凶悪竜が可愛い原始人になった一時
少し時間を戻すと、憐れ毛卵から放り出されて意識が暗転したあたしは素直に暗転しっ放しじゃなく、しぶとくも夢の中で泣いていた。
ええーん絶対たんこぶできたでしょこれーっ、しかも魔物に食べられちゃうーって。丸呑みだったら赤ずきんちゃんの狼宜しく代わりに石でも詰めてもらって……って、猟師役がいないから希望ゼロー。あ、聖女パワーを使ったらどう? 強烈に胃もたれするーって吐き出してくれたりしないかな? よし一か八か使ってみよう……なんて風にね。
でもその時感じたの、ぺちぺちぺちぺち頬っぺたを叩かれて痛いしこんな感覚前にも覚えがあるって。
もっももももしかしてあたしのレインボースターセオ様が敵を成敗して助けてくれて膝枕してくれて起きろって必死に叫んで人工呼吸してくれようとしているとか? な、なら早くこの目をこじ開けて彼のキッスを宇宙創世の記憶に留めないとっ。
そう強烈に熱望したら幻聴なのか遠くで轟音的な音と、ややあってから近くで硬い金属がぶつかり合うような音が聞こえたのもあって意識は本格的に浮上したわけよ。
案の定たんこぶができたのか頭と所々体が痛かったけど両の瞼を押し上げたわけよ!
そうしたら何と視界には――天使、じゃなくて原始人?
とにかくフワフワな金髪が揺れてその下には赤い瞳。アーモンド型の眼を縁取る長い金色のまつげも印象的。小鼻だし珊瑚色の唇も小ぶり。
ふくふくした頬っぺたが幼児特有の丸みを帯びていて、きゃあわゆいぃーーーーん!!
ええーっ、なになに何なのこの子どこから出てきたの? 裸に腰簑って言うか、毛卵の切れ端みたいなの巻いて原始人ルックだけど……まさかセオ様の隠し子?
あたし継母でもいいっ!
将来のイケメン王子万歳。あ、でも大事な所が隠れているから男児って断言はできないわね、女児の可能性もあるわよね。まあどっちでも見れば見る程ペロペロしたくなるん!
赤目は魔物の色だけど人の姿だし、突然変異? それとも定石通りに魔物なの? 感じる気配は魔物のそれだけどよくわからない。まあ細かい事は後回しにして可愛子ちゃん、お姉さんとあっそびっましょーっ。
だけど生憎その子はあたしじゃなくてどこか別の方を睨んでいる。どうしたのかしら随分気が立っているみたい。今し方の金属同士がぶつかり合うような音も何だったのかしらね。
ぷりぷりするその子を落ち着かせたかったのと可愛いのとで思わず腕を伸ばしてむぎゅっとしちゃった。
そしたら驚いて何と目を潤ませて甘えてきた。
たどたどしくせいじょなのかって聞かれたし、ずっと抱っこしていてほしいってお願いされちゃった~。
んもーっんもーっんもおーっ、闘牛ばりに突進しそうなくらいカワイイわね!
ところで何を睨んでいたのかな~?
あー、セオ様か。彼の尋常じゃないハンサムレベルにこいつライバルだって敵視しているのかしら…………って何でいるの!?
さっきから視界の端に引っ掛かっていたけど、まさかこんなとこにはいないわよいつもの妄想による幻覚でしょって思って気にしないでいたの。
そんなセオ様は守備範囲がどうとか呟いたけど、敵がいるの? その証拠に既に戦闘準備万端って感じで抜き身の剣を手にしている。
ただ、あたしの方を睨んで現在進行形で敵と対峙しているかのように隙がないのは何故かしらー。
……煩悩まみれ過ぎてこんな聖女は失格だいや魔物と同類だ生かしてはおけんって人知れず処刑しに来たわけじゃないわよね?
セオ様は若干青い顔色で、だけど尚もこっちへ向ける剣を下ろさない。
え? マジなの? アリエルはデッドエンドなの?
そう言えば重大案件を忘れていたけど、毛卵の魔物はどこ?
殻の焦げた残骸っぽいのはあるけど本体が見当たらないのはどっか行ったから? あたし助かったの?
でも次なる命の危機がもう目の前に……?
