論しないのは幼稚な真似をしたと本人も思っているからなのかも。セオ様はどこか溜飲を下げたようにした。


「聖女アリエル・ベル」


 彼は真面目な眼差しで真っ直ぐにこっちを見ている。この空気、もしかして終に重要事項の伝達?

 よーっし何を言われてもしかと受け止め――


「んぐ!?」


 ――って、予想外にも甘酸っぱい。

 鼻を抜けるラズベリーの香りと甘さと酸味と、あと味覚だけじゃない甘いものがあたしの口の中に、ううん後者は唇から全身に広がっていく。


 彼の指先が触れて離れた部分から。


 セオ様は指先であたしの口にラズベリーを押し込んだ。彼のケーキから取ったそれを。

 衛生的じゃない? とんっでもっないっ。聖水がゴミレベルなくらいに神聖よっ。

 推しからの餌付けだなんてあたしもうこの人生彼が親鳥でも構わない。鳥になります。て言うかこれを吐き出して標本にするわ。この先二度とこんな奇跡は起きないだろうから!

 本気でそう考えていたら「食べ物を粗末にするな」だって。はいすみません。かむかむごっくん。


「全く、もう少し発想を常識寄りにできないのか? また食べさせてやるし」

「えへへそうですよねー…………めえええ~!?」


 わけがわからなくて鳥どころか羊か山羊になっちゃったわ。またって何? またあーんしてくれるの?

 いやいやそんなわけないか、食べたいなら菜園に行けって意味よね。だって彼がそんな奇跡の施しをあたしにするわけないもの。


「そなたは……まあいい」

「ええ?」


 ところでセオ様はこの後そのお指をどどどうするのかしら? 指先はラズベリーとクリーム味だろうから①洗う②拭く……③煽情的な目であたしを見ながらぺろりと嘗める! ③だったらもうご馳走様ってああまた煩悩走らせちゃった。


 きっとまた耐えているんだろうセオ様に潔く謝ろうと慌てていたら、彼は「ん?」とか怪訝そうな流し目で指をぺろりとした。


 そこは素なんかい罪作りさんめ!!


「アリエル~」


 にょっとあたしとセオ様の間に首を伸ばしたのは言うまでもなくルウルウ。放置されていたからかめっちゃ不満そう。機嫌を直してもらおうと構おうとした矢先、セオ様がルウルウの頭を押して下げさせた。


「なにをする!」

「陛下!?」

「これまでそなたを蔑ろにしていて悪かった」

「え?」


 ルウルウはセオ様の手から逃れてあたしの膝から下りるとすぐ横に立ってぶすくれた。セオ様はもうルウルウの存在をまるっと無視であたしを見据える。


「これからは、そなたの煩悩をできる範囲で叶えようと思う」

「え、本気ですか? 自分で言うのもあれですけど、すんごいですよ?」

「腹は決めた。そこで円滑にそなたの煩悩……いや希望を叶えるためにも、一つ提案がある」


 緊張を感じてごくりと咽を鳴らすと、それが口火を切る合図かのように向こうが形の良い唇を開いた。


「――アリエル・ベル、私と結婚しないか?」






「ふざけたことをいうなセオドア・ヘンドリックス!」


 ルウルウが食って掛かったけど、幸い物理的に噛み付いたりはしなかった。


 一方、あたしの脳内には沢山の文字列が飛び交っていた。ボロネーゼでもマヨネーズでもホグワーツでもなくて、――プロポーズ!?


「変な事を口走る魔法でも掛けられました?」

「そなたにホグワーツいやプロポーズするのがそんなにおかしいか?」

「おかしいですっ!」

「……」

「何か裏の意図があるんだとしても、正直あなたにこれ以上疎まれたくありません。労いや気遣いは本当にありがたいですけど、好きでもない相手と結婚だなんて……。どうか捨て身にならないで下さい」

「捨て身……」


 それにセオ様にはこの先運命の出会いがあって、今度は本編では実らなかった恋が成就するかもしれない。

 だって物語は本筋から逸脱を始めている。


「はあ……喜ぶと思ったのに、わからないものだな」

「え? 何て?」


 彼はどうしてなのか、どこか落胆したように軽く頭を振ると額を押さえてやや深い息を吐き出した。


「――契約結婚だ」


 声には妥協したような不本意さが窺えた。


「これは契約結婚の提案だ。そうすれば私も婚姻を急かされる煩わしさから解放される。そなたも王妃になれば誰も喧嘩なんて吹っ掛けてこなくなるはずだ」


 そっか、出自を理由の衝突をセオ様も知っているのね。なるべくなら知られたくなかったんだけど……。


「なるほど、政治的な旨味が大きいからあたしと結婚したい、と」


 時として聖女は政略の道具。婚姻による貴族間の権力闘争を避けたいなら、適任者は現状どこの貴族とも懇意にしていないあたしくらい。


 ……必要なのはアリエル・ベルじゃない、聖女アリエル。


「それは――」

「――お話は理解しました。ですがその前に契約内容を詰めましょう。結婚したら壁ドンもバックハグも不意ちゅーも夜這いもオールOKですよね!」


 これはあれよ、セオ様に変な虫が寄り付かないように常に隣りで目を光らせていられるって事じゃない。ポジティブに行こうあたし!


「夜這いはNGだろ」


 居心地悪そうにしてセオ様はこめかみを揉んだ。

 ん? でも今の言い様だと夜這い以外はOKなの? していいのキス?

 ふと、頭上に影が差す。セオ様が椅子を立ってあたしのすぐ前で屈み込んだの。


「陛下?」

「セオドアでいい。――アリエル」

「――っ」


 本人そんなつもりはないだろうけど至近から甘い声に攻められてドッキュンよ。その間に彼はあたしの前に跪いた。


「改めて、アリエル・ベル、私と結婚してくれ」


 麗しの求婚者に真っ直ぐ見つめられて、まるで童話のお姫様になった気分。


 彼はその手に指輪の入ったビロードの小箱を持ってさあ受け取れと押し上げる。ああもう夢みたいっ。


 契約結婚なのにこんなにもロマンチックだなんて! こんなにも嬉しいだなんて!


「こほん、アリエル返事は?」


 駄々漏れ思考のせいか、まるで照れたみたいに微妙に視線をずらしてセオ様が促してくる。答えなんてわかっているだろうに意地悪ね。それともこれは何かのテストなの?

 ルウルウは契約結婚と聞いてからは大人しく状況を見極めるようにしている。ただ何となく、セオ様へは敵意だけじゃないようにも思うのよね。


 あたしは不思議な心地でセオ様と指輪を見つめた。彼があたしに恋をしているんじゃないのはわかっているのに、緩む頬を止められない。


「勿論、お受けしますわ」


 ちょっと気取って言ってやった。いつかあなたの背を押す日まで、ちゃーんと奥さんするわ。

 セオ様は何かを言いかけたけど、あたしがにこにこと嬉しそうにしていたからか結局何も言わなかった。

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