美味い話にご用心
プロローグ
「あっ!いたいた~、テスちゅわ~んっ♪」
金色のくるくる巻き毛と無駄に大きい胸を揺らしながら、ツェリが走って来る。
「何の用?」
素っ気なく返す。
「やだ~。テスちゅわんがつめたぁぁい~!」
両手で泣き真似をするぶりっ子ポーズにイラっと来る。
「そういうのいいから!用件だけ、さっさと済ませてくれる?」
ややキレ気味に返すとツェリが真顔になった。大きな胸の前で両手を合わせて言ってきた。
「じゃ。改めまして。テス様、今度のお仕事、私と一緒に組んで下さいませんか?」
「はぁ~?」
ちょっとちょっと、何言ってんの。あんたみたいなアホな女神なんかと、この!成績優勝、眉目秀麗、才色兼備で渉外部トップの黒髪姫と呼ばれる私が組む訳ないでしょ~ぉ!と思う事、0.01秒。優雅に口角を上げて、優しく諭す。
「ツェリ様ったら、嫌ですわ。冗談もほどほどになさって。私と貴方とでは、行う業務が違います。管轄外ですわ。残念ですが、他の方をあたって下さいまし。」
にっこり微笑んで御辞儀までしてやった。さぁ、さっさと帰れ。
「あっ!それでしたら安心して下さいまし!そんな事もあろうかと全能神様から、お手紙をいただいて参りましたの!」
ぴろん、と目の前に差し出されたそれには
『テス・桜木殿
いつ見てもお主の黒髪は美しいの~。惚れ惚れするわぃ。ところで、昨今、異世界転生が流行っておると聞いての~。儂もやってみたくなったんじゃが、儂の思い付きに付き合ってくれる者がツェリしかいなかったんじゃ~。申し訳ないが、世界を二つ用意したから、二人でちょっと実験してみてくれんかの~。儂は見るだけじゃが、楽しみにしとるでの~。あ、これをやってる間はいつもの業務はやらんでいいぞ~。儂の権限で通達を出しといた。あとは、ヨ・ロ・シ・ク♡ いつでもデートは大歓迎!な貴方の全能神より』とあった。
一気読みして、ビリビリに破いてやった。あンの全能神、●ねっ!いっつもいっつもくっだらね~事、思い付きやがって!尻拭いしてやってんのは、渉外部のうちなんだぞ~!あのアホに、あのクレームの山を見せてやりたいっ!どこのどいつだ、あのアホに異世界転生なんて言葉を吹き込んだ奴は~!と思って、ツェリを見たら『初めての異世界転生!これで私が救世主で女神だもんね♪』なる本を持っていた。……お前か!血管が五本位、切れた気がする…。
しかし、この天界で働く以上、全能神は絶対だ。アイツ…いつか暗殺者を雇って●す、と思いながら、ひきつった笑顔を返す。
「そうでしたの…。全能神様からのお手紙があるのなら、ご一緒しなければなりませんね。」
「さっすが、テス様~!頼りになりますぅ~♪そうしましたら、お茶でも飲みながら、異世界転生についてお話致しましょぉ~♪」
うっきうっきのツェリについていく私の重い足。あぁ、誰か、嘘だと言って!こんなアッパラパ~なアホ女神なんかと私は仲良くなんかしたくないのよぉ~っ!!
*****
「やっぱりぃ~。異世界に行くきっかけは交通事故だと思うのですよぉ~。」
「そうね…」
「で。呼ばれるヒトは現世ではパッとしない一般人なのです~ぅ。」
「何故?優秀な人物の方が良いに決まっているでしょう?あらゆる分野に長けたエキスパート召喚一択です。」
「うわぁ~!テスちゅわん、お約束が分かってないぃ~!そーれーじゃ、ダメなんです~ぅ!何も出来ない一般人が異世界に来て『なんかよくわかんないけど、チート能力あって俺様SUGEEEE!』じゃないとダメなのですよぉ~。」
「は?」
氷点下の眼差しで返す。ツェリの顔がひきつる。
「…そんな怖い目で見ないで、テス様…。異世界転生は、人の子の夢が詰まったパラダイスなのです…。そ・こ・を踏まえて、やってみましょぉ~♪」
「……何故かしら…。やらなくてはならない仕事だと頭では分かっているのに、こんなにもやりたくない仕事は初めてだわ。私こそ、異世界転生して別の所に就職しようかしら…。」
「な…っ!ダメダメ~!ダメです~ぅ!テス様は美人で仕事も出来る皆のアイドル女神なのですから、この天界からテス様がいなくなったら、私生きていけません~!皆も元気がなくなっちゃいますぅ~!仕事も回らないしぃ~!冗談でもそんな事言わないで下さいまし~!」
がしっと両手で私の手を掴んで、涙ながらに懇願してくる。上目遣いをすれば許されるとでも思っているのかしら?それでほだされるのは、あのアホエロな全能神だけだっちゅーの!
