調べものin王宮図書館
館内は地下も含め魔法でなのか湿度や明るさを調整されていて健康に悪そうな湿気ったカビ臭さや薄暗さとは無縁だった。本に付く虫だっていなそうよ。本好きには癖になる古い紙のにおいはしたけどね。
その後は、司書の皆が集めてくれていた書物を片っ端から読み漁った。勿論モカ達にも手伝ってもらってね。
この日、お目当ての記述に関係するだろうものは一つ見つかった。
真実の愛を貫く、だって。
――ってもうしてるじゃないのーっ、足りないってわけ? そうなの? もっともーっと愛しちゃうわよ!? ああもしや闇落ちってヤンデレ落ち? 闇=ヤンデレ? だったら落ちない理由はない!
どうせなら伝説の精霊や聖獣と契約するとか聖杯を手に入れるとかベタなものだったらわかりやすかったのに。
それか究極の強さは強き肉体からって感じでひたすら筋トレをしろとか。それだったらモカと一緒にリンドバーグを誘って鍛練したのにね。
「ふう、何て曖昧な条件なの」
疲れた声で書物から顔を上げたあたしは、外が薄暗くなっているのに気付いた。護衛三人は返事がないなと思えばお昼休憩を挟んだとは言え慣れない長時間読書に疲れてか閲覧机に突っ伏して居眠りしていた。司書達はまだいて図書整理に歩き回っている。まだ深夜帯じゃなさそうで良かったー。前世じゃ読書に熱中してふと気付いたら夜中だったなんて日もあったから。
だけど、良くない案件が一件。
「リンドバーグを忘れてた……」
あたしは急いで図書館の入口まで走った。
「……あ、聖女様……そろそろお戻りになられますか……?」
午前も午後もただ立たされて、鍛えているとは言えさすがに彼も顔色が悪かった。向けられた儚い笑みが良心に刺さる。ホンットごめんねリンドバーグ!
「もう少しだけ待っていて!」
もう猫被りも忘れて手を合わせて頼み込むと返事も待たずに席まで取って返し、急いで三人を叩き起こすや図書を借りて皆で宮殿に帰ったのでしたー。ちゃんちゃん。
加えて、これからほぼ毎日図書館に行く旨をリンドバーグには伝えた。案内がなくても迷ったりはしないけど、警備上あたし達だけだと不審者扱いされかねない。今はあたしの宮殿の警備隊長を務める彼が同行してくれれば、そんな面倒もなくなるからね。
借りた本は寝る前に読むロマンス小説。今更だけど識字できる環境で育っていて幸いよ。地元じゃ必ずしも識字できる人ばかりじゃなかったし、教えてくれた両親には感謝ね。
あ、本日もセオ様には会えなかった。
せめて夢で会えたらいいな。
寝る前ベッドに潜って借りてきた小説を眠くなるまで読みながらそんな些細な望みを願った。
……
…………
……――ある時、どことも判らない常闇で彼はふと目覚めた。
体は動かないのに意識だけはやけにクリアだ。
覚醒と同時に自分が何者かを思い出し、彼は酷く混乱した。
何故なら、彼には自分が「二つ」あった。
ある世界で人間として生きた自分と、もう一つ、この世界の存在になった自分とが。
前者は平凡だがこの上なく愛しい家庭を築いて天寿を全うし、後者はまだ日の目さえ見ていない生まれてもいない存在だ。
自意識としては今の方が強く、前世は性格や嗜好も含めてほとんど知識と言っていい。昔はやんちゃだったと老人が自身を懐かしむのにも似てどこか今の自分との距離がある。
しばらくして思考の整理ができてくると、どうしてこの場にいるのかも理解が追い付いてくる。
――人間に捕まったのだ。
そして魔法で眠らされた。
そう、この世界での彼は人間ではなかった。
眠らされてから目覚めるまで一体どのくらい時間が経過したのかは外へと出ない事にはわからない。
ただし目覚めてからは優に半年程は経っている。
備わった天性の超感覚なのか、闇の中にいても日の動きは何となく把握できて、律儀にも一日一日と彼は数えていたのだ。
半年の間、この暗闇の中で何度も何度も何度も何度も叫んだのに誰にも声は届かなかった。誰もここに来なかった。音になっていないのかもしれない。或いは体を取り囲む堅固な護りに阻まれて響かないのか。
