前世のペットの名前を付けました
「ならここには王様が二人も揃っているのね」
「……あんなのとひとくくりはいやだ」
「…………」
推しを貶されてそこはかとなく業腹なあたしの笑みを見つめる黄金竜が目を大きくして少したじろいだ。
まあこの子は魔物だし仕方がない大目に見てあげよう。元よりあたしは同担拒否のきらいがあるからかえって良かったのかも。
「こうなるとキング呼びは紛らわしいわ。この際だし名前を付けてもいい? あなただけの名前を」
「ぼくだけのなまえ?」
不安そうな顔付きだったのがぱあっと明るくなる。
「いいぞ、どんなのだ?」
「どんなのがいいの?」
「きみにまかせる!」
「んーならどうしましょうかねえ。あ、その前にあたしの名前はアリエルよ。君とか聖女呼びよりアリエルって呼んで?」
「わかった。アリエル」
素直~! バイバイするまでの短い間とは言え適当にはしたくない。何がいいかなあ? 見た目に合った可愛いのがいいな。
「んーそれじゃあ、――ルウルウはどう?」
「……ルウルウ?」
ぶっちゃけると最も可愛がった前世のペットの名がそれでした。
最初は特に意味はなくて響きが可愛いなって思って付けたけど、前世で長年使ったのもあって愛着のある名前なの。そんなあたしの独断と偏見による提案に元夫は苦笑いしていたけど、さて黄金竜はどうだろう。
「うむ、それでいい」
実にあっさりと彼は受け入れてくれた。元夫みたいに苦笑して。だけどどうして少し寂しそうなんだろう。
「ええと、正直に言って? ルウルウが嫌なら他のに変えても構わないのよ」
「いやじゃない。ただすこし……おどろいただけだぞ」
「驚いた?」
「お、おもしろいひびきだからな!」
黄金竜はまるで失言したかのようにハッとして取り繕った。うん、確かに取り繕った。でも何の必要があって?
「じゃあ本当にルウルウでいいのね?」
「うむ」
この子は魔物だし見た目通りの子供じゃないのはわかっている。でもそれだけじゃない不思議な秘密があるみたいに感じるのはどうしてかしら。
「聖女アリエル、いつまでそいつと無駄話をしているんだ。帰るぞ」
こっちに来たセオ様からスッと手を差し出される。
ルウルウは明らかに両目を吊り上げて憮然としたけど、あたしは思わず両眉を上げてセオ様の手を珍しそうに見下ろした。
「てっきり先に行ったのかと……」
「元々は誰を捜しに来たと思っているんだ」
あ、無意識にポロッと出ちゃってた。出なくても聞こえるんだから同じだろうけど。セオ様は当然気分を害したご様子。まあ彼はこの状況であたしを放置するような無責任な男じゃないか。そう考えたら彼ってば幾分表情を和らげた。
「ではお言葉に甘えまし――て!?」
彼の手を取ったらもう手を洗えないかもなんて考えていたら、向こうから握られて引っ張られてふわりと抱き上げられた。これは夢? 現実だからこそ何が起きているのか逆に混乱しているうちに、跳んだり駆けたりする振動があっていつの間にか図書館地下二階にいた。
暫し言葉も出ずにいたあたしへと、下ろしてくれた彼は怪訝そうな目を向けてくる。
「どうしてそんなに驚いている? そなたはこの穴を登るのは無理だろうと思ったから運んだんだ」
この穴と言うのを覗いてみる。あー、その通りだわ。結構深い。これをセオ様が開けたのかあ。さすがはあたしのヒーローだわん!
でもそうよね、彼にとっては何ら考えるでもなくさらっと素でできちゃう行動なのよね。必要とあらば分け隔てなく誰にでも他意なくそつなくさらりとこんな男前な行動をしちゃえる辺りホント罪作りだけど。納得したらようやく余計な力が抜けた。
「ありがとうございます。助かりました」
「あのな、少なくとも私は誰にでもするわけじゃ――」
うん?
