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とある暗殺者の日常  作者: 黒ノ時計
1/1

これが、『ナンバー0』の仕事だ。

「貴様! 何者だ!」


 深夜零時を回った頃だろうか。


 真っ暗なオフィス内におっさんの怒号が響く。


 彼の目に、俺の姿はどう映っているのだろうか。


 あるいは、ほとんど見えていないのかもしれない。


 ブレーカーはさっき、俺が落とした。


 彼は自分のスマホをライト代わりに当たりを照らしているが、残念ながらそっちに俺の姿はない。


 デスクが所狭しと並び、無人のデスクに置かれた複数台のパソコンは音も立てず、ただそこに無機質に陳列されているだけのオブジェだ。


 そんな細やかな障害物ですらも、俺にとっては良い隠れ蓑になる。


「秋山将司、五十二歳」


「な、何だ!?」


「英知呉屋の現総帥。最初は和歌山県の小さな村を拠点に始まった駄菓子屋がきっかけで、奇抜な発想と子どもから大人まで幅広い年代に受けるお菓子を次々に開発し有名になり、やがてはここ東京の一角を占拠する地上三十階建てのセントラルビルを居城とする一城の主となった」


「そ、そうだ! 俺は血と汗が滲むような努力を重ねることによって、ここまで来たんだ! それがどうした!?」


 彼はなおもスマホのライトをそこら中に照らして俺の姿を探すが、全く見つけることができないでいる。


 声は聞こえるが、姿は見えない。


 彼の恐怖心を駆り立てるには十分のようだ、声が震えているぞ。


 しかし、こんなのはまだ序章に過ぎない。本当の恐怖はここからだ。


「お前は確かに、最初は素晴らしい功績とお菓子を数々残したお菓子の父だったかもしれないし、今もそう呼ばれている。だが、今は呼ばれているだけで、本当はお前が開発したわけじゃないだろう?」


「な、何が言いたい?」


「お前は自分の打ち立てた功績の数々に胡坐をかき、お菓子のアイディアを同じく同期の社員でもあり現幹部の若崎健四郎に仕事を押し付けているだろう? 調べれば出て来たぞ、昼間は社長椅子で秘書と戯れ、夜は会社の金を横領しての女遊び。だが、世間はお菓子の父はお前だと思っているせいで、今も自分は努力せずに丸儲け。挙句の果てに、今までバレそうになった横領などの詐欺事件の罪を部下に擦り付けて知らん顔。とんだ極悪人だな」


「そ、それは……。そんなことは……」


 明らかな動揺、これはほぼ確定か?


「まだまだあるぞ。お前は休日になると、妻に隠れて別に女を作っているな? しかも、その女にも自分の勤める会社の金を盗んで来いと脅迫までしている」


「なっ!? 何故、それを……」


「お見通しなんだよ、お前の悪事はな。このまま野放しにしておいたら、お前は社会をグズグズに腐らせる猛毒になる。そうなる前に、腫瘍は切除しないとな」


「く、クソ……! 姿を表せ! この俺が貴様のことをぶち殺してやる!」


「物騒だね、ぶち殺すなんて。でも、自分の腹心であるはずの社員を社会的に抹殺してきたお前のことだ、今更良心が痛むこともあるまい」


 高らかに、相手の神経を逆なでするみたいに読み上げてやった罪状の数々を聞いて、奴の頭はもうカンカン。


 そろそろ頃合いだろう、ここまでは完全な俺の趣味だ。


「さて、そんなクズ野郎にはとっとと人生ゲームから退場して貰わないと困るんだ。お前のせいで、会社ごと人生を永久退職した奴もいる。そいつらのことを想えば、お前の命一つじゃ物足りないくらいだ」


「ま、待て! 命だと!? お前は、まさか……。影の噂で聞いた『月陰』のエージェントか! なら、話し合いの余地はあるはずだ、金なら出す。幾らでも! だから見逃してくれ!」


