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最高の異世界転生

 あたしの人生の推しは恋愛ファンタジー小説の当て馬キャラ――セオドア・ヘンドリックス様だった。


 初めは単に彼のキャラデザインが好みドンピシャだったから。でも何度も何度も彼の出るシーンを読み返しているうちに、たとえそれが作者の創った設定だったとしても彼の生き様に憧れた。


 決して触れられない空想世界の住人に恋をしたの。


 だから、彼を思う存分堪能できる奇跡のような時がもしも訪れたなら、その時間を絶対に無駄にしないとそう誓って白髪としわくちゃ顔になるまで過ごした。

 そこそこ長かった人生上じゃ、セオ様以外にもそりゃあ数多のイケメンキャラ達が生み出されていて、彼らにも注目はしていたけど、あたしの中ではついぞセオ様に並ぶ者は現れなかった。


 生涯一番はセオ様!


 勿論現実世界の夫とは全く別の次元でセオ様ラブなまま、あたしはあたしの大往生な人生を終えた……んだけど、――奇跡が起きた。


 何と、推しと同じ世界に転生した。


 胡蝶の夢どころじゃない。まあ夢でも構わないけど。

 ただねえ、あたしの転生先人物はモブじゃなくセオ様と同じく小説の登場人物だった。


 それも多少問題のある女の子。前世と同性だったのはまあ良かったけど、闇落ち聖女なんて明記されているキャラだった。


 そう、聖女。


 普通ならメインキャラでもおかしくない肩書きよ。そうでなくても主人公のライバルとか目立つサブキャラだったりするものよね聖女って。


 だけど、顔すら出てこないし行方不明のまま登場が終わるのよ。

 うーーーーん、どう生きたもんか悩むわよね。


 ま、何であれ、あたしにとっては現実で、その現実に彼が存在しているのも真実だった。


 だから、奇跡を知ってからは内心ちょ~う舞い上がって物陰から、茂みの中から彼を視線で愛でた。

 累計精神年齢百歳くらいのあたしからすると、可愛いわね若い子って!……と思うわけよ。

 ただね、セオ様は物凄く気配に敏感なお方なのか勘が良いのか、あたしがゲヘゲヘ鼻の下を伸ばしながら隠れて見ていると突然ビクッとしてキョロキョロし始めて最終的にはこっちを的確に振り向くから、うっかりバッチリ目が合っちゃうのよねー。木の上に潜んでいても見つかる。不思議だわー。

 いつもどこか引いた目をしていたっけ。

 

 こっちから見えるって事は向こうからも見えてるって事なのはわかるけど、それにしたって彼の察知能力は異常だった。

 だけど、生の推しを愛でられる日が来るなんて、ああ無上。

 時間の許す限りはこの推し活ならぬ推し()でライフをエンジョイしようとそう思っていた。






「――ル」


 ああっその顔すっごく好き!

 国王陛下ってだけでも世のレディ達の憧れと垂涎ものの肩書きなのに、こんな未来永劫眺めていられるハンサム顔って素敵過ぎよ。


「――エル」


 ヤバい表情筋弛む。デヘヘヘ。ああ駄目駄目表情キリッ、キリリッ! だだだだけどこんなのもう耐えられなーいっ!


「――聖女アリエル!」


 やや強い語気の麗しい男声にあたしはハッと我に返った。


 国内最高級の豪華な調度で囲まれた王宮のとある一室、国王の執務室で、あたしの向かいの革張りソファーに堂々たる威容で深く腰掛ける若い男性はこの上なく真剣な顔付きでこっちを見つめている。


 その男性とはお察しの通り栄光の国王陛下かつあたしの永遠の推したるセオドア・ヘンドリックス様その人だ。


 そうっ、本人なの! きいやーあヤバいッ、セオ様ってば相変わらず良い声ね。毎日毎晩寝てる間も余裕で聞けるし聞いてたい! ピロートーク熱烈希望だわーーーーッ!


