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自慢のパパです!

靑詞が母と陽斗に近づいていくと、二人とも話が途切れたところだったのか靑詞に視線を向けてくる。

いきなり敵意を剥き出しにされるかもしれないと緊張しつつ、靑詞は人当たりの良い笑みを浮かべた。


「おはようございます、いい天気ですね」


一切不信感を得られないように明るく言ったことが功を奏したのか、二人とも笑みで頷いてくれた。


「そうですね、暖かいですし。………新しい先生ですか?」


そう言われれば保育園しかないのにここを通りかかるなんてこともないのか、と内心で必死に怪しくない解答を考えるのだが、なかなか思い当たらずに結局関係者です、とだけ返す。


「お兄さんは靑詞って言うんだ。君は?」


大人相手だと怪しまれるかもしれないと考え、とりあえず目的であった陽斗に笑顔を向ける。

視線を合わせるようにしゃがむと、陽斗は俯いたままで手に持っていた何かをぎゅっと両手で抱きしめていた。


「陽斗ったら……すみません、この子人見知りで」


「ああ、いえいえ……ねぇ、さっきの木を見ていたんだけど、あれは陽斗くんのお父さん?すごいね!格好良かった!」


そう言うと、陽斗はまだ俯いたままだったが、嬉しそうに笑ってくれた。


感触は悪くないのかな、と靑詞はもう少し踏み込んでみる。


「どんなお父さんなの?」


「………かっこいい」


恥ずかしそうだがそれでもしっかりと答えてくれて、靑詞は安心したように力を抜いた。


「うん、さっきもすごく格好良かったね」


「………あと、いつでも僕を助けてくれるんだ」


わざと大袈裟に相槌を打ちながら話を聞いて探っていく靑詞だったが、正直為になるような情報は手に入らなかった。


「そんなすごいお父さんは羨ましいなぁ。何のお仕事をしているの?」


「………」


陽斗は少しずつ機嫌良く話してくれていたのに、また俯いて固まってしまう。


「ええ、と……」


困ったように立ち上がって母親の方に視線を向けるが、母も黙り込んでいた。


「ぁ……もう行かなきゃ」


陽斗はそう言うとそそくさと靑詞から離れていってしまう。

こうなったら母の方から情報を、と靑詞は話を再び戻すのだが、何度聞いても仕事は教えてくれない。いや、教えてくれないと言うよりは、それを聞くと母親は何も聞こえなかったかのように黙って待っているのだ。


(……なんだ?何かがおかしい)


何かはわからないが違和感を感じてもう一度「旦那さんは何をされているんですか」と聞いてみても聞こえていなかったかのように笑顔のまま固まる姿を見て、今度は違う言葉を選んでみた。


