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臨時で内緒の王宮竜

「放してイザーク……!」

「あがっ!」


 目の前で今にも剣が振り下ろされんとするのを見るあたしは火事場の何とやらでイザークに容赦なしアッパーを見舞うと、剣が振り下ろされてしまう前にと華麗なるヘッドスライディングにてルウルウに覆い被さった。

 不意討ちな肉の盾聖女の出現にセオ様は驚きと非難をその目に浮かべて一先ず剣を引いたわ。だけど向けられる視線は切っ先以上に鋭かった。


「アリエル・ベル! どうしてそこまでそいつを盲目的に庇う。そこを退くんだ」

「退きません!」


 ルウルウを護りたい。同時に、セオ様にこれ以上彼を傷付けてほしくない。

 魔物との戦闘じゃ負けなしでこれまでだって冷酷に数多の魔物をぶった斬ってきたんだろうけど、この子だけは見逃してほしい。


「そなたは民にとって聖女のイメージや聖性がどれだけ重要かわかっているのか? 魔物にほだされる聖女など前代未聞だ。カナール地方のような激務地なら士気にも関わる」


 ぐ、と喉が鳴った。言う通りだ。現地に赴いた経験があるからこそ彼の言葉がよくよく胸に刺さる。


「わかったなら退け、聖女アリエル。このドラゴンは聖女のそなたを危険に晒した。それだけでも十分に討伐理由に値する」

「なっ、今回は初犯と言う事でこのアリエルに免じてどうか見逃して下さい! この子にはあたしが責任を持って今後は人を傷付けないようにきちんと言い聞かせますから!」

「そいつが暴れてもそなたは止められないのに? 仮に止められるとしても魔物を呼び寄せるのは変わらない。殺さないにしてもそれの怪我などこっちが考慮してやる義理はない。とっとと国外に放逐するのが最善だ」


 いつになく低くてとても冷たい声だった。本当にね。万一ルウルウが暴れても止められないあたしは確かに無責任よ。

 でも魔物だろうと何だろうと対話できる相手に対して慣例とか常識だけで即排除するってやり方は違うわ、

 あたしはルウルウを抱きしめてセオ様を見上げた。


「魔物を呼び寄せるなら、反対に遠ざける事もできるかもしれません」

「なに?」

「まずはできるかこの子に確かめてみないとわかりませんが、どうかこの子が回復するまでは世話をしては駄目ですか? 必要なら人里離れた森の中でも構いません。許可を頂けるのならあたし何でもします。朝から晩まで回復薬飲みながら休みなく国中の人を治癒して回ったって構いませんし、陛下にあたしの煩悩で二度と迷惑も掛けませんっ! 本当に金輪際陛下断ちします! 以後はちゃんと節度を弁えますから!」


 きっとそうする。推し変は血涙でしかないけど、頑張って別のキャラが、例えば黄金竜が一番になるように努力するわ。

 大好きな大好きなセオドア・ヘンドリックス陛下を諦める。


 ……そもそも、本来あたしとは縁のない人だしね。


「もう陛下で変な事考えたりしないですから、お願いしますどうか! 破廉恥思考は封印します、信じて下さい!」


 懇願さえ浮かべて強く見上げるあたしを、大きく瞠目したセオ様は暫し思考が凍ったかのように見下ろしてくる。どこかそこには動揺の色と言うか紫の瞳が大きく揺らいでいたようにも見えるけど、まさかね。動揺する理由がないわ。


「……そんなにもそいつが大事なのか、私よりも? 散々推してきたくせに……」

「え?」


 ややあっての小さな呟きは全部をクリアに聞き取れた訳じゃない。彼の表情は顔をふいっと背けられてしまって見えなかった。

 あたし達の緊迫した状況をあわあわとして傍で見ていたイザークが変顔をしそうに挙動不審になりかけた頃、は、と短く息を吐いたセオ様が剣を鞘に納めた。

 もう彼の眼差しはいつも通り。


「聖女アリエル、一時的にそなたの希望を聞き入れる。現状だと平行線で埒が明かないからな。ただし、そいつが誰かを害したら問答無用で即討伐だ。そなたの意見はもう聞かない。あと極秘にそなたの宮殿で世話をするように」

「えっ、あっ、ありがとうごさいます陛下!」


 ああんさすがは苦しい状況でも寛大な判断のできる男、あたしの推しセオ様だわ~! ルウルウも良かったわね!