パシッと手を振り払う。
「うるさいわねっ!仕事なんだから、ちゃんとやるわよ。でも、そこらへんに転がってるのと同じじゃ面白くないわ。これは実験なのでしょ?なら、私は私の好きなようにやらせてもらうわ。私と貴方、世界は二つ。2パターン、あった方が良いでしょう?」
「え?えぇ。そうです…。あっ!じゃぁ、私がお約束の方をやっても良いですか~?やっぱり~ぃ、平凡な女子高生が異世界に召喚されて、逆ハーレムなイケメンパラダイスで世界も救えちゃうのが一番ですよねぇ~♪よぉ~し!頑張っちゃうぞ~!どんなイケメンにし・よ・う・か・な~♪」
うきうきで転生後の世界を作り始めたツェリに訊く。
「ねぇ…。異世界召喚した者が救世主じゃなくちゃ駄目なの?」
「いいえぇ~。最近は、異世界でのんびりスローライフもあるみたいですから、救世主にはこだわらなくても良いと思いますよぉ~?それが何か?」
「そう…。なら、いいの。貴方が女子を召喚するなら、私は男子を召喚するわね。その方がいいでしょう?」
「はい。流石はテス様ですぅ~。いろんなパターンを考えて下さっているのですねぇ~。私、テス様とご一緒出来て嬉しいです~ぅ♪」
ほわわんと花を飛ばしてきそうな笑顔でそう言った。本当に馬鹿ね、この女神は…。やってられないわ。そう思いながら、私は私の世界を作り始める。自分の作る世界が、自分の心を移す鏡だとも知らないで…。
Ⅰ
「はいはい、ごめんね~。うち、そういうの間に合ってるから。」
「今はデジタルの時代でしょ。そんなかさばる物はいらないよ。」
「あった~、あったわよ、これ!昔、おじいちゃんの家にねぇ…。あの頃はこういうのを並べるのがステータスみたいなところもあったけど、今、こんなの無くてもねぇ、なんだっけ、サリちゃんだっけ?に聞けば、何でも教えてもらえるんでしょぉ~。」
晴れの日も曇りの日も雨の日も、毎日毎日断られ続けて、心が折れる。俺は河野拓也。しがない百科事典のセールスマンだ。この時代、アナログの百科事典(それも全二十冊!)なんて売れる訳ない。そんなん俺だって、百も承知だ。でも、仕方ないじゃんか!この会社以外、どっこにも就職出来なかったんだから…。雀の涙だけど飯を食える給料があるだけマシって思うようにしてる。なんだかな~、どこで間違ったんだろうな~。俺、高校まではそこそこイケてた気がしたんだけどな…。バンド組んでて、女の子にもモテモテだったし。けど所詮、井の中の蛙だったってゆーか…。
「あ~ぁ…。なんか、いい事ね~かなぁ…。」
夕飯のカップ麺をすすりながら考える。賞味期限が明日だから、四十円で売っていた見切り品だ。
食い終わって、コタツのテーブルにこつんと頭を付けて壁を見れば、三年前に別れた彼女の写真が目に入る。美紀…。人生、最初は上手くいってたと思う。小さなライブハウスなら満杯に出来てたし。「いつかメジャーデビューしてお前を食わせてやるからな」って俺が言う度に「うん!拓、頑張れ!」って言ってくれてたのにな…。最初は作った曲をプレゼントしただけで喜んでくれてたのに、だんだん口うるさくなって、ギターを弾いても「うるさい!近所迷惑!」としか言わなくなった。「友達がこの前、ブランドの指輪もらっててね…」って言うのを聞き流してたら、ある日、結婚雑誌を俺に投げつけていなくなった。何だよ…。食えないバンド野郎には用が無いってことかよ…。だから、やめた。俺より後からバンド活動を始めて、最初は俺の前座だったのに、メジャーデビューする奴らがいたせいだ。