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聖女のお仕事

 本日は夕方から陛下との定期会議がある。聖女の仕事の一環だ。

 そう、あたしは聖女認定されてからは日々聖女としての仕事をこなしている。

 働かざる者食うべからずって言うでしょ、それね。

 ま、貴族の中じゃ身分の上に胡座をかいて何もしないで贅沢三昧するぐーたら連中もいるみたいだけど、それはそれ。

 あたしの場合前世の性なのか、キビキビ働いて稼いで食べていくって感覚が転生しても拭えないし、転生後の育った環境も決して裕福とは言えないのもあって労働とは切っても切り離せない暮らしをしていたから、聖女だからと怠け者にはならないぞって心に決めているの。


 そんな傾向のあるあたしは、この日は陛下と会う前に午前と午後の両方で、王宮敷地に隣接した王国軍病院で臨時に入っていた聖女仕事に精を出していた。


 臨時とは言うけど、ぶっちゃけ今日中じゃなくてもいい案件だった。治癒相手は複数人いるのである程度日数に余裕を持たせてあったの。まあけどね、猶予があろうと必要ならさっさとこなすのみよ。何しろ相手は怪我人や病人なんだしね。


 それに、聞くところによれば最近は魔物の動きが活発化していて負傷者も増えているみたいだし、早いに越した事はない。


「それではお願い致します聖女様」

「はい」


 軍病院の一室で医者の促しにあたしは小さく頷くと、患者の大きく腫れて酷く膿んだ傷口に両手を翳す。


 その動作で揺れた長い銀髪がさらりと肩口を滑った。

 この場の医者も患者自身も立ち合った少ない関係者も、そう広くはない病室内にいる誰もが固唾を呑むようにしてじっとあたしの手元を見つめた。

 あたしは白銀の睫毛をやや伏せて、その下のエメラルド色の瞳を真剣なものにして、薄く開いた薄紅の唇から息を吐くのですら慎重なものにする。

 するとどうだろう、掌から出た優しい白い光が傷口を覆い、傷は見る間に小さくなって消えた。

 ベッドを囲む者達からどよめくような感動と驚愕が上がる。


「終わりましたよ。具合はどうですか?」

「おおっ、すっかり痛くなくなりました! もうこの通りです!」


 軽い運動後のように額に薄く汗したあたしが控えめに訊ねると、医者からもう自力では立って歩けないと診断されていたはずの軍将校がベッドを降り、その足で立ち強く数回床を踏みしめてみせた。その嬉しさ満点の笑顔は青い顔で痛みを堪えていたついさっきまでとは全く異なり、頬には赤みが差し溌剌ささえ滲ませる。


「ありがとうございます! これでまた魔物と戦えます!」


 彼は魔物からこの王国を護るのを使命としていた軍人で、けれど脚を負傷し軍医から戦闘はもう無理だろうと診断され失意に沈んでいたそう。彼を案じた仲間達が陳情嘆願して幸運にも決まった今回のあたしの来訪だった。


