黄金竜はふくふく
あら起きたのねって言うかルウルウは寝起きもキュート。寝癖で跳ねた毛先にまで黄金比が使われているみたいよ。
そんな彼は中々あたしを放そうとしない。
「いくなアリエル~」
「はいはいまだ居ますよー?」
頭をいい子いい子って撫でて、あたしはもう一度ベッド脇の椅子に腰掛けた。
飼い主に撫でられた猫がそうするみたいに彼は気持ち良さそうに両目を細めると、もうベッドには横にならずに端っこに腰かける。あたしの独断と偏見で子供用のフリフリ寝間着を着せたから余計に天使だわ。
「具合はどう?」
「まだだるい」
「なら寝てないと駄目じゃない」
「へっへいきだ。アリエルといっしょにいればハヤくなおる。だからおいてくな!」
「あのね、ドラゴンのあなたがここにいるのは秘密なの」
「それはぼくがめのいろでマモノだってわかるからだろ? ならわからないようにすればいい」
ルウルウの赤い瞳が青く変わった。彼はふふんと得意気にする。
「これならぼくはにんげんのコドモにしかミえない」
「へえ凄いわね、細かい部分まで変えられるんだ。でもホントに動いて大丈夫なの?」
「ああ! ぼくはつよいキングだからな!」
「ふふっそうだったわね~。じゃあ外に出てもいいけどあたしから離れないでね?」
「うむ!」
自信満々でにかっと輝くように笑うからこっちも釣られて笑顔になった。
この子ってば驚異の学習能力で昨日よりも確実に喋りが流暢になっている。明日明後日にはもうあたし達と変わらない滑らかな喋りができるようになっていそうだわ。
でも、明日明後日、か。
どれくらいで快癒するかなあ。傷が深いと回復の早い竜族でも一日で完全復活とはいかないようだし、三日くらいは猶予があると考えていい?
「あのね、前以て言っておくと、怪我が治ったらあなたは王宮にはいられないの」
「どうしてだ? しょうたいがバレないようにするぞ?」
「ええとね自覚あるかはわからないけど、ルウルウは高位ドラゴンだから他の魔物達を呼び寄せちゃうの。王都をパニックにはできないわ」
「ああ、そういえばそんなセツリがあったな」
設定でも思い出したように呟くルウルウが少し可笑しかった。彼はまだ考えるようにしていたけど、はたと何かの事実を悟ったように顔を上げた。
「おもいダした、それはだいじょうぶだアリエル! ぼくはイケでぐうぜんシネンのなみをはなったからな」
「思念の波? どういう意味?」
「イケでアリエルをきずつけるやつはくるなってネンじたのだ。あれがぼくからのめいれいになって、ほかのマモノはちかよってこないはず。のぞむならもういちどネンじるぞ」
「そうなの? 凄いわ偉いわ~!」
もしかしたらとは思っていたけど、この子ってば他の魔物を遠ざけられるのね。もう人間にしか見えないし、これならセオ様もこの子が仲間を見つけるまで王宮に留まるのを頭ごなしに駄目とは言わないんじゃない?
よーっし早速セオ様と話を着けてこようじゃないの!
