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夢想華  作者: 火素矢
1/2

 数年ぶりに村に戻ったとき、幼馴染みのサクラは嫁ごうとしていた。

 

 特に思う所は無い……フリをしていた。

 正直に言えば婚約者同然だった女の結婚には、思う所は無くもない――それが勘違いであったとしてもだ。


 ましてや貴族の第二妃である。

 だが俺の想いなぞ誰も酌んでくれなかった。唯一心情を解していたらしい兄すら「何を今さら」と言われた程度である。


 


 








 冒険者として身を立てたいと、俺が村を飛び出したのは十二の頃だ。


 剣も弓も魔術も駆け出しとしてなら申し分が無かった俺は、都会で頭角を現すのも早かった。


 幾度か仲間と生き別れ死に別れをするうちに、固定の仲間が出来始めたのは十五の頃か。


 生まれた時からの付き合いの少女を、都会に呼び寄せる事を考え始めたのもその頃だ。


 組合の中でも有数の有望若手冒険者集団の一員として活動していたから、嫁を養うくらいの金銭(かね)は充分だった。


 だが、有り体に言えば俺はまだ不安だったのだ。


 体を壊したときに、コネもなにもない俺が、いざと言う時に小商いでも始めるには、貯蓄も充分ではないだろうと。


 十五の若造で、冒険者が軌道にのり始めた事もある。

 煌びやかな都会は、誘惑も多い事もあった。悪所に誘う悪友も多いのだ。

 俺はまだ自由でいたいと思ったのも、嘘ではない。


 ……いや、正直に言えば何も考えてはいなかった。あれも欲しいこれも欲しいだけで。口に出してしまえば行動に移さねばならないので、黙っていただけだ。


 最初は村に半年に一度は帰郷していたが、九ヶ月になり一年になり、と次第に間隔が開いていった。


 家族は特に何も言わなかったが、母にサクラの事を尋ねると軽く怒られた事もある。


「……お前は……付き合ってもいない女の子の事を探るのは止めろ――そもそも告白すらしていないだろう。子供の時分の親父同士の戯れ言なぞ、真に受けるな」


 そう激しく言ったのは、年の離れた兄貴である。

 兄貴は村の青年団の纏め役であり、次期村長候補と言われてもいたから、何時もガキ扱いされていた。


 当代村長の娘婿でもあるから、既定路線なのかもしれない。

 だが、俺たちの想いにまで立ち入って欲しくはなかった。



「……ならばしっかりと口説け。あの娘が嫁いでないのは、親父さんの世話のためであって、お前を待っている訳ではないぞ?」



 その通りだ。晩婚な上に年下の嫁が早世した事により男手一つで育てていたサクラの父は、かなりの高齢である……孫と間違える程に。

 その為に、病床になった父の世話もあるのだ。だから下手に煩わせたくない。


 18の歳まで男っ気はなかった。それに安心したのか、俺は彼女と約束する事はおろか、口説く事すらしていなかった。

 酒を覚え悪所で散財する事も珍しくも無くなった。最初はあった躊躇いも消えた。

 だが落ち着くのは彼女と思い定めていた。

 

 幼馴染みのサクラは鄙にも稀な美女という奴だった。

 だが微妙に同世代の子共が二人しかいないので、俺たちは割合よく会っていた。


 俺たちの父親は腕の良い猟師であり、自警団で纏め役もしていた。村の顔役の一人でもある。


 薬草の採取や、動物の肝なぞを融通する関係で父と薬師なサクラの父は仲が良かった。


 酔っ払ってそうした話が、何度か出た事は承知している。

 田舎の村の事だ、親の意向は重要なそれなのだ。


 だから具体的に話を進める事は可能だったが、躊躇いはあったのだ。




「……え……」


 20の歳を数えたとき、母から衝撃的な話を聞かされた。

 サクラの輿入れが決まった、と。


 帰らなかった二年の間に父親はもう薬師として活動できない程に弱っていて、後任の薬師も随分前から村に入って活動していた。


 その助手として働きながら、サクラは父親の面倒を見ていた。数年前に帰った時も、男っ気はなかった。


 だが後任の薬師に匹敵する技術と魔術のサクラは、村に訪れた貴族の第二妃にと見初められたのだ。



 心が荒れた……だが。


 母親はホッとしたような、なんだか曰く言い難い表情をしたが、何も言わなかった。



 第二妃ならばいっそ俺が……そう思わなかったと言えば嘘になる。


 いや事実、半ばまで実行しそうになっていた。

 兄がさりげなく俺を止めなければ、実行していたろう。


 それでも諦めきれずに一言、と夜半、月明かりのみが照らす田舎の暗い道を、酔った勢いで彼女の家に押しかけようとして半ばまで歩いていたら、道を塞ぐように静かに兄が佇んでいた。