「……何でも、するんだな?」


 彼はあたしが前言撤回するとでも思ったのか、暫しこっちの真意を確かめるようにじっと見つめてくる。何でもするとは言ったけど、過重労働とかセオ様が無理を強いるとは思わない。聖女として人々のためになる適切な何かが命じられるとは思う。


「はい、聖女としてできる事なら、如何なる任務も確固たる決意で臨みます!」


 そうか、と彼は思案顔をやめて珍しくも満足そうに薄く笑みを刷いた。思わずドキッとしちゃったわ。


「なら明日、その話も兼ねて晩餐に付き合ってもらうかな」

「晩餐、ですか?」

「……私と晩餐は嫌か?」

「まさかそんな事あり得ません光栄ですっ。このアリエル・ベル、謹んでご招待お受け致します」


 直接食事に誘われたのは初めてで困惑するなって方が無理……って落ち着きなさいこれはビジネスライク、お仕事関係よ。セオ様に迷惑を掛ける煩悩は滅却。

 ルウルウの背中の傷に触れないように抱え直して自分を戒めていたら、セオ様があたしから素早くルウルウを離してイザークに押し付けた。


「あ、あの?」

「私に対してそなたの思う事を我慢しなくていい」

「え、え?」


 それ以上彼はあたしには何も言わなかった。いきなり子守りになって目を白黒させるイザークへと「聖女はお疲れだ。荷物を持ってやれ」って肩を叩いた。国王直々の依頼にイザークは間の抜けた返事をしていたわ。

 ちょうどタイミング良くメイとモカ、王宮兵達がここまで駆け付けて、セオ様とあたしで顛末を手短に説明した。

 ルウルウを生かしておく方針には皆が皆気掛かりを浮かべた。

 王宮兵達なんてあたしの無事そのものには安堵していたようだけど、あたしを見る目が昨日までとはどこか異なるのを肌で感じた。


 それから程なくその場は解散、あたしは希望通りルウルウを連れて宮殿に帰った。


 今夜の真実を知るのは一部の人間のみ。

 黄金竜が王宮にいるのも極秘。

 つまりは、そんなわけで箝口令が敷かれた。

 一つ心配なのは、人の口に戸は立てられないって事かしら。


 それとは別に明日の晩餐でセオ様に何を言われるのか、少し怖い。


 余談だけど、図書館は予定よりも長い期間全館立入禁止になりそうよ。






 翌朝。

 あたしはなるべく音を立てないようにとあるベッドに近寄った。

 そこでは枕に顔をほとんど埋めるようにうつ伏せてルウルウがすやすやと眠っている。枕に押し上げられて片方不恰好になったほっぺがまたスーパーキュート!

 ここは宮殿のあたしの隣の部屋。ルウルウは昨日からこの部屋の住人になった。


 魔物を呼び寄せるのだって一日二日くらいじゃ大きく状況は変わらないだろうって判断したからこそ、この子は王宮に居られるの。


 さすがは竜なだけあって傷口はもう塞がったみたい。


 本当ならあたしのベッドに寝かせて看病するつもりだったのに、セオ様が「それは絶対不可。禁止だ。部屋も別にしろ」って怖いくらいの真面目顔で国王命令してきたんだもの。下手に反発してルウルウをやっぱり道端に捨ててこいって言われても大変だからきちんと別部屋にしたってわけ。

 あたしってそこまで信用ないのかしらね。この子をペロペロしたいのはやまやまだけどあたしだって実行まではしないわよ。

 たまたま近くにいたイザークに愚痴ったら、やけに綺麗な笑みで「セオドア陛下は恵まれた容姿によらず苦労するタイプですよね」ですって。

 同意を求められたのか、しみじみとした感想なのか判断が付かなかった。


 現在ルウルウの部屋の前にはリンドバーグが立って待機をしている。宮殿内でまで凄腕リンドバーグを付けるなんてセオ様の警戒ぶりがよくわかる。

 だけど率直に言わせてもらえば無駄よね。セオ様だって石床に穴を開けたくらいだし、竜のルウルウが本気になれば平気で壁をぶち抜けちゃうわ。

 まあこの子はそんな真似しないけどね。

 昨夜ここに運んでから一度意識を取り戻したルウルウは、王宮の誰とも喧嘩しない壊さないって改めてあたしと約束してくれた。


「ゆっくり休んでねルウルウ」


 あたしは朝食後、様子が気になって来てみただけで起こすつもりはなかったから自己満足して傍を離れようとしたわけだったけど、ベッド脇の椅子から腰を上げたところで服をつんと引っ張られた。


「アリエル~、いくな~」


 ルウルウがこっちに身を乗り出してどこか心許ないような顔をしていた。

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