晩餐ケーキはベリー味
一頻りぐりぐりしてルウルウがへばったところで放してやった。お仕置きって心が痛いわー。
何故か正面遠くのセオ様は「壮絶……」とか呟いて少し青い顔をしていた。何かしら? 大変なのよちびっ子を躾けるって。あなたも良きパパになりたいなら甘やかすだけじゃ駄目なんだから。
今のうちに覚えておいてほしいわね。奥さんもらってからじゃ中々出しゃばれないもの。
「まあでもルウルウが仲間を呼び寄せなくて良かったわ。ドラゴンが沢山来たらこの花の王都は大混乱になっていたわよ。もしかしてそこまで考えてくれていたの?」
「ふあ? んんーと…………うむ!」
こめかみぐりぐり第二弾。
セオ様は今度は微妙な目をしていたっけ。
「ほんとうにごめんアリエル。センネンもたっていると、ドウゾクはぼくをしらないのがほとんどだ。だからきがススまなくてウソをついた」
「そうだったのね。まあドラゴンにとっても千年は長いでしょうし、勇んで帰ってもあんた誰状態はキツイわよね。いいわ、あなたの覚悟ができるまで一緒にいましょ」
竜族は長命とは言え、千年前に彼を囲むはずだった同族はどれ程生き残っているんだろう。
ふと、前世のドラマか本かで聞いた王は孤独だって言葉を思い出した。この子はその言葉通り孤独なのかもしれない。
「だからね、もう不安そうにしないの」
ハの字眉になるルウルウを抱き寄せてでっかいぬいぐるみを抱いた時みたいに頭頂に顎を乗っけるあたしは、目の前のデザート皿に目をやった。
芸術的なケーキがそこにはある。
ラズベリーメインのムースケーキで、新鮮なラズベリーが円筒形ケーキの上にふんだんに乗せられている。ムースとスポンジが交互になっていて色合いは淡いピンクと薄紫、ラズベリーとブルーベリーかな。ああでも最上面は生クリームの白よ。何て嬉しい組み合わせ~。
「美味しそうなケーキちゃんだこと~」
「アリエルはケーキがすきなのか?」
「ええ。ベリー系のは特に。ストロベリー、ラズベリー、ブルーベリー問わずね。そうだルウルウ半分こしない? 食べられないわけじゃないんでしょ?」
「へいきだ……が、アリエルのコウブツをへらしたくない」
あらまあ気を遣っちゃって。まるで前世の夫みたい。知り合いからあたしの好物をたまたま頂いた時は彼ってば一切手を付けようとしなかったのよね。全部あたしに譲ってくれようとしたからそんな時には……。
あたしは手早く銀フォークでケーキを切り分けるとルウルウの口に押し込んだ。
「むぐ!?」
「ど? 美味しい?」
にこりとしてやれば素直にもぐもぐごっくんして首肯するけど、表情は少し申し訳なさそうね。
あはは偶然なんだろうけど、そんな仕種まであの人みたいだわ。何だか和んじゃった。
「あたしといるなら美味しいも楽しいもシェアよ、わかった?」
「な、ならツギはぼくがケーキをはこんでくる、アリエルのへやいっぱいにな! だからこんなキュウクツなばしょからでてもっとヒロいところにいこう!」
彼は人生の目的を見出だしたみたいに目を輝かせた。
でも竜的にここは窮屈なのね。やっぱり人里離れた森の中に引っ越すべき? 大自然は広いから。
「……戯れ言をほざいてないでとっとと仲間の所に行け」
同じくケーキの皿を前にするセオ様がテーブルに置かれた銀のフォークを見ながらぞんざいに言う。ケーキは手付かずで、何を考えているのか読めない伏し目がちなその目には相変わらずの冷たさがある。何故だかいつにない殺気も感じるし、剣みたいにフォークを投げてきたらどうしよう。あたしだって命は惜しい。
でもストイックさとクールさ、それこそが本来の彼の魅力でもあるのよね。
はあーん何度見てもホント神っ! どうか地上の下等なあたしを天上の高貴なあなた様のお傍に侍らせ給えーって駄目駄目っ。
あたしと指先を合わせようとしていた天上のセオ神を慌てて霧散させる。
「こほん、そう怒らないで下さい。この子はしばらくまたこちらで面倒をみます。事後承諾になっちゃいますけど、いい……ですよね?」
うっわ弱腰~って自分でも思ったけど家主は彼なんだからしょうがない。セオ様を懇願の目で見つめる。また言うけど遠い。
瞬きさえ惜しんで見ていたら溜息をつかれた。
「まあ、手を出さない約束はしたしな。しかし何か一つでもやらかした時点で、それも無効だからな」
「はっはいっ、ありがとうございます国王陛下万歳!」
彼の心にも慈悲はあったのね!