「……殺気だって何処に行く? 彼女の輿入れはもう決まった事だ。お前が下手な横槍を入れたら、少なくともこの国に留まる事は出来ないが……その覚悟はあるのか?」 


 貴族の第二妃を、婚礼前に襲う。

 それなりな冒険者程度では、どうにもならない。


 さらには。


「……残された俺たちの事も考えられんか。ならばここでお前を斬って捨てる。冒険者として名を上げている……とはいうが」


 外での経験の分だけ俺の方が強い――そう思っていたのに、隙の無い兄の構えに、身動きもとれない。



「……大方自分よりも弱い相手をいたぶって悦に入っていたのだろう。確かにお前は体を動かすのが得意だったが……何事も力ずくで、恵まれた体躯任せで地道な鍛錬をサボっていた。そんな半端者が一廉の者な(ツラ)が出来る程に、冒険者とは甘い世界でもあるまい……落ち葉拾いな雑用ならばそれで充分だろうが、な。……そんな修行からも現状からも逃げ出した貴様如きに、いらぬ迷惑を掛けられるのも、余所様に迷惑を掛けるのも見過ごせぬ」


 俺よりも強い……いいや、俺の数段は上の強さの兄に、俺は怯えて身動きも出来なかった。

 息をすることも忘れて、ただただ立ち竦んでいた。



「……俺は何年か前に言ったはずだ。まあお前は都合良く聞いていたようだが、実際には正面から口説いてもだ。幼馴染みかも怪しいお前なぞサクラ嬢が相手にするはずもない。そもそもお前と彼女の接点なぞ、「幼馴染み」と言うほどでもなく、「顔見知り」以上でも以下でもない。親父たちが仲良かったから、子供の頃なら比較的会話した事もある、な」


 酒の上での戯れでならば、「子供同士を云々」なぞ出てもおかしくはない、と兄は言う。



「だが事実上この村からおん出たお前に、その話は燻る事もなく消えた。会話する事もなく遠くから眺めるだけでは、話が進むはずもあるまい」


 違う、俺は早く一人前になって……。



「ふん。どうせ自分にだけお優しいお前は、「彼女のために……」なんて的外れなことを考えているのだろう。親同士の約束と言っても、記憶に残っているかも分からぬ宴席での親同士の戯れ言。ならば自分で口説き落とすしか得る事は叶わぬのに、本人に話し掛けもせぬお前が、どうして許婚(いいなずけ)なぞと言えよう。伯爵様の奥方様の病を癒やしたサクラ嬢は、むしろ奥方様にこそ愛されているというのに……貴様、国から追われ、村を窮地に追いやる……その上に肝心のサクラ嬢に、愛するものと婚礼を前に身を汚し二度と会えぬ境遇に堕としたと蛇蝎の如く嫌われるが……それでもよしと自分の物にして攫う気か? この(たわ)けめ」


 兄は俺を心底蔑んだ目で見ていた。



「……いやだって、俺は……おれは」


 サクラと、そう言えば何年も話していない事に気が付く。

 いや可愛い女の子だと、遠くから眺めていた以外の記憶が無くて、幼少期から頻繁に会ってはいても普段の挨拶以外の会話をしていない事に今さら気が付いて愕然とした。


 何を好み何を欲し何を嫌って何がしたくないのか……外見しか知らぬし、外見すら遠くから悦に入って眺めていただけだ――何れ自分の物になる娘と。


「……一体誰を好きになって、どんな未来を思い描いていたのだ――幾ら田舎だとて、村をおん出たお前にまで嫁なぞ用意せぬ。功なり上げてもいない、時たま顔を見せに来るだけの男が自分から動かずに縁談なぞ進む訳もあるまい」


 兄は華奢にすら見える体躯だが、侮ることなど出来ないくらいの威圧感で俺に迫る。

 そうしてグイッと近づき、無造作とも言える動作で拳を振り上げた。


 躱すことも、堪えることも出来なかった。気が付けば目の前にいたのだから。



「……ただの喧嘩自慢が一端の冒険者面か。お前は当分は村に帰るな」


 ふり降りろされる拳を怯えながら、そう言った兄の無表情な顔が俺が憶えている最後の記憶である。


 気が付けば馬車の中で俺は縛られ監視されていた。村が遠くなって直ぐに拘束は解かれたが、監視が緩むこともなかった。偶々村に来ていた見知らぬ冒険者たちの馬車に乗せられて村を出ていた。


 兄の依頼であり、二年は村に足を踏み入れない事を言付けられていた。

 もし違えるになら、今度は生命(いのち)の保証はしない、とも伝えられた。


 あの兄の剣幕を思えば言葉を違える事はない、確実に殺されると思った。



 そうして怯えながら拠点とした街に帰った。



 俺は都会の喧噪に戻り、ユックリと腐っていった。




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