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セオドアの「も」と「ふ」を最も聞いただろう日

「ここにテレポート魔法陣が現れたんだな?」

「はい。しかも変な話ですが、床に吸い込まれると言うか、まるですり抜けて下へと落ちていくようにも見えました」


 王宮図書館地下二階、アリエルが消えたと言う通路の真ん中で、セオドアはノートンの証言に真剣に耳を傾けていた。

 腰の剣帯には愛剣が挿し込まれ、いつ怪しい輩が襲って来ようとも万全だ。この国で国王の彼に剣技で敵う者はいないとまで言われていて、だからこそ先程はユージーンもセオドアが一人で動くのを渋々ではあるが認めたのだ。


「済まないノートン。これも私の甘さが招いたも同然だ」


 セオドア自身も必要な剣の稽古や剣術から派生した剣魔法の練習は日々欠かさないし、能力向上を意識して体を動かしてもいる。だからこそアリエルの向上心を応援しようと思っていた。

 それがまさか仇になるなどと誰が予想しただろう。


 難しい顔で石床を見下ろすセオドアの聴覚がバタバタと騒々しい足音を捉えた。


「陛下! セオドア陛下っ! 直々に聖女様の警護を仰せつかっておきながらこのような体たらくっ、誠に申し訳ございませんっ!」

「リンドバーグか」


 セオドアが図書館に足を運んだと聞いたのだろう、捜索を中断して汗だくで駆け付けセオドアの眼前に両膝を突いたリンドバーグは、自らを責めて額を床に擦り付けた。合わせる顔がないと思っているのだ。

 ノートンからはリンドバーグと聖女の護衛達は手分けしてまずは王宮内を捜していると聞いた。

 テレポート魔法なら王宮外へと運ばれた可能性が大きいが、灯台もと暗しを避けるためにまずは敷地内からと三人で決めたらしい。リンドバーグも一理あると三人の方針に合わせて王宮敷地内を入念に捜索していたのだ。

 微塵も魔法の気配を感じられず魔法の追跡ができない現状では悪くない選択だ。


「立てリンドバーグ、謝罪は聖女を見つけてから彼女にしろ」

「陛下……っ」


 リンドバーグはハッとして顔を上げたが、暗に優先事項を間違うなとの叱責も含まれた言葉と寛容な態度に、主君の御前で改めての忠誠を誓って跪いた。


「このリンドバーグ、これからはより全力で任務にあたります!」


 彼の大きな声は通路にわんわんと響いた。相変わらず熱血漢だなとセオドアは感心さえして配下を見下ろした。

 リンドバーグが立ち上がったところで、今度は聖女の護衛達までが通路に下りてくる。彼らもセオドアの到着をどこかで聞き戻ってきたに違いない。おそらくユージーンの方面からだろう。駆け付けた護衛達はセオドアの意見を仰ぎたいと言う。

 確かに一丸となって捜索をするのが一番効率が良い。


(思考が聞こえてこないのは、彼女が近くにいないからか、それとも彼女の意識がないからか)


 どちらにしても楽観はできない。

 王宮の警備には警備の兵士達だけではなく魔法も使われており、セオドアやアリエル、王宮職員などそもそも王宮への立ち入りを認められた素性の明らかな者には反応しない。そうでない者には反応するが、侵入者ありとの反応は出ていなかった。

 加えて、王宮外へのテレポート魔法が使われたのなら、敷地境を越えた痕跡が全くないのも考えられなかった。

 通常外部からの不法侵入者を想定して王宮の境には察知する結界を巡らせているのだ。


(聖女はまだ王宮内にいるかもしれないな。だと仮定して、どこにいる?)


 悩んだセオドアだが、ふと微かに眉を寄せた。


『――床に吸い込まれると言うか、まるですり抜けて下へと落ちていくようにも……』


 先のノートンの言葉が過る。


「床……下……?」


 疑問調でそう口にした直後、アリエルの声がセオドアへと届く。思わずハッとして周囲を見回す彼の頭に声は尚も届きそして、何かよくわからない興奮の後、強烈なのがきた。


 ――もふもふもふもふもふもふもふもふーーーーっっ!


