気になる事、気になる夢
「申し訳ありません。失言を致しました」
「謝らないで。聖女は出自を問われないとされてはいても、そこはやっぱり平民出のポンコツって言われないよう、功績を立てないとって気持ちは少しあるもの」
歴代の聖女は上流階級出身者が大半で、平民だったり素性不明なのは数える程しかいない。
この約一年、教会でも王宮でもあたしを陰では見下している人も皆無じゃない。
でもこの平民風情がっ、なんて真っ向から言ってくる度胸もない連中は気にする価値もないわ。奇特にも喧嘩売ってくる人もたまーにいるけど、その時はその時よ。
「だからね、余計な気を回さないで。これでもあたしは心臓に毛が生えているんだから」
「ぶふぉっ、せっ聖女様の心臓に毛!?」
思い切り噴き出した、リンドバーグが。
畏まって「失礼を」と澄まし顔になる彼に釣られてあたしが今度は噴き出しちゃって、ようやく三人も表情を和らげたから良かった。ナイス噴き出しよ、リンドバーグ!
ああそうそう、あたしは聖女能力云々と平行してここ最近の魔物活発化の原因も調べる事にしたの。
数百年に一回程度起こる魔物の爆発的発生かつ大暴走、魔物スタンピードの可能性は低いから候補からは外した。
「聖女様、ここにこんな記述が」
読書を再開し、モカが示した箇所をあたしも読んでみる。
「ふむふむ、強力な魔物の周辺はその他の魔物も活発化し、あたかも主君の下に参じるかのような行動を取る魔物もいる。ただし何らかの形での休眠状態ではその傾向は弱まる。……え、強力な魔物? 今のこの国にそんな危ないのいたっけ?」
「少なくとも報告は上がっていませんね」
疑問には魔物出現に詳しいのかリンドバーグが答えてくれた。そうよね、いないわよね。ワイバーンはそのレベルの魔物じゃないし。
ああでもそっか、ワイバーンを引き寄せた大物が何かいるかもってわけか。この華の王都に。
……でも、王都に?
あれー? 何か思い出せそうで思い出せない。
悶々と一人悩んでいるうちに結局はそれ以上の情報は出てこなかった上に閉館時間になった。
明日も頑張ろうって意気込んで図書館を後にした。
この夜、あたしはまた夢を見た。
闇の中に仄かな金色の光が見える。
その光は寂しい寂しいと絶えず訴える。
それはもしかしたら音声でもなければ人間の言葉でもなかったのかもしれない、だけどあたしは前夜でのようにそれの意思を理解できていた。
人間が一晩休むように短い微睡みから覚めた彼は、また孤独に思考する。
今は昨日と同じく夜時間帯だが、半年も同じ暗闇下にいた彼には昼と夜などどうでもよくなっていた。
彼はまた何度も叫び続けたが、何も変わらず諦めた。懲りないと内心では苦くも思っていたのにやめられなかったのは、まだ一縷の望みを抱いていたせいだ。
しかし最早この転生後の生を穏やかには生きられないのなら、たとえ朽ちるにしても原因のあの女にどうにか一矢だけでも報いてやりたいとも思うようになっていた。
まだ生きているならきっとこの場に現れる。
眠らされる前、彼女がここに来る唯一の存在だったのだ。現れるならその者は彼女に違いない。
万一あの女ではなくてもそれはそれでいい。
どうか、変化を。
そう彼は願う。
「……まただわ。鬱屈もしているけど、寂しいって全力で叫んでいるような夢」
朝、あたしはまだベッドに潜りながら夢の内容が気になって一人悶々と考え込んでいた。
あたしの勝手な夢なのか、本当に誰かがいるのかはわからない。だけどモカの言っていたように聖女の直感が何か意味のあるものなら、聖女の夢もそうかもしれない。二夜連続だしね。
「魔物の活発化に関しても何か大事な設定を忘れている気がするわ。本編前に高位魔物なんていなかったけど、活発化の原因としてはどう考えてもそれよね。とは言え街中をのっしのっし歩いているわけもないし」
そんなのシュール過ぎる。
そのまましばらく考えたけど、モカとメイが着替えを持ってやってくるまで何も浮かばなかった。
着替えて朝食も済ませてさあ王宮図書館へ。リンドバーグは大体の時間を心得てか宮殿の入口で待っていた。
調べ事とは関係ないけど王宮図書館って普段から人の出入りが少ないみたい。半ば貸し切りに近いのはある側面じゃわくわくもするけど正直勿体ない。あたしが沢山読んであげるからね!
