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目覚めれば推しがいる

 推しの顔があんなに近い位置にあるなんて、どう考えても疲れ過ぎたあたしの幻覚とか妄想とか白昼夢だったでしょ。

 蜃気楼? あたしの煮え滾る情熱が起こした可能性は大ね。


 それにしてもワイバーンはどうして王都中心くんだりにまで?


 あれまで夢なわけはないだろうけど中々にあり得ないケースよね。まあでも大丈夫か。大体二年後に始まる小説本編じゃ王都一帯はまだ平和で、闇落ち聖女の影響で魔物が跋扈していてもそれは王都から離れた地方、例えばこの前行ったカナール地方とかでの話だった。

 そこから徐々に王都の方へと侵食してくるって内容ね。それまではワイバーン出現なんて一文字も出てこない。

 仮にまた出たとしても今回のが教訓にもなったろうしセオ様は同じ轍は踏まないわ。

 あ、もしや小説じゃ語られていないこの出来事があったからこそ対魔物のあれこれが強化されて本編の始まりの王都は平穏だったのかも。


 それにしても強いって憧れる。


 だってねえ、ワイバーン一匹を苦しめる程度でへばる聖女ってぶっちゃけ聖女じゃなくない?


 あたしが前世で親しんできた創作物の聖女達はもっとこう強力な、それこそ一度に世界中の人を治癒できたり、ワイバーンくらいなら軽く片手で一捻りできたり、もっと凄いとラスボス級の魔物を消しちゃえるような破格な力を有して華やかだったわ。それと比べるとあたしの力ってちゃちいわ~。


 聖女能力の底上げってできないのかしらね?


 そこの設定は見た事なかったけど、見た事がないからって方法が無いとは限らない。


 小説やファンブックにこの世界の全てが書かれていたわけじゃないもの。


 この世界にはどこのパン屋が美味しいとか食堂が人気とか、実際にここで生きてみてしかわからない事実がてんこ盛り。だから可能性は皆無じゃない。


 その前に目を覚まさないといけないけどね。


 何だか無性にお腹が減ってるんだもの。沢山頑張ったからだとは思うけど寝すぎて餓死なんてしたら目も当てられない。さあ胃袋のために起きようあたし。

 ごっはっん~! ごっはっん~~!!


「セオ様はおっかっず~~!」

「……は?」


 ばちっと両目を見開いて変なテンションで望みを叫んだんだけど、そこはもう夢じゃなくて現実だった。ああ、夢というトンネルを抜けたら雪国じゃなく雪のように冷たい視線を注がれた。何故かあたしの視界に降臨した愛しのセオ様から。


「あ……ふふ、お早うございます。えーとその、安心して下さい、おかずじゃなくてごはんですよ、主食です!」


 なんて愛想笑いして誤魔化してみたけど明らかにもう遅い。誤魔化し方も問題しかないせいか、セオ様の目がね、うん。


 見事なレース編みや装飾やレリーフなんかを施された高そうなカーテンとか家具とかこの天蓋付きベッドも見覚えがないけど、たったの今まで自分がここで寝ていたのはわかる。


 ん、でも、どうしてあたしの推し様ってばベッド脇の椅子に腰かけているの?


 ま、まさか寝込みを襲いたくなったとか!?


「聖女アリエル」

「はははいすいません!」


 ふっ、またあたしの奔放な思考回路が熱くなり過ぎたぜ。肩を竦めると、何を言うつもりかは知らないけどセオ様からよく不良がやるように顔面を近付けられ凄まれた。


 メンチ切られても全然怖くないって言うかむしろ別のデンジャラスゾーン突入でしょこれ。間違ったふりしてこのままキスしてもいい?


 直後、素早く彼はあたしの手の届かない位置まで離れた。

 煩悩駄々漏れの一番の弊害は不意討ちが出来ない点よね。あたしはいそいそとベッドの上で起き上がる。


「そなたは煩悩を自粛する気ゼロだろう」


 呆れ目な彼は益々残念そうにこっちを見つめわざとらしい溜息をつく。


「スッキリと起きたようだからこの際手短に言っておく。魔物にダメージを与えられるからと言って、もう二度と単独でワイバーンを相手にするような無謀をやらかすなよ」

「え? ……え?」


 只今、あたしが見ているのは何をさせても良しの嫁にしたい男ナンバーワンなセオ様で、彼の口から紡がれたものは全部金言になるけども、これはまさかのあたしの心配? いつもどうあたしをあしらうかに重きを置くセオ様が?

