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大人げない攻防

 小説じゃ大雑把に黄金竜の卵は長年そこにあったって書いてあった。けどねえ、千年ってその年数にはびっくりよ。ルウルウがそんなに長く封印されていたなんて。人間からすると千年は永遠にも等しい長さだわ。

 この場の皆も珍獣中の珍獣を見るみたいにマジマジと凝視している。セオ様だけはしれっとしているけど。

 ここであたしはある可能性に思い至って不安になった。


「ね、ねえ竜族は長生きって知っているけど、あなたみたいに卵で千年もいたら、生まれた後は短命だったりするの……?」


 時間スケールは違うけど土から出てきた後の蝉なんかそうでしょ。だとしたら彼の願いを無下にしたくない。詳しい事情は知らないけど意に反して封印されていた挙げ句、やっと自由を得てみたら儚い命でしたなんて可哀想過ぎる。

 万一そうなら余生は自由に伸び伸びと過ごしてほしい。

 ならもういっそ森の奥とかで密かに一緒に暮らしちゃう? 聖女仕事はリモートで受け付けて森から現場に直行するとかして。


「それはかんきょうによるな。えいようあるものをたくさんたべれば、もうせんねんはよゆうなのだ」

「あ、そうなの? でも魔物的に栄養があるものって……。ル、ルウルウはやっぱり人間がごはんなの?」


 あたしはセオ様がごはんよ!って自慢げに思ったら本人から咳払いされた。

 それだとどうあっても街に居住は無理よね。羊の群れに狼を放つようなものだもの。

 どこかの無人島を探してそこに行くしか……ああ煩悩聖女の次はターザン聖女になるのかも。小説ジャンルはロマンスからサバイバルに変更よ! さあ探そう無人島!

 他方、あたしの青い顔色を見てルウルウは赤い目を見開いて慌てふためいた。


「ちちちがうのだ! ぼくはにんげんはたべない! たたかいでかみついたりはしても、ちにくなんてたべないぞ! えいようあるものっていうのはマセキとかだ!」

「それなら良かった~」


 ならこの子と暮らせるかもしれない。

 少なくとも今もこっちをめっちゃ睨んでいるセオ様は許可しないだろうから王都を出る必要はあるけど。この子とのめくるめくほのぼのライフを思い描いていると、セオ様があたしのすぐ前まで近付いた。

 何だろうと思っていたら、彼は何とルウルウを小脇に抱えてスタスタと窓際まで歩いて行った。窓を大きく開け放つ。


「のわあああ~~っアリエルゥゥゥ~~~~!」


 彼は不意の荷物扱いに目を白黒させていたルウルウを外へと放り投げた。

 ルウルウの声が尾を引いていく。唐突過ぎてあたしの認知機能には完全なるタイムラグが生じたわよ。


「え……――って、きゃーっルウルウーーーー!」

「これ以上あれに関わるな。そなたは聖女であってドラゴンベビーシッターじゃない。大体な、短命じゃないのなら一緒にいてやる必要もなくなるだろう? と言うか元々そうする義理もない。どうして一緒にいる前提のまま話を複雑にするんだ」


 非難を含んだ声音は低い。しかもあたしにだけ聞こえるように後半部分は声を絞ってもいた。


「おうぼうなおとこはきらわれるぞ! アリエル~!」


 心配ご無用だったようで、ルウルウはふわふわと飛んで怪我もなく戻ってくると、窓に駆け寄っていたあたしの胸に飛び込んだ。目を潤ませる。おおよしよし。嘘泣きなのはバレバレだけど可愛いからよし!

 じとーっと半眼でこっちを見てくるセオ様の零下の視線圧を散らすように軽く咳払いして姿勢を正す。

 この子は話してわかる相手だし、せめて仲間の手掛かりが得られるまで森の中で匿ってあげよう。うんそうしよう!