「なるほど、取引きってわけか。けど、駄目だ。金じゃあ賄いきれないだろう、お前の罪は」


「ま、待ってくれ……。頼む、俺はこれからもっと成功するんだ! 巨万の富を得て、もっと、もっと人生を謳歌するのだ!」


 はあ、クズは皆そう言うさ。


 口を開けば金だ、富だ、名声だ。


 きっと考えた事もないんだろうな。


 欲しかったそれらを手に出来ない奴の気持ちのことなど。


 だから、自分の部下も出世の駒くらいにしか思ってない。


 平気で見捨てて、ぐっちゃぐちゃに踏みつけて終わり。


 心底、腹立たしい。


 これ以上、怒っても無駄だ。


 いつも通り、クールに行こう。


 心は煮えたぎるように熱いが、思考はどこまでも冷静に。


 ただ、言われた任務を実行するだけの冷徹な殺人マシーンとなる。


 俺は拳銃を黒いスーツの胸、ホルスターから抜き、弾を一発だけ装填した。


「最後に言い残すことは?」


「ま、待ってくれ……。お、俺は……」


「Die」


 立ち上がって、ただ冷静に引き金を引いた。


 彼の正面から放った弾丸は闇を切り裂きながら突き進み、彼が正面を向いたところで眉間にクリーンヒット。


 ぐちゃりと肉を貫いた音がして、スマホのライトから出たLEDの眩しい光が確かに咲き誇った赤い血の花火を一瞬だけ照らし出した。


 一応、死んだことを目視で確認する。


 死体に近づけば証拠が残る可能性があるのでNGだ。


 それに、眉間に確実にヒットしているから生きていることはまずないだろう。


 最初の頃は幾度となく頭を過った硝煙の匂いへの鬱陶しさも今は感じなくなった。


 いつも通り、下スーツのポケットから手の平に収まる程度の小型無線機を取り出し報告する。


 スマホだと探知される恐れがあるので、特殊な短波を用いた無線が仕事道具だ。


「こちら、ナンバー0。任務完了」


『ご苦労。すぐにその場を離れろ、報告は後で聞く』


「了解。これより帰投する」


 俺は自分のスーツをばさりと翻すと、警備員の姿になって会社を後にした。


 ブレーカーは俺が出た三分後に起動するようにセットしておいた、監視カメラには何も映らないし、調べたところで何も出てきはしない。


 俺はすぐに裏路地へと入り、今度は大学生っぽい服装になって街を適当に歩き、自分の家へと帰って来た。


 自宅の玄関で靴を脱ぎながら、ふと思い出したことがあった。


 ああ、そうだ。明日は小テストあるんだった、勉強してない。


 けど、恐らく大丈夫だろう。


 暗殺者として教育を受けた時に最低限の教育は施されている。


 仕事上、目立つわけにもいかないので満点を取ることはないだろうけど、普通に七割くらいは堅くマークできるはずだ。


 俺が住んでるのはごく平凡な一軒家。


 二階に自分の部屋がって、一階にリビング、風呂、キッチン、トイレがあるくらいの。


 高校生にしてはいい部屋住んでると思ってるだろう? 


 表向きは海外出張でいない両親の留守番ってことになってるけど、実際は親なんていないし、この家は自分の稼ぎで得た所有物だ。


 ただ、高校生がそんなもの持っていたらおかしいから、俺の雇用主がそこら辺のことを上手く誤魔化してくれている。


 二階は奥の部屋が物置になっていて、手前側が自分の部屋。


 入ったら、あるのは服を入れるためのクローゼット、一人用のベッド、勉強机、それから本棚が一つ。


 一見、何の変哲の無い部屋になっているが、これにはちょっとした仕掛けがあるのだ。


 真ん中にドンと本棚がある左側の壁。


 五段ある本棚の下から三番目、左から二番目の本を引き抜き、上から二段目の右から二番目に嵌める。


 すると、本棚が少しだけ左にずれてくれる。


 現れたのはタッチ式の暗証番号パネル。普通に本棚を動かしてもこのパネルは現れないが、本棚自体の位置と本棚に収納された本の位置がキーになっているんだ。


 暗証番号は数字とシャープを含めた七桁。


 俺がそれを入力してエンターを押すと、壁が左にズレて人が一人入る程度の小さな隙間が現れる。


 実は、この部屋と向こうの物置部屋の間には調べないと分からないくらいの狭い隙間があり、そこに仕掛けを作ってある。


 後はこれに乗ると……。


 勝手に扉が閉じて俺は地下へと送られる。


 降りた先は、灰色の小さな小部屋だ。人が三人並べるくらいの幅しかなく、部屋は奥へと一本道で続いている。


 壁には武器や弾薬が、右の戸棚には暗殺者として必要な道具が幾つも入っていて、真っすぐ進めば奥には机の上に一台のパソコンがポツリ。


 そこに置かれているパイプ椅子に腰を下ろし、パソコンを起動。パスコードを入れて中に入り、月陰のシンボルマークである三日月模様のアイコンをクリックすると、更にパスコード。


 これを入力すると、本部に特殊な電波が送られ間もなく連絡が来る。


 なお、機密保持のためにこちらからは一切連絡出来ないようになってるけど。


 すると、向こうからコール画面が送られて来たので、それをクリックすると……。


『こちらナンバー20。ご苦労だった、ナンバー0』


 出てきたのは『ONLY VOICE』と書かれた黒い画面。


 声は機械音声になっており、ナンバー20……俺の師匠の本当の声はこちらからは聴くことは出来ない。


「イェス、マム! 任務は無事、遂行されました」


『今回の案件はそこそこ難度が高かったが、あの高いセキュリティホールを突破するとは、流石はうちで今最も期待されているエージェントだ。今後も期待している』


「はっ!」


 師匠にそう言ってもらえるだけで、俺の胸は高鳴るばかりだ。


 次も期待に応えたい、そう考えている。


『早速だが、次の任務を明日の新聞に載せる。任務を把握した後、指定の時間になったら、指定の場所へと向かわれたし。報告書は明日中にまとめて提出するように。以上だ』


『あ! ナンバー20、ナンバー0と会話してる! ねえ、ナンバー0! 今度、デートしようよ! 明日は暇? 暇じゃなくてもいいや、私が直接行くから!』


『こら、ナンバー8! 勝手なことを……』


 相変わらず、ナンバー8は俺が関わるとどうにも歯止めが利かなくなるらしい。


 向こうで連絡用のモニター席を取り合っている姿が容易に想像できる。


『と、とにかく! 明日も任務がある! ぬかるなよ!』


「イェス! マム!」


『ああ、凛々しいお声! 早く会いたいです! 会えたらデートして、そのままラブホにin、そしてあなたの×××を××して×××……』


 ぶちっ。


 恐らく、師匠が回線を引っこ抜いたのだろう。


 あのままだと何を言い出すか分からなかったし。


 っていうか、こんなんでいいのか機密情報機関!


「はあ……。疲れた」


 ナンバー8のやり取りを聞いたら何故かはっきりと疲れを自覚したので、今日はもう風呂に入って寝ることにした。


 これが俺、高校二年生影内物人の裏の仕事である。

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