俺のおかげで注目浴びた筈なのに、いつの間にやら全部かっさらっていきやがった。街中で、そのバンドの曲が聞こえる度にイラっとする。でも、有名な自動車メーカーのCMに使われているので、耳にしない日は無い。ムカつく。どのみち、スタジオ借りる金もなくなってきたし、バンドは解散した。俺達の世代は皆ビンボーだ。貯金額の中央値5万かよ、7万ある俺、勝ち組じゃん、とか思ってたら、今日の営業帰りに見ちまった。綺麗な服着て、ブランドのバッグを持った美紀が、ハイスぺ男と歩いているのを…。しばらく隠れて後を付けた。お高そうなレストランに入って行った。左手の薬指に光る指輪があったから、結婚したんだな、アイツ…。ふぅ~ん、そう…。俺は今も、こんな見切りのカップ麺食って、学生時代から同じオンボロアパート住まいだけど、お前はそんなにいい暮らししてんのか…。そう考えたら憎くなった。
だったら、「もういい歳なんだから、バンド活動なんかやめてちゃんとしたお仕事しようよ」って言ってくれたら良かったじゃんか!「いつかドームで演奏出来たらいいね」なんて中途半端に「頑張れ」なんて背中を押さないで欲しかった。そうやって、俺をその気にさせてといて、見切りつけたらあっさりポイかよ。俺はこの見切りのカップ麺と同じだ…。畜生…。毎日、売れもしない百科事典を持ち歩いて断られるクソみたいな生活。クソみたいな毎日。だったら、潰しちまえばいいじゃん、あの女ごと…。そうだよ、俺の人生を駄目にしたのは、美紀じゃんか…。
そう思いついた時、目の前が開けた気がしたんだ。慧眼した、って言うのかな?どうしてもっと早くに気付かなかったんだろうと思って、早速、準備した。こう見えて、昔は理科が得意だったんだ。今は、いろんな物がネットで手軽に手に入る。ちょいと手を加えれば爆発物の完成だ。俺はそれを営業鞄に入れた。これに火を付けりゃ、そこら辺の奴は消し炭だと思ったら気分が良かった。神になった気分だ。景気づけに、コンビニのコーヒーでも買って飲むかと思ったら、制服の男子とぶつかった。
「あ、すみま…」と言いかけたら、「チッ!前見て歩けよ、社畜!」と言われてカッとした。クソがっ!手前ェらみたく、親の金で毎日ご飯食えてるヒヨッコとは訳が違うんだよ!イライラする。美紀を見付ける前に、ここのコンビニを爆破してやろうか!と思ったが、冷静に考えるとこのコンビニは何も悪くない。頭を冷やすかと思って、牛乳を買った。イライラにはカルシウムって言うからな。ストローで一気に吸って、捨てた。
一旦、出社してメールチェック。それから見本を持って、今日回るルートをホワイトボードに書いて俺は外へ出る。この前、美紀を見た街を回るつもりだ。
そんな簡単に見つかると思ってなかったが、外回り先のコンビニで美紀を見付けた。朝と同じコンビニチェーンだった。爆破しなかったお礼かと思った。スイーツとペットボトル飲料を買って外に出たから、俺も慌てて後を追った。しっかりした作りのマンションに入って行った。オートロックだ。チェッと思ってたら、しばらくして宅配業者が来た。しめた、と思った。玄関扉が開いた時、俺も住人の振りをして素知らぬ顔で入り込んだ。宅配業者を先に行かせる為に、ポストを覗く振りをしてやり過ごす。
業者が押す前のエレベーターが止まっていた階数はバッチリ見えた。三階だった。俺は内部の階段を上る。三階について、こっそりと一軒ずつ様子を伺う。電気メーターが回っている部屋を見付けた。カメラを押さえてインターホンを押す。
「はい。あれ…、故障かな?」
聞き慣れた美紀の声がする。ビンゴだ!
