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ルウルウクッパと池ぼちゃ

「アリエル!」


 セオ様が叫んで聖女様って他の皆も口々に叫んだ。

 うんまあ、こんな状況じゃあ叫ばれるわよね。

 そう言えばセオ様ってばまた聖女アリエルからアリエル呼びになっている。堅苦しさがなくなって良かったけども皆がいる前でこんな名前呼び……親密な仲って思われそうで恥ずかしいん。

 

「ちょっとルウルウ落ち着いて!」


 今日の図書館建物は踏んだり蹴ったりね。今度の犯人たるルウルウは、窓と一部の壁を壊して外に飛び出すと一直線に夜の王宮の上空を飛んでいく。あたしが破片で怪我をしないようにきっちり護ってくれたのは良かったけど、こんな強硬手段、これじゃあ事態が悪化するのは避けられない。

 あたしピーチ姫って柄じゃないわよーっ! あらでもそうするとセオ様がマリオで、マリオとピーチ姫はラブラブだからあたし達もそうなって……うふふいやん!


「周囲を照らせ! 聖女を奪還する!」


 あたしを追って壁の穴から外に出たセオ様の命令に従って魔法で辺りが照らされる。モカ達も王宮兵に負けじとあたしを追ってきた。


「聖女様あああ~っすぐにお助けしますからあああ~!」


 普段は泣きべそイザークに至っては叫んだ直後あんた誰って感じのやけにシリアス顔になって水系魔法を発動させた。メロンくらいの水の球が幾つも出現。


「ちょっと待ってイザークどうして水球を更に凍らせるの? 投げてくる気!? 確かに単なる水球じゃ足止めには弱いかもだけど、いやーっ当たったらヤバいからそれー!」


 あたしの悲鳴よりも救出への使命感が彼を突き動かすのか魔法は継続されている。見るからに無謀なイザークをモカとメイが「聖女様に当たったらどうする気なのこのバカ上司!」「考えなしのポンコツがっ!」ってボカスカ殴って何とか止めてくれた。

 ああ、あれがあたし付きの筆頭護衛だなんて……世も末。黙っていれば見た目も秀麗で能力的にも優秀なのに何て残念な男なんだろう……。教会で初めて会って自己紹介された時はうっわイケメンって実は少しドキッとしたのに。


「今ならまだ間に合うから下ろして!」

「いやだ、そうしたらアリエルはぼくをきらいになるんだろ。ぼくはまものだから」

「何で、ならないわよ」

「うそだ。こんなならにんげんだったらよかった」

「ルウルウ……」


 卵から孵って初めて見たあたしを母親だとはさすがに思っていないだろうけど、一緒に居るって刷り込みみたいな感情があるのかもしれない。

 セオ様達はよく鍛えられた身体能力と強化魔法なんかを駆使して、巧みに枝や屋根の上までを走って跳んで離れず追いかけてきている。追い付かれたら戦いになるのは明らかだ。


「止まって! ううん、あたしを降ろしてルウルウだけで逃げなさい!」

「いやだアリエルとはなれたくないっ」


 夜の空気は冷たくはないけど飛行速度が風速を上乗せして体感じゃ少し肌寒い。

 そして途中からはもう何故かルウルウの頭の上に乗っかって飛んでいる。その方が飛びやすいのか乗せてくれたの。いつうっかり絞められるか知れない鋭い爪のある手指に掴まれているよりは断然良かったけど、ぐらぐらして落ちそうよ。ひーっ卵ロデオならぬ頭ロデオッ。

 王宮の屋根よりも高さがあるから落ちたら間違いなくただじゃ済まない。

 誰も怪我なく収拾をつけるにはどうしたらいい?


 最善を模索して焦るあたしの目に、夜風にさざなみを立てる王宮池が近付くのが映り、すぐに池の上に差し掛かった。月光を受けたルウルウの黄金の鱗が水面にもキラキラと反射を作り出す。

 水際でセオ様達を足止めしようってルートなのかもしれない。

 ふふふふけどね裏目に出たわよそれ。下が水ならどうにかできそう。


「ねえもっと低く飛べない? 高い所は少し苦手なの」

「ん、そうかわかった」


 やった。あたしの必死なしがみ付きが説得力を与えたのか、渋る素振りもなくルウルウは高度を下げてくれた。これで身の危険度もガクンと減ったわ。落下高度が過ぎれば水面は硬い地面も同じだもの。