「ところで今更だけど、あたしに怒っていないの? あたしはあなたを攻撃したのよ」
「……どうしてアリエルにおこるのだ? ぼくがおこられるのはダトウだけどな。あらためてワルかったのだ。アリエルこそおこってないのか?」
彼は自らの衝動的行動を恥じ入るようにした。こういう大人びた部分を見ちゃうとこの子は見た目通りの子供じゃないんだ黄金竜なんだって実感するわ。何にせよ冷静に判断をしてくれて幸いね。
「怒ってなんていないわよ。仮に怒っていたとしてもあたしの代わりにセオドア陛下がお仕置きしたでしょ? 多少過激だったけど」
「ああ、うっかりしぬかとはおもったぞ」
あらら目を据わらせて機嫌が急降下。
「ええと、あたしに免じて彼を赦してくれない? 根に持たないって約束してほしいの。彼は聖女のあたしをどうにかして助けないといけなかったのよ。それにあたしはあなたがこうしてちゃんと起きて話せて良かったって思うわ。あなたにも陛下にも傷付いてほしくないもの」
「え、ぼくにもか?」
「当然よ」
ルウルウはまるで魔物らしくないどこか救われたような顔をして見上げてくると、小さく「ありがとう。わかったやつをゆるす」と不満も見えたけど概ね照れ臭そうに呟いた。
この子は反省も譲歩もできるのね。ああいつかあたしもこんな子供がほしい。子育てって色々大変で腹が立ったりめげそうになる時もあるのかもしれないけど、きっと例えば木漏れ日の中で心がほこほこするような優しい瞬間があるからやっていけるんじゃないのかしら。
でも子供を産むにはまずお相手が必要で……ああーんセクシーセオ様を拝みた――あたしの煩悩回路は突然巨大な斧が降ってきたみたいにしてブツッと切断。
ブームブームと脳内警報音。妄想禁止、妄想禁止と機械音声か警告を発す。
ルウルウに特例をもらう代わりにセオ様には迷惑はかけないって決めたのよ。何故か本人は我慢しなくていいって言っていたけど、こっちのけじめよ。頭を振って気持ちを改める。
ルウルウを抱っこして部屋を出ると、部屋の前で待っていたリンドバーグはギョッとした。
「聖女様、ドラゴンの瞳の色が異なるようですが?」
さすがはリンドバーグね。着眼点が一味違うと言うか洞察力が鋭いと言うか。普通は部屋から出てきたのを真っ先に警戒すると思うのに。
「誰かに見られても魔物だって騒ぎにならないように無難な見た目にしたみたいよ」
「こんなのはあさめしマエだ」
「なるほど、高位ドラゴンはこのような芸当もできるのですね」
「そうみたい。ところでリンドバーグ卿――」
雑学が増えたとばかりに感心するリンドバーグに早速セオ様に会いたい旨を伝えてみた。
だけど愛しの推しは王宮の外で公務だとかで既に出掛けた後らしかった。リンドバーグからはルウルウの件は晩餐の時にすれば大丈夫だろうって。うん、そうしようっと。
「聖女様、改めて確認致しますが、そのドラゴンは本当の本当にもう暴れたりはしないのですよね?」
そりゃあこの子の所業を顧みたら、信用がマイナスから始まるのに疑問の余地はない。
「ぼくはケンカはしないと、アリエルとヤクソクした」
あたしに抱っこされているルウルウは、猜疑の眼差しにむすっとした。ぷっくりしたほっぺが堪らんわって内心くすりとしつつ彼の柔らかな髪を手ぐしで梳かすようにして宥める。
「この子は人間を敵と思っているかもしれないけど、交わした約束事や自身で決めた事にはむしろ誰よりも誠実だと思うわ」
あたしは式典なんかでそうしたように堂々として言い放った。魔物と打ち解けられないのは最早連綿として紡がれてきた人類と魔物との歴史の常態だし、そんな本能が双方の遺伝子にももしかしたら組み込まれているのかもしれない。
「あたしみたいに親しくならなくても、目を背けないでしかと公正公平にジャッジしてほしいと思う。この子は話せばわかってくれるわ」
リンドバーグは僅かに瞠目すると静かに微苦笑した。
「聖女様はやはり慈悲深い方だ。わかりました、あなたがそこまで仰るのでしたら、このリンドバーグもそのドラゴンを信じてみましょう」
「ええ、ありがとうリンドバーグ卿!」
モカ、メイ、イザークも理解があって、特に宮殿までルウルウを運んでくれたイザークは実際に触れ合ったからか最も態度が柔らかい。とは言えまだまだ手放しじゃ歓迎されてはいないけど、あたしが間に入って険悪にならないように尽力するわ。