「すみません。今、電気系統の不備があるみたいなんで、緊急メンテナンスを行っているのですが、配電盤を見たいのでドアを開けていただけませんか?」
自分でも吃驚する位、すらすらと言葉が出た。
「分かりました。」
ガチャリとドアが開いた瞬間、俺は押し入った。
「え…?た、拓…?なんで、ここに…?」
驚く美紀に俺は言った。
「お前、こんな所に住んで随分と良い生活してんだな。こっちは食ってくだけで、カツカツだってのによ!それもこれも、お前が中途半端に俺の夢を応援して、あっさり見捨てたせいだ!許さねぇ!あるだけの金を持ってこい!騒ぐんじゃねぇぞ!」
鞄の中の爆弾をちらつかせる。
「何それ…?爆弾?」
「あぁ!早く金目の物持って来い!その石がついた指輪も寄越せ!」
慌てて、財布を持ってくる美紀。リビングに高級腕時計がおいてあるのを見付けたから、それも取った。鞄にねじ込む。せいぜい十万位しかないかと思っていたら、帯封の金を持ってきたから仰天した。
「こ、こ、これで…許して…。」
「サツにチクるんじゃねぇぞ!」
震える美紀から、帯封をひったくって、俺は慌てて外に出る。今は監視カメラが発達している。俺の犯罪がバレるのはすぐだ。なら、その前にデカい事して、食った事無い旨い物が食いてぇ!そう思って、慌ててた。前を良く見てなかったんだ…。
キキィィ――ッ!
そのブレーキ音と共に感じた超ド級の重量感。俺は、勢いよく吹き飛ばされた。
Ⅱ
「いってえ…。どこだよ、ここは…」
体中に感じる激痛をこらえて、誰にともなく呟いたのに、暗がりで返事がした。
「ここは空間の狭間です。今、貴方は死にかけています。このまま、元の世界に戻れば貴方は犯罪者として収監され、世間的に殺されます。短いけどみじめな一生を送るでしょう。ですが朗報です。ここで異世界転生を行えば、貴方はのんびりとした平和な生活を送れますが、どちらを選びますか?」
艶やかな黒髪で整った顔立ちの着物に似た服を着た女が話しかけて来た。
「え~っと…?」
状況が飲み込めない…。夢かな?
「聞いていますか?今、流行りの異世界転生です。貴方、今いる世界に満足していませんでしたよね?大した能力もないくせに『俺はもっと評価されるべき人間』『注目を浴びたい』って思っていたのでしょう?」
図星をさされてイラっと来た。綺麗な顔だが、まな板の胸に言ってやった。
「うっせぇ!貧乳!」
その瞬間、蹴り飛ばされた。綺麗な顔にうっすら青筋が浮いている。
「最近のヒトの子は、神に対する礼儀って物がなってないわね…。今すぐ、魂ごと消滅させてあげてもいいんだけど?その方が、私も面倒事が減って助かるし…。」
その掌に、火の玉が浮かんだのが見えた。え?もしかして、それ俺に投げつける気?…ちょっと待って!綺麗なお姉さんは大好きだけど、俺はMじゃない!いたぶられるのはごめんだ。
「も、も、申し訳ございませんでした、綺麗なお姉様。あの…、私、今の状況が良く飲み込めなくて少々混乱しておりまして…、もしよろしければ、現状をご説明していただけますか?」
精一杯の愛想笑いと営業で培った口調で聞いてみる。黒髪の女の表情が少しだけ和らいだ。
「えぇ。貴方はね、元恋人の家に押し入って強盗を働いて逃げる途中、ダンプカーにはねられたの。ここまでは分かる?」
思い出す。あの半端ない重量感。
「俺は…死んだのか?」
女が顎に手をあてて言う。
「まだ死んでないわ。肉体から魂が飛び出ている状態。今、向こうに戻れば全治六か月。三十五歳が寿命。逮捕されて刑務所に入れられるけどね。でも、異世界転生したら、五体満足で幸せに暮らせる。どっちがいい?って聞くまでも無く、後者一択よねぇ?」
「え、ええっ?」
ちょっと待って。この人、俺の話を聞く振りして何も聞いてないよね?異世界転生一択で話を進めてるよね?