我知らず子供を抱き締める腕に力を込めていた。
その子はあたしの不安になった表情をじっと見上げてくる。あらあらそういえば前世の孫もこんな時があったわあ~。
「せいじょ、しんぱいするな――あぅあぅあ、わぅあぅああ へっへいじょっ」
「――聖女アリエル!」
ころっと弛んだ顔でふくふく頬っぺに頬擦りしていると、セオ様の美声が降ってくる。安心してセオ様、あなたの頬っぺの方が断然好みだから!
あたしはうふふと愛想笑いを張り付けていつの間にか傍に立った彼を見上げた。何故に愛想笑いって? だってあたしの煩悩にドン引きもしないくらいに見るからに怒気オーラ大放出。オーロラ大爆発にだって負けていないわ。だけどどうしてそんなに怒っているの?
「ご、ご機嫌麗しく。陛下」
「聖女アリエル」
「は、はい?」
彼は難しい顔でこっちを見下ろしたまま指差しした。
「その危険物を捨てろ」
「危険物?」
つい自分の周囲をキョロキョロしちゃえばセオ様はもう一度指先を強調した。
「そなたが抱いている、人に擬態した魔物だ」
ええと、この子? 何だやっぱり魔物なんだ。目の色は嘘をつかないのね。
でもちょっと誤解してない? この子のどこが危険なの? こ~んなに可愛いのに。さっきも不安そうに目を潤ませたりしていたし、護ってあげないといけない小さな子供じゃないのねえ。
こうしてみると、小さい時に庇護が必要なのは人間も魔物も同じなんじゃないの?
「ねえ、あなたは魔物なのね?」
確認も兼ねて尋ねれば子供はこくりと頷いた。
「うむ、そうだ」
うむ、だなんていやーんどうしてそんな萌える喋りなの~。でもそっか魔物って人に擬態できるんだ。彼らへの見方が少し変わりそう。知能の高い魔物となら会話ができるって知っているけど、人の形になれるのは初めて知った新事実。
セオ様は知っていたようだけど知識で負けて何かちょっとジェラシー。拗ねた心地で彼を見やったら逆にめちゃガンを飛ばされた。
そんな完全不機嫌セオ様はあたしが素直に応じないからか、業を煮やしたように手を伸ばしてくる。剣を向けてこないのは一応は国にとって大事な聖女のあたしが傷付かないようになんだろう。むんずと魔物の子の腰巻きを掴んであたしの腕の中から引っ張り出そうとしてきた。
正直びっくりした。だって強引!
「ちょっ、やめて下さい!」
あたしは人攫いから我が子を護ろうとする母親みたいにより一層深く両腕で抱え込んではねのける。
「何を……っ、見た目が無害でもこいつは魔物で危険なんだ!」
「この子は例外的に危険じゃないかもしれないでしょう!」
「危険じゃない魔物なんているか!」
「ここにいるかもしれませんーっ!」
「そなたはあちこち怪我をしているじゃないか、その手足に滲む血はその魔物にやられたんじゃないのか? ……痛むだろ?」
「え……と」
急な彼の表情の変化があたしから反発心を弱める。とても案じてくれているって顔なんだもの。向こうに自覚があるのかはわからないけど。
「心配かけてごめんなさい。ですけどこの程度は平気です。それにこれは魔物の卵にやられたんです。この子は関係な……ん?」
この子は魔物で毛卵から生まれたのも魔物。尚且つここにいる魔物はこの子だけ。故に毛卵から生まれた魔物はこの子であ~る。
……そっそんなっ、なら本編で王宮地下から現れてギャースした凶悪竜なの?
その子からぎゅっと首に抱き付かれた。
「せいじょごめん! いたくしてごめん! ほんとうにわるかった!」
なーんてそんなわけないか~。だけどそれでも念のため確認はしておきたい。
「もう大丈夫だから、それにちゃんと真剣に謝ってくれたから許してあげる。ところであなたってゴールデンドラゴンだったりする?」
その子はあたしをまだうるうるした目で甚く感激したように見上げてくると、次にはいそいそとあたしから離れて立って胸を張った。
「うむ! そうだ!」
やーんちびっ子ガキ大将が可愛過ぎて鼻血出そう。
「ふぅんそっかあゴールデンドラゴンかあ~~…………へ、陛下へもお尋ねしますが、ここは王宮地下だったりします?」
「そうだ。王宮図書館の地下三階と言っていい」
「地下三階……図書館の……って、えええ図書館!?」
じゃあ何、潜伏場所は図書館付近の地下じゃなくまんま図書館の真下だったのね!
何にせよ、王宮図書館にはちゃんと地下三階があった。あたしの記憶は確かだった。