「聖女アリエル!」

「あ! ……ええとおほほほ申し訳ありません。少し疲れているのかボーッとしておりました。何でしょう、陛下?」

「へえ、ボーッと……ね」


 あたしは内心の過激な煩悩を悟られないように究極の猫被り、ううん淑やか聖女演技全開で顔面に微笑みを張り付ける。さりげなさを装ってティーカップを手に取ると、あ、つい癖で小指立っちゃった、戻し戻し……。

 うっかり微笑みが崩れる前に一口飲んで、二口飲んで、三口飲んで、落ち着くための時間を稼いだ。まあ最終的にはいつも残り一滴まで文字通りの時間稼ぎに飲み干していくんだけど。コンマ一秒でも推しと同じ部屋の空気を吸いたいもの! ス~ハ~ハ~、この調子でセオ様の匂いも嗅ぎたいな~あ。


 二十一歳とまだ若い超絶ハンサム陛下は何かを言いかけたものの何故か固まった。


 あたしを見つめる彼の高貴な紫色の瞳が堪らないっ。きっと紫水晶(アメジスト)がより進化して至高の超スーパー宝石になったらこうなる! ふへへっへ~あたしだけの宝石箱に隠しちゃいた~……それだとあたしってば目玉を集めるサイコ野郎になっちゃうから、いつでも全身でベッドにスタンバっててもらっててその瞳に乾杯して、締めにはめくるめくセオ様温毛布でぬくぬくしたーい! 徹底的にあたしをそのセクシーな体で包み込んでっっ!


「くっ……そなたは人の話を聞こうと言う気があるのか、聖女アリエル・ベル!」

「あ、すみませんわたくしまた天の声が唐突に聞こえてきて意識が飛んでしまいましたわ」


 あーいけないいけない、うっかりだらしなく涎垂らすとこだったー。

 これまた誰もが誉めそやす聖女の神々しさに満ちた笑みを浮かべると、体調でも悪いのかすっかり青い顔をしているくせに気丈にも表情だけは凛々しい麗しの国王陛下は、しっとりしたカラスの濡れ羽を思わせる黒い前髪の下の眉間を押さえて小さく揉むと、一度疲れたように盛大な溜息を吐き出した。


 アンニュイ姿でさえも素敵。その吐き出した息を余す所なく吸わせて下さい。きっと生まれながらにミントとかローズフレーバーでしょ? シトラスかもしれないけど、――ウェルカム!


「うぐっ……じ、実は前々から言おう言おうとは思っていたんだ、そなたの私への煩悩というか欲望そのままの思考についてを」


 そう言いながら彼は何故か急に手で口元を隠すようにした。まるで吐息がなるべく漏れないようにしているみたいに。


「はい? ええと、わたくしの…………煩悩?」


 あっはっはっセオドア陛下ったら清らかなる聖女のこのあたしに向かって煩悩だの欲望だのなんて、突然何を言い出すのかしらね? 内心笑い飛ばすあたしは清楚な聖女の笑みを崩さない。

 もしやこのキュートなあたしにムラムラと?

 ふふふカモンベイビー、今すぐキスしていいかい?


「――いいわけあるか」


 え?


「合意を伴わないキスなど、悪漢の真似事をするつもりか?」


 今、キスって言った?


「も、もしかしてわたくし、何か変な事を無意識に口にしておりましたか?」

「直接の声には出してはいない……が、聞こえた。――そなたの思考が」

「…………え?」


 何を馬鹿な事を言っているのか。笑みを消し困惑に眉を歪めて首を傾げれば、彼は理解の悪いあたしに苛立ったようにした。あと自らの発言に少し耐えるようにも。

 だってねえ、フツー相手の心の声が聞こえるなんて頭大丈夫?って感じでしょ。まあでもお、あたしはそんな痛い男だろうとこの人ならあたし自身に熨斗(のし)付けて不束者ですが~ってするけど。


「それだよそれ」

「はい? ええと何がそれなのですか?」

「心の声だ。そなたの思考が結構前……大体半年前くらいからこっち、駄々漏れなんだよ」


 ……え?


 セオ様は凝り固まらないようにか眉間を揉んだ。


「駄々……漏れ……?」

「ああ」


 え、なに、つまり、私の痛過ぎるセオ様脳内プレイが全部全開思い切りご開帳?

 毎日セオ様の服を剥きたいとか、あたしに押し倒されて羞恥に染まる涙目で見上げてほしいとか、その端麗な顔ペロペロしたいとか思ってるのを全部?

 あっはははーまっさかーあ!


「なっ、そんな事まで考えて!?」


 叫ばれて目を向けたら、セオ様はつるんとした頬を押さえて警戒心を強くしたようだった。


「……え?」

「何が、え? なんだ。聞こえていると言っただろうに」


 あたしはパチパチパチと瞬きした。


 ………………え?

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