「ちょ、ちょっと待って下さいよ!俺、料理も出来ないし、特にモンスターの研究にもキョーミが無いんですけどっ!力も無いから勿論、世界なんて救えませんよっ!」
異世界転生、知ってるぞ。深夜のアニメでやっていたのを、カップ麺を啜りながらいくつか見た気がする。あれだろ?何故かかわいい女子に囲まれて暮らせるんだろ?チートな能力があるんだろ?俺様SUGEEEEで魔王を倒しちゃったりするアレだろぉ~?
そんな俺の思考を読んだのか、黒髪の女(女神?)が言う。
「大丈夫。貴方は何もしなくていいの。だって、「選ばれし者」だから。向こうの世界でのんびり暮らせばいいわ。誰も貴方を罵らないし、働かなくても生きていける。最高でしょう?貴方が「異世界から来た」と口を滑らさない限り、平和な生活をお約束するわ。」
そう言うと、冷徹な微笑みを浮かべた。
「行く、わよね?」
俺は悟った。これは拒否権無いや~つ!最初っから、異世界行き確定フラグ…。でも…。どうせこのまま現世に戻っても、俺は犯罪者。しかも盗んだ金で豪遊する前に交通事故にあってはねられて逮捕…とかアホ過ぎる人生をさらす位なら…異世界に行った方がマシだ!
「分かりましたっ!綺麗なお姉様、宜しくお願いいたしますう~!」
土下座した。
「分かればいいのよ。じゃ、異世界行き確定って事で。向こうで楽しく暮らしてね。えぇーっと…、コウノタクヤ君だったわね?向こうでは、タクトと名乗るがいいわ。平和な毎日で生活には困らない。但し、君が「異世界から来た」って口を滑らさない限り、よ。いい?胸に刻んだ?」
「ハ、ハイッ!」
俺が頷くと、黒髪の女がパチンと指を鳴らした。女の隣に虹色の雲が立ち込める。
「GO!」
その声に追い立てられるように、俺は雲の中へと入った。
Ⅲ
あの日から―――、俺の毎日は平和だ。
最初は良く分かんねぇ異世界に来ちまった…、どうしよう?と慌てたが、道端で途方に暮れていたら、たまたま通りかかった植木屋の親父が拾ってくれた。俺が異世界について何も分からないので、記憶喪失の振りをしていたら、色々手続きもしてくれて、俺は植木屋の隣の小さな家でのんびりと暮らしてる。驚いた事にこの世界では働かなくても許される。国から一定の給付金が毎月でるんだ。感動した。何もしなくても金が入るんだ。働く訳ない。毎日、のんびりダラダラだ。俺を拾ってくれた植木屋の親父に「働くの馬鹿らしくねぇ?」って聞いたら「俺はじっとしてるのが性に合わないんだ」って笑ってた。成程、そういう人達がこの世界で働いてる訳ね。要はアレだ、働きバチの法則だ。働きバチのうち、働くのは八割。怠けるのが必ず二割いるって奴。俺は後者。でも、アレだぜ、何かあった時にはその二割が活躍するらしい。実質、俺勇者じゃん(笑)
そんな訳で毎日ダラダラ過ごしてた。そんな奴らもたくさんいる。持て余す時間を潰せる場所もたくさんあるし、旨い飯屋も見付けた。その隣にある小さな花屋を営んでいるジャンヌが俺のお気に入り。なんてったって、可愛いんだなぁ。意味も無く、花を一輪買いに行ってはジャンヌと話す時間が気に入っている。まぁ、ジャンヌはすごく可愛いから引っ張りだこだ。俺みたいな奴がたくさん花を買いに来る。だから、次の客が来たら、前の客は帰る。暗黙のルールだ。そんなルールに関係なく、もっとジャンヌと話をしたい。ってゆーか、デートがしたかった。この生活は何もしなくていいから楽だけど、平和過ぎて物足りない。働いていた頃は、毎日が日曜ならいいのに、と思っていたが、毎日が日曜日の今は刺激を求めている。人間って奴は勝手な生き物だね、全く…。
そんな事を思っていたら、ある日、教会の前でジャンヌに会った。
「よ、よぉ!今日は店無いのか?」
「あら、タクト。こんにちは。今日は“救世主様の日”だから、お休みして教会に来たの。」