「……何か腹立つな」
きゃーんセオ様あああーん!
安心と感謝で推しへの煩悩が制御不能になる前に苦労してケーキに意識を戻す。あたしも一口パクり。
甘くて酸っぱいフレッシュな味わいで気分一新。
「ん~~~~まっ!」
ちょうど給仕達もいないからとついつい地を出しちゃった。
至福に頬を押さえてケーキを頬張るあたしをルウルウが不思議そうに見つめてくる。あたかも同じ癖を持つ誰か知り合いを見るかのように。
「ラズベリー瑞々しくて絶品~!」
生のラズベリーって鮮度がすぐ落ちるけど、これは新鮮よね。まるで摘み立てを使っているみたい。どこで採ってきたのかしら。
すると向かいから答えが返った。
「このラズベリーは王宮の菜園のものだそうだ」
あ、駄々漏れですよね。説明感謝です。
「好物なら、ここにいていつでも好きなだけ食べればいい」
セオ様がしれっとそう言ってケーキ皿に目を落とす。ムースケーキにはまだ全く手が付けられていなかった。
そっそそそんな言い方されたら明日には結納品を持ってあなたの寝室に押しかけちゃいますけど!?
このケーキはあなたの分も食べちゃいたいくらいだけど、本当はあなたの事も食べちゃいた――シャラアアアーーーーップ!!
脳内であたしは煩悩アリエルを叩きのめした。
急いで微笑みを取り繕う。とは言え、煩悩かつ絶叫が聞こえていただろうセオ様はややびっくりした目をしていて気まずい。
「と、とても爽やかで美味しいですし、陛下も召し上がっては?」
彼は何故か思案する顔になって徐に腰を上げた。
どうかしたのかと彼の動きを目で追っていたら、あらまあ何とこっちに歩いて来た。
ケーキ皿を手に持って。
まっまさかストレス発散にあたしの顔面にパイ投げならぬケーキ投げ!? どうしよう推し御自らの手による甘いケーキ投げを味わいたい気もするけど、やっぱり汚れた姿を晒すのは乙女的にはダメージ大。
「そなたは私をどんな酷い人間だと思っているんだよ……」
ムッとした様子で彼はあたしの角隣の椅子を引いてらしくなくやや雑に腰を下ろした。
運んできたケーキ皿をあたしの方にスッと押し出してくる。
「ええと?」
「やる。食べ足りないだろう?」
ぱちぱちぱちぱちって瞬きを繰り返しちゃった。
そりゃあ特大のホールでも余裕でいけるけど。何より許されるの? あたしがあなたの唾液が染み込んだケーキを食べても!?
「まだ一切手を付けていない」
あははそうでしたー。じゃあこれは何かの罠? 一口食べたらお前食べたなこれは一口が国家予算に匹敵するんだぞ、金を払えなければその清らかなる体で払ってもらおうかへっへっへって迫られたり!?
「そんな非常識なケーキがどこにある」
「え、ぼったくりって言葉を知りません? あたしの故郷では旅人達からそういう話をよく聞かされました」
「知っているよ。私も小さい頃は結構荒れた生活をしていたからな」
「そ、うだったんですか?」
「ああ。酷いものだった。まあ、ここでする話でもないが」
セオ様の波乱の過去をあたしは知らない。
それはそうだ。そこまでは何も語られていなかった。スピンオフですら何も描かれなかった。登場までの人生は白紙で、王位継承の争いで血の雨の降った王宮を最終的に掌握した傑物って設定からしか始まっていない。それからの彼しかあたしは知らない。
だけど、この世界の生身のセオ様は違う。あたしがアリエルとしてきちんと生きてきた時間があるように、彼が彼として過ごした時間がある。ごくごく当たり前に。
何だろう、この急激なフラストレーション。
焦りもある。
この男を全然知らないのが悔しい。
――この世界にジェラシーだなんて。