初日こそ聖女能力アップが中心だったけど、今は魔物活発化を調べる方が中心で、あたしも皆も来て早々にまずはそれに関する書物を当たっていた。
「どれも同じ事しか書かれていないですね」
今日も助っ人リンドバーグが眉間を寄せ髪の短い頭を掻きながら、彼の前に積まれた書物の上に見終えたばかりの一冊を更に重ねた。彼の向かいに座っていたなら顔が見えない高さだわ。それにしても有用な情報が見つからない。
「はー。本当よね。魔物活発化の要因になるボス魔物がいるなら、それはどんな種類なのかとか、詳しく書いてあれば良かったんだけど」
「種類ですか。普通に考えてそう言うのは高位種のドラゴンやフェンリルなどでは?」
なるほど、リンドバーグは一理ある。ただ、ドラゴンとかフェンリルだと……。
「仮にそうだとして、高位種って大きいし現れたら一発でわかるわよね。王都にいるなら誰も知らないなんて考えられないから、そこが解せないのよね」
「ですよね。なら呼子のように魔物を呼び寄せる魔法陣が隠されているとか、或いは魔物自体が隠されている可能性はどうでしょう?」
「隠されて……魔物が……」
隠すって事は見えない場所に置いておくわけで、体の大きいドラゴンとかの魔物だと地上じゃ限界があるわよね。
地下なら別として。
あたしはとある可能性に思い至って背筋が冷えた。
「まさか、本編開幕前なのに……?」
あたしの呟きに皆は怪訝にする。現時点では憶測だろうとその可能性を掘り下げずにはいられない。
小説本編じゃ、終盤にとある凶悪な魔物が出てくる。
黄金の鱗を持つ黄金竜――ゴールデンドラゴンが。
それも王宮の地下深くから。
もしもそのドラゴンが現在覚醒しているとしたら?
覚醒しているのに出て来ない理由はわからないけど、それなら王国各地で魔物が活発化しているのも、ワイバーンが王都中心くんだりにまでやって来たのにも納得いく説明がつく。
だけど、王宮地下ってどこよ?
王宮広しと言えど、巨大なドラゴンが潜んでいるような地下空間なんて思い当たらない。
小説だと王宮図書館の方向から大きな地響きと共に大地を突き破って突如出現したってしか描写されていなかった。
その時にジャストで召喚された可能性もあるけど、以前から王宮地下にいたって考える方が合理的よね。
引っ掛かるのは、王宮図書館からって断定されてはなくてその方向からって書かれ方。
ヒロイン達からは直接見えない位置だったんだろうけど、それって裏を返せばまさにジャストでこの図書館からって可能性も決して払拭できないわ。
でも図書館地下にはドラゴンなんていなかったから、そのすぐ近くに潜んでいるのかもしれない。
なーんて言っても憶測は所詮憶測だし、まずは王宮地図を確認して地下空間のありそうな場所を絞ってみてからよね。
よし、とやる気を出して席を立ったあたしを皆が見てくる。
「調べたい事が増えたから本を探してくるわね」
まだ皆にハッキリとは言えない段階だからと、あたしは一人地図コーナーへと足を運ぶ事にした。
だけど出鼻を挫かれた。
王宮の地図なんて警備上最重要なものをそうホイホイ誰でも閲覧可能にしているわけがなかった。
王宮の全体図を確認したいって駄目元で司書長に聞いたら、古いものなら閲覧許可の必要な地下書庫にあるって教えてくれた。分類としては王国第二級書物に入るみたい。第一級書物になるとぐっと閲覧許可が降りるのが難しくなるんだとか。
まあ見ないよりはと思って許可の申請をしてみた。
許可は館長でもあるノートンと国王陛下両者のものが必要で、ノートンからはもらえたわ。こんな時聖女って肩書きは便利よね。
あとはセオ様からもらうだけ。
ふふふ、ふふふふ。彼に会う口実ができた。
そんなわけで張り切って国王の宮殿へと向かった。