 だけど欺いた自分にちくりと罪悪感。

 そして、それだけじゃなく今からする事にも。


「ルウルウ、ごめんね?」

「うむ?」


 あたしは予告なく聖女の奇跡を使った。


「うわっち!?」


 案の定ルウルウはピリピリしたのか痛さで速度を緩め、あたしはその隙に池へと飛び込んだ。


「アリエルッ!」


 なるべく落水時の面積を小さくするのを意識した。

 ドボーンと、夜の池に派手な水飛沫が上がった。






 ルウルウはあたしを追っては来なかった。水が苦手なわけじゃないと思う。きっと裏切られて怒ったから。あたしなんてもう知らないって見放したんだと思う。

 それがいい。ううんそれでいいのよ。

 両者を説得できそうにないこの状況じゃ、ルウルウにはこのまま逃げてもらって仲間を見つけてほしいと思う。

 人間を恨んでもしもいつか王都を襲ってきたならあたしがその時こそ止めたい。

 きっとそれまでには超強力聖女になってやるんだから。


 なーんてあたしは水上の様子を気にしながらも、実際はそれどころじゃなかったーっ。


 着水フォームを意識したおかげか水面への落下の衝撃は大した程じゃなく、あたしの体はぶくぶくぶくと沈んでいく。


 そう、沈んでいく!!


 ちょっと待ってーっ。着衣水泳で背浮きしてゆっくりどうにか岸までって思っていたのに! でなきゃ無計画に池の真ん中で服着て落ちたりなんかしないわよおおお!!

 思ったよりも深く沈み込んだ上に着ていた服が意外と足を引っ張っていた。

 大きな誤算に見舞われたあたしは必死に水面へと水を掻くけど、腕は重いし長い裾が絡まって両足は推進力には程遠い。沈んでいくだけー。


 いやーっこのままじゃ溺死よおっ!


 聖女の奇跡を使っても無意味だし、打つ手なし!

 ああそれでも何もしないでもがくだけよりはマシかもしれないわ。故に、ないだろう奇跡を無駄に願って聖女パワー全開。


 誰か助けてプリーーーーズ!!


 渾身の力を放出したからかごあっと聖なる白光が池の中に溢れ出す。きっと外から見たら池が光っているように見えるんじゃないのかしらね。

 そして直に水に触れているからわかるんだけども、この池の水は紛れもなく聖属性へと変化した。一時的にだろうけど聖水に近い。

 つまりは、魔物には害になる。


 元々王宮池に魔物はいないけど、白く光っているあたしを餌だと思ったおっきな池の主がやってきてパクリと一呑みされちゃうかも。ピノキオみたいに呑まれた鯨のお腹の中なら空気があるかもだしむしろそうなってほしい……なーんてそんな展開あるわきゃない。

 死ぬ時は縁側の日向で猫を抱っこしながらか、ふかふかなベッドの上での最後の瞬きにはあたしを看取ってくれようと枕元にいるセオ様を映すって決めていたのにいっ!

 コンチクショーッ、どうせここで死ぬならせめてもう一回推しに会いたかった……っ。

 とうとう息が続かなくなる。


 ホントにこれでおしまいなの? 嘘でしょ?


 ガボッと肺から最後の空気が出ていく最中、あたしは見た。


 聖なる光を弱めるあたしの頭上に急接近する何か大きな影を。


 え、何……?

 まだ辛うじて発するあたしの仄かな光に照らされる黄金色は輪郭を辿れば竜を縁取った。

 だけど小さく収縮して男の子の姿になる。

 あたしが見慣れた天使ルウルウに。

 どうしてか時間差はあったようだけど、彼は彼にとっては毒水とも言える水中にあたしを追いかけてきていた。

 いつ怪我をしたのか、背面のどこかから水中に血を拡がらせながら泣きそうな顔で。

 しかも水のせいか酸に溶けるみたいに可愛い顔や手足に火傷のようなものを負っていく。


 ――アリエルしぬな! ゆるさないのだ、ぼくだろうと、ほかのだれだろうと、アリエルをきずつけるやつはぜんぶみんなどっかいけーーーーっっ!


 水中だから声にはならなかったけど、あたしには確かにその想いが届いた。


 その叫びはまるで魔法の衝撃波のように爆発的瞬間的に彼を起点として世界に拡がったように感じた。


 ルウルウはあたしより先に力尽きてふっと瞼を下ろす。

 沈みながら奇跡的にあたしの腕の中に収まった小さな体を抱き寄せて抱きしめる。


 駄目よ、こんなのは。どうして追いかけてなんて来たのお馬鹿さん!


 死んじゃ駄目! お願い誰か、本当に神様がいるならこの子もあたしも助けてよ――――……。

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