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目指そう強強聖女

「私は一体何をやっているんだ……」


 廊下で一人立ち止まったセオドアは、片手で顔を隠すように覆って溜息と共に呟いた。因みにここはアリエルを住まわせる宮殿で国王の宮殿ではないが、面倒なので護衛は置いてきていた。警備兵達は残念そうだったが、むしろこんな姿を晒さないで済んで良かった。

 秘書のユージーンも言うまでもなく置いてきた。

 驚き過ぎたのか常の煩悩も出てこなかったらしいアリエルの先の顔を思い出し、彼は我知らず指先を握り込む。


 彼女が時々思考に上らせる、前世の夫。


 元恋人を表現する独特の言い回しなのか、本当に彼女は前世という概念を信じていてのその中の想像の男なのかはわからない。


 どちらであれ、気に食わなかった。


 顔を合わせる度にセオ様セオ様と好意を浴びせてくる癖に、他の男を親しんだように思い浮かべ引き合いに出す。


 セオドアが知らないその元夫とはどれ程重要なのか。


 物理的に追い込んで問い詰めるようにするなど、唾棄すべき過剰な反応だとは自覚し反省もしている。どうにか誤魔化せたとは思うが、目を覚まして良かった、ワイバーン討伐の件では感謝していると、丁寧に告げるつもりだったのが結局できなかった。


「本当にどうかしているな……」


 こうも心を乱されて、案外嫌ではないなどとは。






 モカ達からこの三日間の話を聞けば、あたしのいるここは妃の宮殿の一つで銀白宮殿って言う宮殿なんだとか。

 他にも妃用の宮殿は幾つもあるようだけどセオ様の代になってからはどこも日常的には使われていないんだって。ゲストハウスとして時々国内外の要人を泊める程度だって話。


 さっきのセオ様はあたしの様子を見に来てくれていたみたい。昨日も一昨日も日に何度かそうしてくれていたんだって。グッドタイミングであたしが目を覚ましちゃったってわけね。でも口付けなしで目覚めちゃうなんて、あたし達ってば白雪姫と王子よりも絆が強いんじゃないの?

 前世の記憶を思い出すより前に彼に一目惚れまでしたのがそのいい証拠でしょ。いやん照れる~!


「じゃああたしはこれからしばらくここで寝泊まりをする、と」

「そうです。これも聖女様の身の安全を考慮して下さったセオドア陛下の温情ですね!」


 もう脱走不可脱走不可ですよバンザーイ……ってイザークの輝く笑顔に書いてある。モカとメイも表情こそ控えめだけど同じ考えみたい。


 基本的に教会側のあたしの世話役兼護衛は神父のイザークと、シスターのモカとメイの計三人。多人数は要らないからとこの三人に絞ってもらったのよね。三人もあたしと王宮暮らしをしてくれるんだって。

 豪華宮殿暮らしはわくわくだけど、ただねえ、警備が超絶厳重な王宮じゃ銀白宮殿以外の敷地を勝手にうろつくと目立ってすぐに捕まるわ。格段に抜け出す難度が上がったわね。

 でも王宮警備兵はあたしの顔を知っているから、不審者扱いで牢行きになる心配はないわけで、たとえ見つかっても即身バレで連れ戻されるだけ……って完全詰んでるうぅっ。えーんこの先お忍び歩きができなくなるの~?


 見つかるまでひたすら捜し回るとか、あたしからその手の迷惑を被っていた三人はだからすっごく嬉しそうなんだわ。


 これなら教会に戻った方がよくない? 自由度高いし……うーん、いや、自由は減ってもセオ様がすぐ近くにいる環境は捨てがたい! でへへへへ警備兵を買収して彼に夜這いかけるのも夢じゃないっ!