「あの、セオドア陛下」

「却下」

「え、あのまだ何も言っていませんけど」

「認められない」

「え、えーと」

「土台無理だ」

「……」


 取り付く島もないのに閉口していると、セオ様は諭すような真剣な眼差しになった。


「ペットがほしいなら犬でも猫でも何でも好きな動物を贈ると約束する。だが魔物は駄目だ。一体これまでの歴史でどれ程の者が魔物の犠牲になったと思っている」

「それは……か、孵ったばかりのこの子は無実です」

「無実、か。ならそなたの言う無実なうちに人間社会から離れてもらうのがベストだとは思わないか? 私はそれがもしここで人を襲えば本当に見逃すつもりはないからな。馬鹿な考えは捨てるんだ」


 彼の言葉はある側面では正しい。

 何らかの被害が出てからじゃ取り返しが付かないもの。

 でも、この子はきっとそんな事をしないってあたしの心が必死に叫んでいる。


 本来は怒れる暴れ竜だったはずなのに、どうしたわけか変わってしまったこのキャラはどこかあたしと同じであり、あたしの希望でもあるから。


 この子が物語から独立した存在となって生きていけるのなら、まだ見ぬ未来でも討伐されないはずで、それが前例になればあたしも本編の役回りなんて吹き飛ばして悠々自適に人生薔薇色よ~って、明るい勇気と自信が持てる。


 だからこそこの子に甘いのかもしれない。この先も人間と衝突しないで済むように、ここで納得して人間の領域を遠く離れてもらうためなら尽力してあげたいって思うのよ。


 ――気付いた。ルウルウの味方なのは半分は自分のため。あはは、これで何が聖女よねー。あたしは何て利己的な人間なんだろう。


 しかしながらそれがあたしで、あたしはこの子の未来での生存を強く望んでいる。


「セオドア陛下、どうかどうかお願いします。この国に迷惑はかけません。全責任はわたくしアリエル・ベルが負います!」


 ざわっと夜の図書館内がどよめいた。

 あたしが、聖女が、床に両膝を突いて土下座したからだ。


「何を……!? 立つんだアリエル!」

「この子の責任を取らせて下さい!」


 あはは台詞だけ聞くとメロドラマみたい。だけどあたしは真面目で真剣なの。


「どうしてここまでする? そなたは私よりもそいつを優先すると? よりにもよってそなたが?」

「え……?」

「断じて認めない。そなたは王宮から出られるなどと思わない事だ」


 立たされて顔を上げるあたしにいつにない彼の苛立った視線が向けられている。その中には何か底知れない炎のような苛烈なエネルギーがあって意図せずも身が竦んだ。


 こんな束縛上等な台詞平素の時だったらダイレクトにきゅん死にしているだろうに、急過ぎて心の準備ができていなかったみたい。


 それなのに、放つ台詞や怒気とは裏腹にあたしを立たせてくれたセオ様の手は、あたしに痛み一つでも与えないようにと細心の注意を払っていてとても丁寧だった。大事にされている。

 戸惑ってしまってすぐには言葉が出てこない。


「不可の一番の理由は、高位魔物はそれ以下の魔物を引き寄せる存在だからだ」

「――あ!」


 すっかり失念していた。そうだった。その性質がルウルウをここに留め置けない最大の理由。だけどこのまま無下に追い払ってしまえばルウルウは人間嫌いのままいつかここに戻ってきて暴れてセオ様に討伐されるかもしれない。それは嫌。

 やっぱり無人島を探さないといけないみたい。

 あたしの心が聞こえるセオ様は眉間を寄せながらも器用に片眉を持ち上げる。


「聖女が魔物に情を移すな。一つも益がない」


 ううう随分意地悪な言い方ね! この子にも利点はあるわ。例えば癒しのマイナスイオン出てるとか……って庭園の木々で代用可能か。そもそも出しているかも不明だし。

 小難しい顔付きでうんうん悩み出したあたしを見たルウルウが何かを決意した目をした。


「むりなんだいでアリエルをこまらせるな。いわれなくともぼくはこんなところにようはないぞ。すぐにでもでてってやるのだ。――アリエルといっしょにな!」


 言うやルウルウのルピー色の目が底光りする。

 気付けば踵がふわりと浮いていた。

 黄金の竜姿に戻ったルウルウの太い腕に抱えられているからだ。

 たぶん離れて見たらおおっ圧巻の姿ってなったんだろうけど、如何せん後ろから掴まれているからよく見えない。とは言え肩越しに見えた感じだとまだ子供竜だからか大人の象かそれより少し大きいくらいかしら。

 頑丈そうな手指に挟まれていても苦しくも痛くもないのはこの子の的確な力加減のおかげね。

 この子はあたしを傷付けたいわけじゃないもの。


 一方、ルウルウが建物全体をドカーンと壊すような巨大さじゃなかったのは幸いね。この場が崩落パニックにならずに済んだもの。 

 でもどうしようこの展開?


「いこうアリエル!」

「へ? きゃーーーーっ!」


 結論から言うと、図書館壁には大きな穴が開きました。

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