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何って、冷凍パスタだよ。知らない?


「要は誰の欲望世界かと言うのがわかれば自ずと核もわかる筈。そうすればメイザスもあなたを狙わないから心配しないでください」


「いや、心配っていうかさ」


この気持ちは理解されないんだな、と靑詞は疲れたような深いため息をはいた。

そして質問に託けて自分の不満ばかり言っていたことに気がつき、自ら空気を切り替えるように吐き出した空気を再び肺一杯に吸い込んだ。


「これ以上愚痴ってても仕方ないな」


そう言うと靑詞の腹の虫が待ち兼ねたように鳴き声を上げた。


「そういえば、昼飯だって食べてないし」


難しい話は、一旦終わり。そう言いながら徐に立ち上がった靑詞はキッチンに歩いていった。

小さな二段の冷蔵庫の上、冷凍庫を開いた靑詞は中から赤色の袋を取り出した。


「………ん?」


昨日食べたはずのカルボナーラがそこに存在しており、思わず声を漏らした靑詞だったが、ストックがもう一個あったのかな、と自分を誤魔化しながら扉を閉めた。


「腹が減ってはなんとやら、だな。……って、なんだそれ」


ふわふわと後ろをついていった雲瀬が靑詞にそう言うと、靑詞はそれをレンジに放り込んでボタンを一つ押してから振り返った。


「何って、冷凍パスタだよ。知らない?」


「ふむ……残念ながらそれは知らないな」


雲瀬の言葉に引っかかった靑詞はレンジが終わりを告げるまで、先ほどまでの重たい話を振り払うように雑談を始めた。


「それ『は』ってことは……お前らご飯は理解してるってことか?」


「まぁな。読み込んだ人間の記憶から理解はしている」


雲瀬の言葉を聞いて靑詞は、アイビスはどうか、と視線を向けた。

彼女は靑詞の視線に気がついて静かに首を振る。


「私は記憶を読み取ったことがない。だから、食事という概念は理解しているけれど……」


「なるほどなぁ」


そういって靑詞はアイビスの顔をじっと見つめる。


「………?」


軽く首を傾げたアイビスを見ながら、靑詞は彼女たちについて改めて考えていた。

仮想世界だなんだと言われて現実味がないこともそうなのだが、それ以前に彼らが現実味のない存在なのだ。

雲瀬は喋るし空を浮かぶ本なので言わずもがな。アイビスだって見た目は女の子ではあるものの、ここまで可愛らしく整った顔立ちの女の子は今まで見たことがない。

テレビだって雑誌だってYo○Tubeでさえこんなにも可愛い子はいないのだ。

まるでアニメやおとぎ話からそのまま出てきたような存在であり、正直こんな状況じゃなかったら靑詞とてまともに話すことはできなかっただろう。


「………なに」


「ああ、いや……」


見惚れていましたなんて言えるはずもなく、靑詞は誤魔化すように首を振り、丁度良く鳴ってくれたレンジに急いで向かった。


(可愛いのはもちろんだけど………なんだろうな、人間味がないというか)


本の形をした雲瀬の方がまだ人間らしい。

そんな違和感を後回しにするように靑詞は頭の片隅に追いやった。

出来立ての熱い袋を人差し指と親指で摘んで持ち上げると、それを自分のデスクに持っていく。

開ける時に吹き出してくる蒸気で指を火傷しかけながらも靑詞はやっとリラックスできるとばかりに嬉しそうにフォークを手に取った。


「おお、うまそうだな!」


「うまそうって感覚もあるのか?」


後をついてきた雲瀬に突っ込みを入れると、雲瀬は苦く笑った。


「いや、正直わからん。でも、湯気が立って鮮やかな赤色が見えたからな」


そういうものなんだろ?と言われると靑詞も軽く肯定して笑った。

空気もいい感じに緩んだし早速、と靑詞がフォークにパスタを巻いてから、ぴたりとその手を止めた。


「どうした、食べないのか?」


「ああ、いや……」


靑詞とて腹は減っているし好物の美味しそうな匂いに誘われているのだが、それ以上の疑問が出てしまったのだ。

この今いる空間は自分の部屋であって自分の部屋ではない。見た目は靑詞の部屋だが、彼の記憶をもとに作られた仮想空間なのだ。先ほど感じた違和感も、昨日食べたのは現実世界のパスタであり仮想空間との違いと言われれば納得はできる。