「陽斗君でしたっけ。お父さんことが大好きなんですね」


すると、先ほどまでの無言の時間が何もなかったかのように母親は笑顔で頷いた。


「そうなんですよ、ずっとお父さんっ子で。あの子が持っていた絵本も誕生日に夫からもらったものなんですよ。どこに行くのも持ち歩くくらいで」


「ははは、本当に大好きなんですね」


あれだけ格好良かったらそうですね、などととりあえず場をつなぎながら靑詞は少し心に不安が出始めていた。

仕事を聞いたら黙り込んでしまい、何もなかったかのように次の会話は続ける。

理由はわからないが気持ち悪さだけが膨らみ、これ以上引き止めるのは不自然かと自分に言い訳しつつ靑詞は母から距離を取った。


「この保育園に通われてるならまた合うかもしれませんね。その時は、よろしくお願いいたします」


「こちらこそ!あの子友達もあまり多くないので……怖がっているんじゃなくて恥ずかしがっているだけなので、たくさん話しかけてあげてくれたら嬉しいです」


「もちろんですよ」


では、と靑詞は会話の切れ目を感じ取ると逃げるように頭を下げた。母親も会釈してから離れていき、遠くなると緊張を逃すように深く息を吐き出した。


「………どうでした?」


離れたところから合流してきたアイビスがそう声をかけると、靑詞は難しそうに顔を顰めた。


「正直何か有益な情報は手に入らなかったなぁ」


そうか、と雲瀬が慰める言葉をかけようとすると、靑詞は感じていた気持ち悪さを吐き出すように重苦しく口を開く。


「なんか、変だったな。………普通に会話してくれて好感触だったんだけど……お父さんの職業を聞いたら黙り込んで……その後なかったことのように普通に会話を続けるし」


「………ふむ」


雲瀬は頷き、何かを考えているようだった。


「それは……思考の埒外だから……?」


アイビスも何か思い当たったのかそう呟き黙り込んでしまう。

どう言うことかと靑詞が問いただしてみても二人ともが確証はないから、と回答は控えていた。

納得がいかない靑詞を宥めるように雲瀬がそれより、と声色を変えた。


「保育園の中が騒がしくなってきたぞ。今度はそっちの様子を見てみようぜ」


スッキリしないところはあるが、雲瀬の言うことも尤もで、靑詞は仕方なく保育園の塀に隠れながら顔を覗かせた。

暖かいからか窓を全て開き、中からはピアノの音と可愛らしい元気な歌声が響いてくる。

こっそりと教室を覗くと、そこには先生が一人と、児童が十数人しか見えなかった。

元気よく歌を歌っている姿はかわいらしく、現実と何も変わらない風景じゃないか、と靑詞は唇を引き結んだ。


「先生もよく見ておけよ」


陽斗の姿を探していた靑詞に雲瀬が耳打ちし、靑詞は疑問を示すように肩をすくめる。


「………テラーは人の意識を読み取り、その思考に影響される」


その疑問に答えるようにアイビスは教室を除いたままで口を開いた。


「それに、仮想世界を作った後も観察する必要があるから、近くにいるはず」


これまでの話で、この仮想世界の基となったのは陽斗、もしく母親の可能性が高い。

今のところは陽斗が有力候補だから、彼の近くにいるのでは、ということだった。


「なるほどな……テラーはここの関係者の姿をしているかもしれないし、そうだったらよりあの子供の方が核の可能性が高くなるってことか」


「そう言うことです」


そっけなく返すアイビスだったが、靑詞もいい加減これがアイビスの通常運転なのだと理解して何も言わずに並んで教室を覗き込んだ。

幸い窓が開け放たれているため、先生の声は靑詞のところまで聞こえてくる。


「じゃあ、今日はみんなの大好きなものについて教えてくれるかな?」


先生がそういうと、皆同じように揃って元気な声を上げた。

皆両手に何か紙を広げ、楽しそうに笑い声をあげる。

遠くから見る限り色鮮やかで何かの絵が描かれているようで、話の流れからするとその大好きなものについての絵なのだろう。

順番をじゃんけんで決めた子供たちの中から一人の女の子が前に立って、皆に見せるように絵を広げた。他の子供たちは背中側しか見えず反応はわからないが、前にたった子の絵と顔は靑詞たちにも見ることができた。


「えっとね、私はママが大好き!ママは昔から美味しいご飯を作ってくれて、お弁当もいっつもかわいいの!」


「確かに、葵ちゃんのお弁当羨ましいもん!」


「そうなの!おやすみの時は私とおばあちゃんも一緒にお料理して、三人で食べるんだ!」


どれだけ母が好きかと存分に語った女の子が発表を終えて、拍手の中嬉しそうに帰っていく。

靑詞も心が温かく、荒んだ状況に癒しを感じていた。

わいわいと騒がしさを増す教室では、次の子供、そのまた次の子供と幸せな発表は続いていく。

母や父、おじいちゃんやおばあちゃん。家族だけでなく友人であったり、ペットなんかを紹介しているようだ。


「いいな。こういうの」


思わず呟いた靑詞だったが、アイビスも雲瀬も特に反応はしない。

ある意味では当然のような反応に思わず苦く笑いながら靑詞も彼女たちと同じように教室の様子を伺うしかなかった。

そして遂に陽斗の番になると、靑詞は真剣な顔つきに戻して彼の話に耳を傾ける。

想像通り、父親の話だった。


「パパはね、格好良くて、優しくて、運動もできて頭も良いの!」


ニコニコと語る陽斗の顔を、靑詞はじっと黙って真剣に見つめていた。

自分のためにも、一つの情報も見逃せない、と。


「昔からパパは怒らないし、なんでもできたんだ。この間の運動会も、パパが走ったら一番だった!」


周りは先ほどまでのような盛り上がりはなく、靑詞は怪訝そうに眉を顰める。

だが、陽斗は気にしていないかのように大声で元気な発表を続けていた。


「今日も、木から降りられなくなったらパパが助けてくれたんだ!」


またしても周りの反応はない。


「ママの帽子も、僕のこともすぐ助けてくれたから、自慢のパパです!」


「陽斗くんのお母さんおしゃれさんだもんね!」


そう言って盛り上がる教室を見て、靑詞は先ほど感じたような違和感を思い出したように思わずアイビスたちを見つめた。


「これ、どう言うことだと思う?」


「………どう、とは?」


「だっておかしいだろ!別にいじめられてる感じもないのに、陽斗君の好きなお父さんについてはみんな無表情で見てただろ!」


少し声が大きくなってしまった靑詞は慌てて声を顰め直しながら、顔も壁から引っ込めた。


「嫌われてる、とか?」


あんな優しそうなお父さんに限ってそんなことはなさそうなものだが、思いつく可能性はそれくらいしかなかった。


「………もうここはいいだろう。またあのお母さんのところに戻ってみようぜ」


そう言ってアイビスも雲瀬もさっさと保育園から離れていってしまう。

靑詞は慌てて追いかけながら一度保育園を振り返る。

教室では陽斗がたくさんの暖かい拍手に囲まれながら自分の場所に戻っていた。



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