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迷走する展望

 あたし達の集うこの場は広い図書館一階でもちょうど貸し出しと返却カウンターのある開けた場所で、王宮兵に司書、護衛の皆があたしとルウルウ、そして陛下を囲む形になっている。

 窓の先は月が出ているのか現在はほんの薄らと草影が見える程度だけど、昼間の整備された明るい芝は読書に疲れた目には優しい。


 ミニ翼をしまったルウルウはあたしの背から降りて広い館内を興味深そうに眺めていた。


 黄金竜チートで生まれながらに知識はあってもそれは結局あくまで知識だから、実際に目に映るもの全てが新鮮なのかもしれない。正直言えば、人間社会の沢山の景色を見せてあげたいって思う。この子ならきっと好きになってくれる。


 だけど、もうすぐお別れ。


 まだまだ世間一般では人と魔物は相容れない。あたしだってまだまだ魔物の生態は知らない事の方が多い。未だ謎多き竜族なら尚更に。

 セオ様は約束を守って剣を抜いてはいないけど、彼は魔物に対しては情け容赦なく剣を振るう男、油断はできない……なんて疑ってしまうのが後ろめたい。


 セオドア・ヘンドリックスってキャラクターに誰より心酔して確固たる人物設定を知るからこそ、こんな風に考えてしまうのよね。はあ、複雑。


 セオ様は引き締めた表情を少しも緩めない。きっと彼からするとあたしのお馬鹿な妄想なんだろう思考をいちいち真剣に考えるのは時間の無駄で、それよりもあたしがルウルウの肩を持つ事実に重きを置いているんだと思う。


 だけど、魔物だからお命頂戴って言うのは、この子への対応としては絶対に間違っているわ。

 ルウルウはルウルウの居るべき場所に帰るべき。だからあたしはこの子を責任持って逃がすわ。

 そう決意してセオ様をしかと見据える。

 まずは彼の意見を聞かないと。王宮に現れた魔物をどうするかは当然この王宮の主たる彼の意見も重要だもの。


 それにしても、あたし達まるで西部劇で決闘を前にしたガンマン達みたいよね。ああ巻き藁が風に転がっていく……。


「……西部劇? ガンマン?」


 セオ様の怪訝にした小さな呟きにルウルウがぴくりとして反応した。ルウルウにも具体的な意味はわからないだろうにどことなく驚いたような目でセオ様を見つめたのは、セオ様の声がイケボだってやっと悟ったから?


「えーこほん、陛下、わたくしはこの子を仲間の所に帰してあげたいと思っています。このまま窓から逃がしても宜しいですか?」


 周囲がざわついた。魔物をむざむざ逃がそうとするあたしを信じられないような目で見る。ただでさえ聖女なのに魔物と仲良くしているあたしに猜疑心にも似たものを感じている王宮兵達なんかは露骨に。モカ達でさえ賛同しかねるって顔色だわ。


「構わない」


 皆が「陛下!?」と驚愕した。まさか彼が承諾するとは誰も思わなかったんだろう。

 無論、あたしも。こんなにあっさり承諾してもらえるなんて予想外。

 ……実は裏がある、とか?

 あ、ちょっと睨まれた。


「皆にはまだきちんと告げていなかったが、このちんちくりんはかのゴールデンドラゴン族だ。今ここで討伐してできない事はないだろうが、子供とは言え戦えば被害は軽度では済まないはずだ」


 暫し皆が皆息を呑んだ。戦った経験はなくとも座学とかで習ったのか、黄金竜の孕む危険さをよくよく承知しているようね。


「故に私としては不用意に事を大きくしたくはない。余計なトラブルを招く前に早々にこの地を離れてもらうのが得策だと判断する。ただし、こいつが国を出るまで一切民に危害を加えないと約束できるならだ」