「へぇ~?救世主の日って何?」
「そんな事も知らないの?っていうか、本当に全部の記憶が無いのね…。あのね、昔、世界が滅びそうになった時に世界の結び目を染めた人を称える日よ。」
「へー、勇者って奴?」
「勇者?そうね、そう言えない事もないわね…。」
そう言って、ふふっと笑った。売り物の花同様、可愛い笑顔だった。もっとその笑顔を見ていたかった。
「世界の結び目って何?」
「さぁ…?何かしら?私が読んだ『聖なる書』では、それは違う世界の物、って書いてあったわ。ここ以外の世界なんて、ある訳ないのにねっ。」
そう言って笑う。「俺だよ!今、君の目の前にいる俺が違う世界から来た男だよ」って言いかけて、俺は黒髪の女の言葉を思い出す。
『貴方が「異世界から来た」と口を滑らさない限り、平和な生活をお約束するわ。』
女はそう言った。つまり、アレか。異世界から来たら勇者だと認識されて、魔王退治とかに担ぎ出されてしまう、って訳か~。俺、筋トレとかしてないし、いきなり魔王なんて倒せる訳ないよな、あれ、ラスボスだし。うん、黙っとこ…。沈黙は金、って言うしな。
そんな話をしながら、ジャンヌを花屋まで送って別れた。ちょっとだけど恋人気分を味わえた。そんな訳で、その日はいい気分で寝た俺だったが、翌日嫌な光景を見た。ジャンヌの花屋に…見た事の無い男の従業員がいた。それもなかなかにイケメンだ。すわ恋人かと皆、ざわついた。
「違いますよぉ~。政府から派遣された調査官の方なのです。ここは、皆が花を買いに来るから、情報が入りやすいという事でいらしたのですが、何もしないのは落ち着かない、と仰るので手伝っていただいているのです。」
にっこり笑顔で言うジャンヌ。ジャンヌ目当てで通っていた男達は全員思った筈だ。
『俺が君の店を手伝うよ、って言えば良かった!』と…。かくいう俺もその一人だが…。とりあえず、花を一輪買って帰った。花はテーブルの上に置いた。
そんな事があっても通っていたが、毎日見ていると男とジャンヌの距離が少しずつ近付いているのが分かる。気に入らない。何の根拠も無く俺の方がいい男の筈だ、と思った。それなりの服を買って着てみた。毎日だらけた生活をしていたので、腹回りが…。肉体改造が必要だった。手始めに三日程、ランニングをしてみたがすぐに飽きた。俺は何事も長続きしないタイプだった…。
なら、愛の歌でも作って贈るかとこっちの世界のギターに似た楽器を買って弾いてみた。基本は同じだが、何かが違う…。もう少し突き詰めれば、コツを掴めたかもしれないが、そこに至るまでの努力が面倒でやめた。
は~、メンドクサイ!努力は面倒。楽して生きたい!って思った時に、思い出した。そうだよ、俺は異世界から来た男。そんじょそこらの奴とは違うんだ!って。でも、黒髪の女の言葉を思い出す。それは、言ってはいけない言葉だ。
Ⅳ
物言わぬは腹ふくるるわざなり。昔、そんな言葉を聞いた。その通りだ。俺は毎日を悶々と過ごした。俺の気分に重なるように悪天候が続いた。毎日、暴風雨。外出もままならない。そんな日々の中、密やかにある噂が流れだす。
『終末の予言』
この世界がもうすぐ終わる。止まない暴風雨は、その前触れなのだ、と。
バッカくさい。俺がもといた世界にもあったよ、それ。「一九九九年七月に世界が終わる」ってやつ。でも、結局はデマだった。それを信じて借金して豪遊して首が回らずに自殺した奴もいたらしい。馬鹿だね…。予言も占いも自分に都合のいい事しか信じない層って一定数いるからなぁ…。
それと同時に教会の『聖なる書』の言葉も脚光を浴びだした。
「かつて世界が終わりを迎えし時、世界の結び目を染めた者有り。結び目が赤く染まりし時、世界は再び、息を吹き返す。結び目はこの世の物ならざる物。それを見つけし者、即ち聖者なり。」