 うーん、前も心配してくれたのって妄想したら否定されたから違うわよね。


「私だって時には人の心配くらいする」


 そうよね、鬼の目にだって涙はあるでしょ。


「……誰が鬼だって?」


 彼は声を低くした。はいごめんなさい。


「なら本当にあたしの心配を?」

「そうだ……って、どうしてまたベッドに潜るんだ」 

「え、これも夢かなーと」

「生憎と現実だよ」


 あ、不機嫌な声。なら本当に現実なのね。

 夢なら絶対セオ様は怖い顔をしない、エロい顔をする。


「おい」

「あの、ところでここはどこでしょう?」


 聖女が運ばれるなら病院か教会じゃないの? こんなめちゃ豪華な部屋はどちらにもないはず。教会は贅沢とか華美を嫌うし、VIP病室だってさすがにここまでじゃないと思う。


「王宮だ」

「王宮!?」


 あたしの脳内にぶわわーっと花が咲き乱れた。

 目が覚めてすぐにセオ様がいるなんて、この大きなベッドは絶対に彼のベッドでしょ。で、とうとうあたし達はお早うお休みのキッスを交わす仲になって……って、あれ、結婚式が記憶にないわ。甘い初夜も全く味わってないけど?

 はっ、まさかあたし二重人格!? だから覚えてないの? 別人格のあたしがセオ様との全てのめくるめーくあれこれを経験済みなの?

 酷いっ、そんなのズルいーっ! 話したら前世の夫でさえ幼稚にも嫉妬したあたしの「妄想セオ様との甘い夜」を実体験したかったあああーーーーっ!


 ――急に視界がまた天井にと言うか天蓋に戻った。


 へ? はれ? なに?


「誰の話だそれは」

「はい?」

「夫? 度々出てくるが、そなたは故郷で結婚していたのか?」

「え、してない、です」


 遅ればせ、ベッドに押し倒されていたんだって理解した。

 セオ様に。

 あたしの顔の横に手を突く彼はいつものように眉間を寄せて見つめ下ろしてくる。

 あたしはびっくりして頭が真っ白になって目を丸くした。


「しかし、夫と聞こえたが?」

「えーと、前世の、です」

「前世、ね。そなたの驚異の想像力には舌を巻く」

「あ、あー、どうもー」


 さっきは雪のような眼差しだったのが液体窒素くらいまで冷えてる。うう、ちべたい……。


「目が覚めたなら幸いだ。胃の負担にならないものを用意させるからそれまでは横になっているんだな。そなたは三日も寝ていたんだ」

「三日も……」

「それと、そなたには当分王宮で暮らしてもらいたい。まあ嫌なら教会に戻ってもらって構わ――」

「――暮らしますっ! 永久にっ!」

「そ、そうか……」


 食い気味にしたあたしは無意識に腹筋運動をしちゃってぐんとセオ様との顔の距離が近付いた。


 まさに鼻先が触れる寸前ではたと我に返ってあたし自らぽすりと枕に戻ったけど、事故チュー危なかった~。


 セオ様なんて珍しく目を丸くして固まってるし。


 これ以上怒らせたり嫌われたくないから未遂で良かったわ。

 セオ様もすぐにベッドから離れたけど背中を向けられる始末。耳が微かに赤いのはやっぱり無礼な娘だと憤慨したからよね。はあもーあたしってば結局不愉快にさせてるししょーもなっ!

 ベッドに押し倒されたのだってまだ起きるなって寝かせたかっただけだろうしね。勘違い恥ずかし~っ。

 一人悶えていると、セオ様が小さな溜息の後に口を開いた。


「改めて無事で何よりだった。今回のそなたの活躍には心から感謝する。おかげで誰も死なずに済んだ」

「誰も……そうですか」


 ならあの美人ママも他の兵士も民衆も、誰も大事なかったんだ。ふふふっ良かったあ~。


「そなたは本当に……」

「はい?」

「いや、食事を届けさせるから暫し待っていてくれ」

「あ、はい。それは勿論。お気遣いありがとうございます」


 セオ様は肩越しに一瞥したけど、もう正面からはこっちを見ずに長い脚でさっさと急ぐようにして扉口へと向かう。廊下で待機させていたらしいあたしの護衛達と入れ替わるように出ていった。

 声はそんなに怒ってなさそうだったけど、顔を見たら怒り再燃しそうだからこそそっぽを向かれていたんだわ。

 うん、きっとそうよ、きっと……思いのほか眼差しが優しかったなんてのは錯覚よね。

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