王宮図書館はたぶん学校の怪談とは違います
セオ様からはあっさり許可をもらえた。
国王宮殿の入口に秘書のユージーン氏が立ってあたし達を待っていて「セオドア陛下からの閲覧許可証です」って書類を渡してくれた。
事前にあたしの来訪を知って顔を合わせるまでもないと用意してくれたみたい。うふふふふ仕事の早い男って素敵!
ふふふ、ふふ、はあぁ~~残念っ。
セオ様の顔を見れるーって思ったら煩悩が溢れに溢れまくって脳内でちょっと彼のシャツ剥いちゃったから警戒されたんだわ。くすん。
ユージーン氏は相変わらず癒し系なニコニコ微笑を浮かべていたけど、ほんの少し困惑げにもしていた。まあそこは仕方がないか。側近とは言え彼は知らないんだもの、セオ様とあたしがある程度近付くとあたしの思考がわかるから前以て許可証を用意した、なんてね。
そんな悲しき展開のおかげで時間に余裕のできたあたし達は、図書館にトンボ返りして早速と調べものを再開よ。
ノートンに許可証を見せてあたしだけは古い王宮地図を見に地下一階の閲覧室へと案内してもらった。
どんな貴人の護衛でもその護衛本人への許可がない以上、地下に来てもどうせ閲覧室には入れず通路で待機させられるって決まりなのと、図書館地下の警備は万全なのもあって、他の皆には引き続き地上階で調べものをしてもらうようにした。地下への下り口は一つだし、貸し出しカウンターの傍にあるから誰かが通ればすぐわかる。
「聖女様、あまり根を詰め過ぎないようになさいませ。ではごゆるりと」
「心配ありがとうノートン。大丈夫。わたくしにとって読書はむしろ疲れが吹き飛んで元気になるものですから」
「せっ聖女様もですか……!」
うん、彼は本好きの同志を見る目になると満足顔で静かに出ていった。
あとはもう閉館時間ギリギリまでひたすら旧王宮地図と格闘よ。結構量があって一日じゃ全部を調べるのは難しく、当然持ち出しは禁止だから明日も明後日も地下書庫籠りが決定だわ。
「ここでも何も掴めないうちに閉館時間……」
室内の時計を眺めて嘆息するあたしは徐に腰を上げると地図を抱えて返却台に置いた。あたしが退室すると部屋には自ずと鍵が掛かった。
前世で言うオートロックがこっちでは電気じゃなく魔法でできちゃう。こう言うのを見るとつくづく世界の仕組みと言うか理が全く違うんだって思い知らされるわ。
「なーんて、破格な治癒魔法を自分でも使っておいて何を今更って感じだけど」
――れか。
今日はあたし以外の使用者がいないらしいこの地下階層は、司書達も皆地上階にいるのか誰の気配もしなかった。通路を螺旋階段へと向かって歩く最中、ふと声が聞こえた気がして足を止めて振り返る。
誰もいない。
「気のせいか。まあそうよね、あたしとセオ様じゃないんだし」
誰かの声が聞こえるなんてそうないわよね。
閉館時間間近だと外はもう暗く、夕方と言うよりもう夜だ。
夜、ね……。学校の怪談じゃあるまいし図書館に幽霊なんていないとは思うけど。…………。
「は、早く上戻ろっ」
――だれかきて。
えっ、今のは確かに聞こえたんですけど!? 夜の人気のない図書館通路での得体の知れない声……過去の王宮ドロドロ劇があって死んだ浮かばれない怨念だったり?
ひーっお化けお断りーっ。背筋をぞわぞわさせながら本当に誰かいないかと辺りを見回して階段の方に急ぎ足よ。時間だからとあたしを呼びに来たのか、その時ちょうど階段を下りてきたノートンの姿にすごく安堵した。
「良かったノート――」
あたしは駆け出そうとして、だけど足を止めてしまった。
――ここにきて。ここからだして。
だって一際大きく聞こえたから。
「おお聖女様。ちょうど閉館時間のお知らせをしようかと」
「ノートン、い、今大声が聞こえましたよね?」
「大声ですか? いいえ何も?」
――だれか。さびしいさびしい……。
「ああほらこれっ、この声!」
「はい……?」
通路に下りきょとんとしているノートンをあたしは動揺しながら見つめる。だってどうして無反応なの? 煩いくらいに聞こえる大きさなのに。彼はあたしを戸惑ったように見てくるだけ。
これは本当に聞こえていないんだわ。お年で耳が遠いとか言うレベルじゃない……と思う。
――だれかここにきて。
声はずっとほとんど同じ言葉を繰り返している。
ここか街中なら護衛の誰かに告げていたと思う。だけどあたしはそうしなかった。
声を聞いていたら声主の所に早く行ってあげなくちゃって思ったんだもの。助けてあげなくちゃって。まるで何か見えない手に背を押されるように足を動かす。
寂しいよって極限まで叫んでいて切なくなる。長く迷子の子供をやっていたらきっとこんな風に泣くんだわって何となくだけど思った。
希望はとうに砕けたのに最後のひと欠片を捨てられない孤独な誰かがそこにはいる。
不思議ともう怖いとは感じなかった。
声は下の方からだわ。
「ノートン、地下二階にちょっと行ってきても?」
「それは構いませんが」
急な申し出に彼は疑問がいっぱいだろうけど、あたしは彼の横をすり抜けて階下へと足を向けた。案の定階段を一段一段と下りるにつれて声が強くなる。
ノートンは困惑しながらも付いてきた。
地下二階に下り立っても、声は依然として聞こえている。
だけど、通路の最奥まで歩いてみたものの、誰も、何もいなかった。閲覧室からの声でもない。
「うーん、隠し通路とか階段も無さそうだし手詰まりだわ」
声は聞こえているのに、それ以上どうもできない。ノートンは怪訝そうにしながらも後ろを少し離れて付いてくる。別にあたしを避けているわけじゃなくあたしが早足だから自然とそうなった。
「誰か知らないけどどこにいるの? どこかを教えて! 今からあたしが助けに行くからっ!」
「せ、聖女様?」
今度はさすがにノートンも不審そうにした。
あたしが現在立っているのは地下二階通路の真ん中辺り。奥から引き返してきて何となくここで足を止めたのよね。
声はまだ聞こえていて、焦りだけが募る。
もしも怪我をしていたら? 手遅れになったら?
死んじゃったらあたしには治癒はできない。
「ねえっ、本当にどこなの!?」
「あ、あの聖女様、如何されたのですか?」
怪我をしているのなら癒したいって気持ちが必死過ぎたのか、無意識に魔法の力が溢れ出していた。
ううん、力を引っ張り出された感じだわ。白い魔法光があたしを包む。
「聖女様、何故急に魔法を――せっ、聖女様!」
「――えっ何これ!?」
あたしもノートンも大きく目を見開いた。
まるであたしの魔法に反応したみたいに足元が突如光り出したからだ。
あっという間に視界を奪われ、刹那、ふっと床がすっぽ抜けた感覚に見舞われた。
何事おおおっ!?
「聖女様あああーっ!!」
「にゃあああーーっ!?」
ノートンの驚愕声も何かの強い力に引き剥がされるみたいに急激に薄れた。
落ちている。確実にあたしは落ちている――って何で落ちているのーーーー!?
これ死ぬ系?
闇落ち以前にどこかの地面に落ちてデッドエンド?
いーーーーやーーーーっっ!!
痛いくらいに眩しくて目も開けられないのと恐怖のせいか、ふ、と失神した。