「……一体全体どうした」


 聖女の身の上に何が起きているのか彼にはとんとわからなかった。






 ふかふかもふもふの毛生え卵。

 触り心地抜群だし、巨大な卵のぬいぐるみって言われても納得よ。見た目から卵とは言ったけど本当に何かの卵なのかは実際のところよくわからない。

 中身が生きているのか死んでいるのかも。

 卵だと仮定して、この常識外の大きさは魔物の卵よね。

 魔物、か。

 キシャーッて襲ってくるエイリアンっぽいのでも生まれた日にゃ逃げ場がなさそうだわ。

 とは言えこのふかふか極楽は堪らんのう~。

 思わず童心に返ったあたしがぽふぽふ上で弾んで煩くしていたせいか、卵が突然ゆらゆら動き出した。


「って事は生きていたの!? そして生まれそうだったり!?」


 えーっ、キシャーッて生まれるのキシャーッて? そんで以てあたしは犠牲者第一号!? 聖女なのに? 聖女なのにいっ? 得体の知れない魔物に丸呑みされて誰にも悟られないままあの世行きなんて虚し過ぎるーっ。


「そもそもここはどこよっ。こんな地下洞窟みたいな場所は!」


 みたいなじゃなく地下洞窟なのかも。案外この小説世界って秘密がいっぱいね。小説登場の魔物以外にもこんな卵な魔物が眠っているなんて……なぁーんて、そうホイホイ地下に魔物が埋まっているわけないかあ~あははは~…………ひいいいっこれ本編のやつでしょーっ!


 ――ゴールデンドラゴンでしょーっ!!


 小説じゃあ王宮兵士達の半分を屠ったあの怒れる凶悪竜。

 そいつが王宮地下から飛び出して王都を混乱に陥らせるのは小説に照らせばまだまだ先のはずなのにーっ。


 それをヒロインと彼女の恋人と、そして我らがセオ様が力を合わせて倒すって流れなのにいいい~っ!

 メリメリメリと卵の殻の一部が盛り上がり、逃げる間もなく中の何かが殻をぶち破る。


「ギャヒイイイーッそんな待って待って待ってえええええーーーー!!」


 人間なのに魔物みたいな声を上げたあたしは振り落とされないようにって必死に揺れる卵の毛を握り締め……たんだけど手汗でつるっと滑った。

 あ。

 と思う間にポーンと宙に放り出される。

 不意だったせいでろくな受け身も取れずに落下して勢いのままに転がって、たまたま地面から出ていた部分で頭を打って意識がふつりと途切れた。

 ブラックアウトの間際、ぼやける視界の端で何かが飛び出したのは見えたから、卵は完全に孵化したと思う。今回は冗談抜きに詰んだかもしれないわ。






 セオドアは非常に困惑していた。

 アリエルの叫びがよくわからなかったのだ。


 しかし気を取り直して考えるまでもなく、彼女はセオドアに思考の届く範囲内にいるのだとわかった。


 ならば図書館を中心とした大体の範囲も確定だ。

 しかし捜索の指示を出そうとして、直前で言葉を呑み込んだ。

 王宮図書館の周囲には、その有効半径内に建物はなかったはずだ。もしあっても既に捜索していたリンドバーグか聖女の護衛達の誰かが見つけていたはずだ。


「だとすると……」


 急に睨むように床を見つめて独り考え込み始めたセオドアに皆の怪訝な視線が集中する。


「あのぅ、如何なされたのですか陛下?」

「ノートン、確認するが、魔法陣が現れて聖女はそれに落ちるようにして消えたんだな?」

「は、はい。そのようでした」

「そうか」


 尚も表情を曇らせるセオドアへと、ノートンが何かを思い出したのか「あの陛下、一つ気になる事がございました」とおずおずと口を開いた。セオドアは目で続きを促す。


「実は、聖女様は初めこの図書館には地下三階があると認識しておられたようなのです」

「何……?」

「聖女様の記憶違いかと大して気にせずにいたのですが、消え方を思い起こしますと、ここには本当に地下三階という未知なる空間が存在するのやもしれません」


 発言後恭しく頭を下げるノートンの言葉はセオドアの背を押した。


 そうか、と静かにそう口にするとセオドアは石床を自らの踵でトントンと踏み付けた。音からするとこの下に空間があるようには到底思えない。

 しかし次に彼は何を思ったか徐に腰の剣を引き抜いた。ゆらりと彼の魔力が濃度を増して誰の目にも見えるようになる。


「全員離れていろ」


 皆が驚く前で短く命令し十分な距離を下がった次の瞬間、彼は魔法さえ込めて剣を大上段に構えると勢いよく振り下ろした。

 破壊のための剣魔法だ。普通は魔物相手にしか使わない。


 ドゴオオオン、と轟音と称していい激しい破砕音が王宮図書館地下二階に響き渡った。

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