言葉使いが古くて良く分かんねーけど、要は世界の結び目を染めた者が勇者って事か…。
降り止まない雨を見ながら、考えた。働きバチの働かない二割の俺が活躍するの、って今じゃね?だって、俺は異世界からの転生者。この世の物ならざる者じゃんね?もし、これで俺が世界を救えちゃったら、俺が聖者で勇者。この世界の誰もが俺を「すごい」と崇め、称えてくれる。うをを~!そしたら、ジャンヌも俺に惚れる筈。勇者の嫁になりたい、って言うかもしれない…。
そんな未来地図を描いたら、楽しくなった。この雨が止んだら、ジャンヌの所へ行こう。そうして、俺が「異世界から来た男なんだ」って教えてあげよう。ジャンヌはどんな反応をするんだろう?楽しみだなぁ…。
そんな訳で、漸く雨が止んだ二週間後にジャンヌの店に行ったら、閉まっていた。隣の飯屋の親父に聞いたら、この雨で被害が出た地区に教会の人達とボランティアに行ってるらしい。くぅ~、可愛い上に優しい!ジャンヌちゃんこそ、ヒロインにふさわしい。ラノベだったら、神絵師に超可愛く描いてもらえる子だわ。ただ、俺の知ってるラノベと違うのは、ジャンヌちゃんは、露出が少ない!長袖のロングワンピースに編み上げブーツ。そして、首には教会員を示す赤いスカーフ。顔と手首位しか、素肌が見えねぇ!いやいや、逆に考えろ、俺。素肌をたやすく出さないジャンヌちゃんが俺の嫁になった時に初めて、その素肌を見せてくれるんだ。……最高のシチュエーションじゃないか!よし、萌えた。
そんな訳で、俺は飯屋の親父に教えてもらった地区へと急いだ。傾いた屋根を直してる例の調査員の男がいた。ジャンヌちゃんとは別行動のようだな、よしよし。ジャンヌちゃんを探しながら歩いていると、被害の大きさが分かる。倒壊した家々のガレキが一か所に積み上げられている。この地区、もうダメなんじゃないの?そんな気持ちにさせる土砂まみれの地域。俺の田舎を思い出した。津波で酷い目にあった過去…。この土地を捨てて、別の土地に行けばいいのにという意見も聞くが、実際はそんな訳には行かなくて…。そこで踏ん張り続けるしかないんだよな、分かる…。ちょっとしんみりしながら、歩いた。ここで苦しんでいる人の為に俺が出来る事はなんだろう…。
そう思って見上げた先の小高い丘にジャンヌちゃんの姿が見えたから、走って行った。
「お~い!」
「あら、タクト。貴方もお手伝いに来てくれたの?」
「あぁ…。まぁ、そんなとこ…って言うか…」
そこまで言って、俺は周囲を見回す。近くには誰もいない。今なら、ジャンヌちゃんにだけ伝えられる。黒髪の女は『貴方が「異世界から来た」と口を滑らさない限り、平和な生活をお約束するわ。』と言った。ジャンヌちゃん一人に言う位なら、平気だろ。だから、こっそり言った。
「実は…、俺、異世界から来たんだ。」
「えっ?」
びっくりするジャンヌちゃん。その丸くした目が可愛い、と思った瞬間、眼光が一瞬にして鋭くなった。
「やっぱり、タクトが結び目だったのね。この世界では、記憶喪失の人達がかなりいたけど、彼らは皆、尻尾を出さなかった。だから、確信が無かったけど、まさか自分から教えてくれるなんて…。ありがとう、タクト。大好きよ。」
満面の笑顔でジャンヌちゃんがそう言って、抱き着いてきた。そのまま、俺にキスでもしてくれるのかと思った瞬間、腹部に鋭い痛みを感じた。
「…え…?」
びっくりして、ジャンヌちゃんが離れた後の俺の腹部を触る。べったりとした血がついていた。ジャンヌちゃんの手にはナイフがあった。
「なんで…?」
「なんで?『聖なる書』にあるでしょう?異世界から来た者が世界の結び目。結び目を赤く染める、って貴方の血で、って事よ。」