「――だいじょうぶかアリエルー!!」
ルウルウの声が耳に飛び込んできた。
彼はセオ様があたしを抱えた際にあたしから引っ剥がされていたみたいで、さすがは竜なのか自力で上がってきたのね。
背中から小さなドラゴンの翼を生やしている。
ミニサイズだとコウモリのそれみたい。腰蓑とコウモリ羽なんて統一感ない格好だけどルウルウなら百点。
「何だ、飛べたのか」
「おまえ、だいきらいだ」
「それは光栄だ」
セオ様ってばこの子が飛べなかったら置き去りにするつもりだったんだわ。まあ飛べるのが普通な黄金竜だからそうなればラッキーくらいにしか思ってはなさげだけど。
「くっ……こんなののどこがよかったのだ」
「何の話だ?」
「おまえにかんけいない」
「そうか。私の国の民でもない関係ない魔物風情は、早々に国外にお引き取り願おうか」
「……ほんとうにせいかくわるすぎだぞ」
ルウルウが今にも彼に噛み付きそうに目を据わらせる。セオ様はどこか大人げない気もする余裕の表情だけど、先に上がっていた皆は一時身構えた。
あたしは慌てて飛び付くようにしてルウルウを抱き寄せてほら怒らな~いって頭を撫で撫でして落ち着かせた。その場の皆が奇跡の猛獣調教シーンでも見るみたいにポカーンとしたわ。
例外はセオ様。余裕の顔から不愉快の顔になった彼は魔物に情けは不要油断大敵とルウルウを鋭く睨む。これぞ小説じゃ終始魔物への厳しさ一貫のセオドア・ヘンドリックスねとは思ったけど、何故か彼はあたしの事も睨んだ。
たぶん聖女が魔物と仲良くするなって言いたいのよね。そりゃあたしだって先日のワイバーンとかカナール地方にいるようなキシャーッて襲ってくる魔物と仲良くなんて御免だけど、ルウルウは別よ。
この子は対話ができる魔物よ。
警戒だけじゃなくて、セオ様もそのうちわかるはず。
そんなあたしの視線を苛立たしそうに受けた彼は、呆れなのか失望なのかあたしから体ごと顔を逸らすと、地下二階で待機していたらしい図書館職員達へと目を向けた。
「ノートン、この穴は明日以降調査させる。安全のためにも当面の間は図書館への立ち入りを禁止とする。本が心配だろうが穴には見張りを置くから異変があればすぐにわかるだろう。適切に対処はするつもりだ。あとこの件の口外は無用だ」
畏まりましたと頭を下げるノートンがあたしにくっ付くルウルウを遠慮がちに見る。一連のやり取りと年の功なのかすぐに魔物だとわかったようだけど、騒いだりはしなかった。
「職員全員、明日からは臨時休暇とするが、決して口外しないようにしなさい」
ありがたくも彼は努めて穏やかに他の司書達にも念押ししてくれた。
それからすぐに、王宮兵達は階段へと向かうセオ様に続き、あたしはモカ達護衛がいるからと彼らに前後を囲まれて地上階へと上がった。
プチ聖女失踪事件はセオ様の迅速な行動によってその日のうちに無事に解決した。
「陛下、王宮兵の皆さん、わたくしのために奔走して下さって本当にどうもありがとうこざいました。今こうしてここに戻って来られたのも皆さんのおかげです」
全員が集った図書館地上一階であたしは改めて感謝した。
もしもセオ様が助けに来なくてあたしとルウルウだけだったら、地上に出たい一心でルウルウの背に乗って強引に地面をドッカンしていたかもしれない。頭上がよもや図書館だなんて思わなかったもの。そうなればここは壊滅的被害を受けたに違いなかった。
ホントね、盛り沢山な展開で三日くらいは経ったように感じるけど、聞けばまだあたしの失踪同日の夜だったみたい。
ルウルウはあたしにくっ付いて、あたし達はコアラ親子みたいになっている。
地下では攻撃はしないって口でだけど約束してくれたし、このままトラブルなしにこの子を自由にしてあげられるといいんだけど……腕組みしてあたしの前に立つセオ様の顔付きはそうもいかない雰囲気を醸し出していた。