「「「聖女様」」」

「うぇい?」


 悪いお顔になっていますよ、とモカ。

 さすがにあたしの煩悩は知らない三人は、あたしがなりふり構わず狂犬の如くの脱走計画を画策しているとでも思ってか懸念を浮かべている。


 三人ともあたしより年上で二十代、あたしが聖女としては少々変わり者だって知っている数少ない人間でもある。聖女指導の三角眼鏡の家庭教師達と違って厳しくないし聖女らしくありませんって怒らない。

 当初は優しい兄と姉ができた気分だったっけ。ま、モカとメイはともかく今じゃ泣きべそ茶飯事なイザークなんて兄には到底思えないけどね。弟よ弟。


 弟って言えば、家族は皆元気かしら。聖女になるにあたって縁を切ったも同然だけど本当は少しだけでも会いたい。


 ここであたしはハッとしてこの思考を打ち切った。


 きっとまだセオ様はそこそこ近くにいるわよね。ホームシックだなんてお子ちゃまって思われる。


 でもあたし、彼になら知られてまずい事はほとんどない。

 この世界があたしが前世で読んだ小説世界ベースなんだって思考も多分聞こえた事があると思う。

 馬鹿げて意味不明な妄想だと思っているのか未だにその話題には触れられた記憶はないけど、訊いてくれれば正直に答えるのになあ。


「ねえ、教会の皆はあたしがここに引っ越すのを反対しなかったの? 教皇のお爺ちゃんや枢機卿のおじ様達は何て?」


 この国じゃあ、時代時代でいたりいなかったりする聖女の教会での地位は階級トップの教皇よりも上。だから本来は教皇にも畏まらなくていいんだって。そうは言われてもおしとやかにしておいた方が何かと便利だから猫被りはやめてない。何だかんだで彼らも食えない人達だもの。ホッホッ。


「そこは聖女様がご心配なさらずとも、教皇猊下から見習い達に至るまで、王家の血筋の継承をより重要視していますから」


 そう微笑んだのはモカ。


「血筋? どういう意味?」

「きっとそのうちおわかりになりますよ」


 論点がよくわからず小首を傾げたあたしへと彼女は少し困った風にした。他の二人も同様だ。聖女様はピュアですよねなんて呟いていた。あっはっはおかしなのーあたしのどこがピュア? どぼどぼの煩悩まみれなのにね。知らないって怖い怖い。


 とにもかくにも推しとの一つ王宮の下生活が始まるってわけだ。


 独り身に沁みる夜にはあたしがぬくぬく抱き枕になってあげるから待っていて!


「聖女様、元々国王陛下より言い渡されていた休暇期間はまだ残っていますし、この機会にしっかり体を休めて下さいよ?」


 今度はメイから注意と労いをもらった。


「うーん、なら何して過ごそう」

「何を仰っているんですか、今までと同じですよ」

「えーっ、同じだなんて退屈過ぎて死んじゃうーっ」


 イザークの言葉に思わず顔をしかめちゃった。

 教会にいた間は治癒の他にも祈祷、淑女マナーやダンス練習、座学だと聖女の心得や聖女の歴史が記された聖女全集なんかを延々読まされていたから、もういい加減お堅い生活に厭き厭きしていたってのに。

 いつセオ様の気が変わって帰れって言われるかわからないんだし、できるだけ彼を見つめて過ごすか教会じゃ出来ない何かをして過ごしたい。


「あ、そう言えばちょっと三人に聞きたいんだけど、聖女能力の向上ってできないの? できるなら少しでも強くなりたいのよね」

「「「聖女様……!」」」


 やる気を示して拳を作ってみせれば、今度はイザークだけじゃなくメイとモカまで涙ぐんだ。この反応は予想外。

 モカがハンカチでそっと目頭を押さえ、メイが鼻を啜り、イザークがチーンと鼻をかんだ。因みにイザークが一番年上。


「聖女様の善なる向上心に深く感激致しました。能力向上はできるようですよ」

「モカほんと!? どうやるの?」


 すると三人は申し訳なさそうにした。各自互いの顔を見てから代表してイザークが口を開く。


「能力向上は可能と聞き及んでおりますが、何分何百年と古い記録ですので、私共も具体的な方法は存じ上げないのです。お役に立てず申し訳ありません」

「そうなの。なら調べられたりは? ああ、教会の書庫に行けばある? でもわざわざ戻るのもあれか」


 するとメイが何か閃いたように顔を上げた。


「ああっそういえば王宮には大きな図書館がありますよ! 教会よりも所蔵数は遥かに上ですし、向こうに戻るよりそこで調べましょう!」

「なるほど王宮図書館ね、すっかり存在を忘れてたわ。退屈凌ぎもそこで決まりじゃない。早速今から行ってみましょ!」

「「「まだ駄目です!」」」


 あたしの健康を心配した三人から綺麗に駄目出しをハモられた。

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