さらりと言うジャンヌちゃんが、それから声高らかに叫んだ。
「我が名はジャンヌ!世界の結び目を見付けし者!皆も、世界の為にこの結び目を赤く染めあげるが良い!」
その声を聞いて、被害にあった地域の住民がぞろぞろやって来た。手には光る刃物を持っている。彼らが雄たけびを上げた。
「あれが…結び目…」
「染めろ!赤く!」
「赤く赤く―――」
エピローグ
「はぁーーーーぁ!」
艶やかな黒髪の女が大きく伸びをした。
「長かったわぁ…。」
欠伸をする。全く…、思ったより長くかかってしまった。ツェリには「分かってない」と言われたが、自分は矢張り、異世界にはエキスパートを送り込みたかった。だから、色んなエキスパートを送り込んでみた。彼等には一様に告げた。
「貴方は何もしなくていいの。だって、「選ばれし者」だから。向こうの世界でのんびり暮らせばいいわ。誰も貴方を罵らないし、働かなくても生きていける。最高でしょう?貴方が「異世界から来た」と口を滑らさない限り、平和な生活をお約束するわ」と。
しかし、彼らは勤勉だった。自ら職を見付けて働きだして、元からいた住民のようになってしまった。食堂を始める者、植木屋を始める者等…。こんな筈じゃ…と思ってエキスパートを各地に送り込む事、三十人。全員不発に終わった。世界の反対側では大旱魃…。このままでは世界を再生させる前に異世界転生が失敗に終わってしまう…。この優秀な私が初めて、この実験で失敗するというの…?
ここにきて、漸く自分の過ちを認めた。異世界に行くのは一般人、とツェリが言ってた事が理解できた。
そんな訳で、一般人を探し始めた丁度その時、クズ男を見付けた。もう時間も無いし、この男でいいやと思った。クズなのに、なかなか口を滑らさないから、今度も失敗かと思った時、遂に口を滑らせた。
ラッキー!
ハッピー♪
赤く染まっていく世界を眺めてスッキリした。
漸く終わった異世界転生の世界を、アホな全能神の所に送っておいた。
あ~!もう、今日は疲れたから、久し振りに薔薇のお風呂に入っちゃおうかな、うふふ。足取り軽く自宅へ帰る。自然と鼻歌が出た。こんなにいい気分なのは久し振り。
*****
「を~!漸くテスからの世界がきたわい!」
ほくほくしながら、覗き込む全能神。
「なんじゃい…。これは?」
そこに、お茶を淹れたカップを持ってツェリがやって来る。
「あ~。テスちゃんの!漸く終わったんだぁ~。」
同じく覗き込んで、こっちはにっこりする。
「良かったぁ…。テスちゃん、無事にストレス発散出来たみたい。」
「ん?どうゆう事じゃ?」
「テスちゃんはね~、昔から大真面目で頑張り屋さんなんです。だから、最年少で渉外部のトップにまで上り詰めた。でも…、毎日激務で、ストレスが溜まって爆発寸前でした。「ゆっくり休んで」って言っても絶対にテスちゃんは休んでくれないから、全能神様にお手伝いしてもらったんですよ~。」
そう言って、にっこり笑う。
「昔、ストレスを溜め過ぎて、小さな村を壊してしまったテスちゃんを見て、私、癒しの神になろうと思ったんです。それまでは一緒に渉外部を目指していたのに、急に看護部に異動したからテスちゃんは怒ってました。「ツェリの嘘つき!裏切者!あんたなんか大っ嫌い!」って…。でも、私はテスちゃんの為に癒しの神になったの。そうして、今回、爆発寸前のテスちゃんのストレスを異世界で上手く発散させてあげられたんです。良かった~♪」
カップに入ったお茶の表面に映した鼻歌を歌うテスを見て、嬉しそうなツェリ。
「ツェリ…、お主…」
「なんですか~ぁ?全能神様?世界とテスちゃん、秤にかけたら、テスちゃんの方が世界より大事に決まっているじゃぁないですか。だって、私、頑張り屋さんのテスちゃんが昔から大好きなんですもん♪」
<終わり>