 聖女と呼ばれるだけあってあたしはほとんどあらゆる怪我や病をたちどころに治してしまえる。


「さすがは聖女アリエル様だ!」

「聖女アリエル様ありがとうございます!」

「聖女様がおられればこの国は安泰です!」


 わあわあと、ベッド周辺からだけではなく奇跡をその目で見ようと集った者達からも沢山の称賛と感謝が上がった。


「それではわたくしはこれで。次の者が待っていますから」


 あたしは教会から同行してくれている護衛を引き連れて部屋を出る。皆笑顔で見送ってくれた。

 ふう、少し脱力感。でも周囲に心配を掛けないよう休憩室までよろけないように努めたわ。

 回復薬を飲んで十分な休憩を挟んだ後はまた別の患者の治癒がある。


 あたしの、どんな怪我でも相手が生きていれば治せてしまうとんでもなく強力で便利な才能は、まさに天からのギフトなのだと人々は囁く。

 だからこそ、アリエル・ベルは聖女と称えられる。


 ただし、あたしの意思では治す相手を選べない。


 基本、聖女の力は教会と国王の管理下に置かれているからだ。


 教会が推挙し、更には国王からの承認を得た者でなければ聖女の治癒は受けられない決まりなの。

 怪我人を片っ端から治していては切りがなく、魔法を使うあたしの体力にも限りがある。うん、事実身を削る聖女仕事は結構疲れる。

 その昔、人々を救いたいとの善意から力を使い過ぎて死んでしまった聖女がいたのでそうなったんだとか。聖女なのに過労死とか笑えない。

 加えて、聖女は百年に一人現れるかどうかと言われている逸材中の逸材。国としても簡単には失えない事情があったりするみたい。


 この国に聖女はあたしただ一人。


 マンパワーは言うまでもなく限られる。

 故にあたしが今使った破格な治癒魔法たる「聖女の奇跡」は誰でも自由に受けられるものじゃない。

 例外は国王のみ。国王に使うなら仮に深夜だろうと聖女を叩き起こして治癒魔法を要請できる。

 教会の至高は聖女だけど、王国の至高は間違いなく国王だもの。

 その国王がひと度倒れれば国は乱れる……というわけで、いつでも聖女の力を享受できるとされていた。


 はあ~~、今日もやり切ったあ~~。詰め込んだから多少疲れたけど、気分は爽快ね。治した患者達の笑顔がご褒美よ。


 何事もなく午後の治癒仕事までを終え、病院正門に横付けされた王宮行きの馬車に向かって歩くあたしは上機嫌に周囲の景色を眺める。目に映るのは林立する幾つもの王宮の尖塔。軍病院とは敷地が接しているだけあって割と見えるのよね。


 うっふふっふ~、きっとこれでまたセオ様に褒めてもらえるはず。ああお顔を拝するのが楽しみ~っ。

 たとえ煩悩が駄々漏れでも、その分正直な自分の気持ちを知ってもらえてアピールにもなるわ。我ながらの病的ポジティブ思考よね。馬車では窓にカーテンを引いて座席中央に悠々と陣取った。他に乗る人はなく、故にあたしは妄想に耽ってだらしなく鼻の下を伸ばしていられた。


 おそらく、これが聖女だと言われて信じる人は百人中二人くらいよね。因みにセオ様は信じる方……ってああ~もうっ、セオ様ってばほんのちょっと思い出しただけでどうしてあんなに格好いいのおおお~~~~!


 ゆっくりと走り出した馬車は誰も知らない激しい煩悩をも加速させていく。






 所変わって夕方に定期会議の迫る国王セオドア・ヘンドリックスの執務室。


「……くっ、あんの煩悩の塊め!」


 アリエルの煩悩は会議開始予定時刻よりも早くからセオドアを悩ませていた。サインもハンコも書類の読み込みも、頭の中に彼女の声が聞こえる度にいちいち中断してしまって仕事が全く捗らない。何度付けペンを取り落としインクを散らしてしまい書類を作り直しただろうか。


「こんな事なら今日は時間ギリギリまで王宮を出ているんだった」


 アリエルの煩悩思考が聞こえるセオドアだが、聞こえるのにも条件があり、一定の範囲内に限られている。


 正確な値は測った試しがないのでわからない。測るにも周囲に何をどう説明すればいいのか思い付かないので測れない。しかし、例えば王族がバルコニーから演説を披露する王都の中央広場では、アリエルが広大な広場の一番遠い端、豆粒以下の点にしか見えない距離にいても聞こえてくる。しかしそれ以上離れると聞こえなくなると言ったおおよその有効範囲は把握していた。

 王宮と教会は思考が聞こえない距離は離れているので安心だが、今日のように聖女が公務で王宮にやってくる際は仕方がなかった。


 先日とうとう堪え切れずに真実を告げてしまったわけだが、正直彼としては少しは自重してマシになるかと思っていた。

 しかしむしろ増長させてしまったようだ。

 セオドアは執務机で一人頭を抱えた。


「はあ、もうどうしろと……。来たようだし」


 そんな聖女の皮を被った痴女の到着を、彼に一足遅れて男性秘書が告げに来た。


 通すよう命じ、程なく秘書に連れられた聖女アリエルが扉を開けてもらって入ってくる。

 彼女の思考スルーの有効範囲内に入ってからセオドアには当然の現象のように煩悩が聞こえてきていたが、ご尊顔を拝めるだの匂いを嗅げるだの対面に期待を寄せるものばかりで、この程度なら挨拶代わりだ。メンタルが多少タフにはなったと自負するセオドアだ。

 だがしかし、実際に面と向かえば比ではないレベルとバリエーションの煩悩攻撃が始まるのが聖女アリエル・ベルという相手だった。対象物を前にすると妄想が爆発するタイプなのだろう。彼は内心での大きな嘆息と共にアリエルを見据えたのだった。

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