護りは文字通り護りでもあり、また、障壁でもあった。
彼はいつかはそれを自力で突破して外の世界に出て行かなければならなかったが、強固な拘束魔法のせいで動けずにいた。
それをしたあの聖なる女が憎い。
幸か不幸か再び深い眠りには戻れないようで、となればどう足掻いてでもここから出なければこの知られずの場所で緩慢と朽ちていくのみだろう。
それは嫌だった。
寂しいのも。
先の見えない孤独は堪える。前世ではいつも家族が傍にいてくれた。一番多くは最愛の妻が。
来世と言うものがあるのなら、また一緒にいたいとどこまでも強く願ったものだ。たとえその形が同じではなくても。
だがやはり今の自分のように生まれ変われても、共に居たいとの願いが必ずしも叶うわけではないらしい。
ならば巣の中で、燦々とした陽光の下じんわりした暖かさに包まれて微睡みたい。大きく背伸びをしようと思える時まで。しかしそれも叶わないだろうと何となくわかる。
現在共にあるのは闇と束縛だけだ。
どうしてただ辛いだけと言うのに、こんな状況で前世の記憶など甦ってしまったのか。
どうせなら忘れたままの方が良かった。
或いは、もしももう一度一目だけでも妻に会えるのなら、こんな転生を満足と受け入れて露と消えてもいい。
――と、彼はそう思って唯一自らでできる短い微睡みに落ちた。
魔物は種族にかかわらず最も近くにいる強き魔物の下に集う習性がある。
彼の意識の目覚めはその縄張り主の帰還にも似て、密かに魔物を活発化させ、意図せずもワイバーンを王国王都へと向かわせたのだが、まだ王都の誰も、彼本人さえも、その事に気付いてはいなかった。
朝になってハッと目を覚ましたあたしは、わけもなく切なくなった胸を押さえた。寝る前はロマンス小説を読んでいたからセオ様とのキュンキュンする夢を見るかしら~なんて期待していたのに。
寂しいって強い気持ちが自分に染み込むようだった。誰かはわからないけど、もう寂しくないよって両手で抱き締めてあげたかった。……夢だったからできなかったけど。
今日も朝食を食べちゃえばもうあたしは元気溌剌妄想爆発~っとテンション高めな気分にはなったけど、胸の痛さだけはどうしてかずっと燻るように心の根底に残り続けた。
今日の王宮図書館では、勿論聖女能力アップについてと、昨日は思い付かなかったけど他に気になる事が浮かんで、護衛の皆と調べていた。
今は隣席のモカととある記述を見下ろしている。
「魔物の活動期とは異なるわよね。なら原因は別かあ」
「平均しての周期ですから、稀に平均に合わない時期に発生する可能性もありますよ」
「うーんイレギュラーねえ~。確かに捨て切れないけど、何か違う気がするわ」
「聖女様の勘ですか?」
「率直に言えばそうね。はは、当てにならない~」
するとモカがかぶりを振った。
「いいえ聖女様、聖女の直感というものは過去の例からしても侮れないものです。過去にはスタンピードを事前に予期した方もいらっしゃったようですよ」
「それは凄いわね。あたしには到底真似できないわ」
「聖女様はいつもご自分をどうしてそう過小評価なさるのです。引けを取りませんよ。よくご無理をなさるのはだからですか?」
開いた本の上でぎゅっと拳を握るモカは呆れるでもなく、むしろ悔しそうにする。向かいの閲覧席で会話を聞いていたメイとイザークも口を挟みこそしないけど似たような面持ちだ。
この日はリンドバーグにも手伝ってもらっていたから彼も近くの席にいて、彼の場合余計な口を挟まないようにとしながらも一応は聞き耳を立てているようだった。因みに、彼の前で猫被りはやめていた。
「そんなつもりはないわよ。聖女としてできる力を全部出したいってそれだけよ。頑張るって気持ちいいもの」
「……そこまで献身するのは、あなたが平民出身なのを気にしているからですか?」
「モカ!」
館内だからかイザークが声も小さく窘める。
この場で出すには適切じゃない内容だとわかっていても我慢できなかったんだろう、モカは唇を噛んだ。