「この聖女アリエル・ベル、陛下の温情に感謝致します。良かったわねルウルウ、仲間の所に帰れるわよ。帰り方はわかる?」


 高位魔物は、特に強い黄金竜同士でなら多少離れていても相手の気配を感じられるはずだから、卵から孵ったわけだしこの子にも仲間のおおまかな位置がわかると思う。

 異論がないのを確認する意味合いでルウルウの反応を待っていると、彼はふりふりと頭を振った。


「ぼくはアリエルといる。なかまのところにはいかない」

「ええっルウルウどうして? 家族や仲間に会いたくないの?」

「キングはうまれたらもうひとりだちなのだ。じぶんのいばしょはじぶんできめる。ぼくはずっとアリエルといるときめたのだ。アリエルのいるところがぼくのいえだぞ」

「はうっ、ルウルウ……!」


 あたしもっ――て呑気に感激している場合じゃないみたい。折角何もなく逃がしてあげられる状況になったのに、この子ってば絶好のチャンスを棒に振ってどうするつもりよーっ。

 ああほらセオ様からの怒りオーラをひしひしと感じる。

 彼だけじゃない、この場の他の皆もルウルウの主張は容認できないと言った面持ちでいる。


「聖女アリエル、私の気が変わらないうちにそのナマモノをさっさと窓から放り出してくるんだ。去らないなら討伐するしかない」

「ふんっ、ぼくはアリエルからはなれないぞ!」

「どうやら死にたいようだな」

「やれるならやってみろ! しょうわるセオドア・ヘンドリックス!」

「何だと……?」


 あああどうしてこんな急にバチバチの一触即発に? 何とか宥めないと!


「え、ええとルウルウ、あたしを好きになってくれるのは嬉しいんだけどね、ここはあなたにとって危険なの」

「アリエルにあえないのはいやだ」

「んー、じゃあ時々会うのはどう?」

「まいにちあいたい」


 ああーん健気な事言ってくれるんだからーん!


「……聖女アリエル」


 はい、立場を弁えます。


「ルウルウごめんね、一緒にはいられないの」

「どうしてだ? ぼくとアリエルはおなじせかいにいる。それなのにどうしてわざわざりゆうをつけてはなれないとだめなのだ!」

「ルウルウ……」


 同じ世界。そうね空は一つ。ルウルウともっと一緒にいてあげたいって思うわ。だけどあたしは聖女なの。あたしの我が儘を押し通せない。

 それにやっぱり魔物が王宮にいるなんてまずいでしょ。よりにもよって成竜ともなれば城くらいに大きいのもいるって言われている竜が。この子の現在の大きさも将来的な大きさもわからないけど少なくとも小さくはないわよね。竜の姿に戻ったら混乱を招くのは間違いない。


「あなたの言う事も理解はできるわ。だけどあなたにはすくすくと何事もなく大きくなってほしいの」


 ルウルウは大きなお目目を見開いて悲しそうにした。計算したわけじゃないだろうけど究極の迷い子みたいな目を向けてくる。はうっ、おねーさんその目に弱いわっ。


「アリエルはぼくといるのいやか?」

「嫌なわけないわ! だけど戦いにでもなったら悲しいわ」

「ぼくおとなしくするぞ! そもそもかえれといわれても、なかまがいまどこにいるかわからない」

「えっ!?」

「ところで、いまはいつだ? たいりくれきでなんねんなのだ?」

「え? ええーと確か大陸暦だとぉ……三五六三年ね」


 この世界には全世界共通の大陸暦と、その国その国独自の年暦があって、因みにこの国は現在王国暦一五六三年でもあるわ。大陸暦とはぴったり二千年ズレているだけだから覚えやすい。


「さんぜんごひゃくっ!? ぼくがつかまってからせんねんもたってたのか!?」

「捕まった……だと?」


 セオ様は驚きと疑問を浮かべたけど、あたしは彼とは些か視点が異なっていた。


「せせせ千年!? ルウルウって骨董卵だったの!?」

「問題はそこじゃない……」


 セオ様が冷静至極にも的確なツッコミをくれた。

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