果たしてその仮想空間にある食べ物が、本当に食べられるのだろうか。


「……………」


その疑問を晴らすにはまず自分が食べてみるしかない。いきなり食べたからと言って死ぬこともないだろうが、文字通り現実味のない状況に、中々勇気は出にくかった。

だけど放っておいてもどんどん冷めて美味しくなくなるだけだ。

意を決したように靑詞がフォークを口に運ぶと、現実世界と何も変わらない、食べ慣れた味が口に広がった。


「どうだ、美味いか?」


「ん?ああ」


お前も食べてみるか、と言いたいところだが雲瀬はどう考えても食べられそうにない。

じゃあアイビスにとも思ったが、彼女はさして興味もなさそうであるし、可愛い子と同じ皿のパスタを食べるというのは些か気恥ずかしかった。

黙々と食べ進めると腹は膨れてきたのだが、靑詞はここでもう一つ疑問が浮かび上がる。

今は確かに空腹が満たされている感覚はあるのだが、食べているのは仮想空間の自分で、仮想空間にあった食べ物だ。

現実にいる自分は、空腹が満たされているのだろうか。物理的には、現実の体の中には何の食べ物も入っていないはずだから。


「こんな非現実的な状況に、物理的にも何もないか」


「なんの話だ?」


雲瀬の尤もな言葉になんでもない、と軽く誤魔化すように靑詞は手を振った。

そして詮無い疑問から話を変えるように食べている容器を雲瀬に見せた。


「ナポリタンっていうんだよ。俺のお気に入りの一つだ」


「ふぅん。あれだけストックするからそうなんだろうな」


雲瀬の素っ気ない反応に靑詞は少し意地になって目を細める。


「おいおい、冷凍パスタだぞ?そんな反応かよ」


「………」


雲瀬もアイビスでさえも不思議そうに黙り込むので、靑詞は続きを食べながら先ほどまでの真剣な空気を取り戻すかのように冷凍パスタについて語りはじめた。


「冷凍食品って素晴らしいんだぞ。自炊しない俺みたいな一人暮らしには超手軽だし」


「………そうなの」


またしても素っ気ないアイビスに対して、雲瀬は少し興味が出たようだった。


「でも、以前読み取った人間はなんだっけな……何かお湯を入れて食べてたぞ」


「ああ、それはカップラーメンかな?」


同じ麺類だしあちらも手軽に食べられるものだが、靑詞にも譲れないものがあった。


「あれはな、お湯を入れて三分待ったら食えるってものだけど、個人的にはこっちの方がお得だし手軽だぞ。お湯を沸かせなくてもレンジに入れればいいし、カップラーメンより安くて多く食えるしな」


「おお、相当好きなんだな」


先ほどまでと話の勢いが違っていて、雲瀬は思わず笑ってしまう。


「最近のカップラーメンは色々凝ってるのも多いから高くて少なかったりするだろ?でもこれだと150円しないで350グラム以上食えるんだ。二つ買っても300円いかないし、それで苦しくなるくらい食えるんだからな」


しかもだぞ、とここまで話し始めた靑詞は止まらなかった。


「賞味期限が長くてずっと保管できるし、味だって豊富だ。俺は常に何種類かストックしてあるぜ」


「……では、人間はそれだけ食べていれば問題ない?」


アイビスも食いついて質問を返してくれたが、靑詞はその返答には少し困ってしまった。

これだけ食べて生きている人間と言われると、どうしても不健康なイメージになってしまう。添加物だらけだから当然のように体に良いわけはない。正直これも食べていて具合が悪くなったりはしないから個人的にはどうでも良いとは思っているのだが、それでも問題ないと言い切れる程ではなかった。


「ま、問題なくはないけど……俺は良いと思うぜ」


このままでは更に踏み込んでこられそうだ、と旗色の悪さを感じ取った靑詞は更に食べる速度を速めながら話を変えた。


「パスタだけじゃなくて他にも冷凍食品って色々あるんだよ。いつかお前らにも食べさせてやるからな」


「………はい」


小さく頷いたアイビスを見るともっと良いものを食べさせに行ったほうがいいのではとも思ってしまうが、それでも自分の好きなものを共感してほしいのは、人間としての純粋な気持ちだろう。


(というか、雲瀬は無理かもしれないけど、アイビスも料理の良さがわかるのか?)


見た目は人間だし、声を発しているからおそらく舌もついているだろう。だが味覚というのはどうなのだろうか。人間間でさえ全く同じ感覚の人間は少ないのに、人間ではない彼女が楽しんでくれるのだろうか。


「ま、そんな時がきたらの話か」


靑詞は食べ終えた容器をビニール袋に入れ、キッチンのゴミ箱に捨てに行った。

戻ってくると元々興味も薄かったからか料理の話題は消えており、アイビスは不思議そうにパソコンを覗き込んでいた。


「アイビス、どうした?」


「なんでもないです」


そう言われても明らかにパソコンには食いついていたようには見えたのだが、何か思うところがあったのだろうか。

だけどどう聞いても素直に応えてくれる予感はしなくて、靑詞はとりあえずまた自分の話を切り出した。


「やると決めたのはいいんだけどさ。そもそも、VTuberって何をすればいいんだ?」


「そりゃあ、配信だろ?」


雲瀬の回答に靑詞は困ったように苦く笑う。


「配信って言ったって、何をすればいいかわかんねぇよ。……っていうか、配信ってどうやるんだ?」


言い出したのは靑詞ではあるが、靑詞とてそういったことに詳しいわけではない。

雲瀬達に聞いてもわからない話か、と判断した靑詞は自分の記憶を辿ってみた。


「確か、VTuberはモデリング?とか必要なんだよな。もう一人の自分を動かす技術みたいなことか……?」


自分の顎を触りながら記憶を辿るもいまいちよくわからない。


「困った時はインターネットだな」


そう言って靑詞はスリープしてあった自分のパソコンを開いた。

そしていつも通りブラウザを開くのだが、ホームページは開かれず、いつまで待っても空白のページが表示され続けていた。


「………ん?」


更新をかけてみても、ブラウザを一度落として開き直しても、パソコンを再起動してもそれは変わらなかった。他はいつも通りの自分のパソコンだと言うのに。


「仮想世界だから、か?」


疑問を解決しようとして新たな疑問が出てきてしまい、靑詞は困ったように頭を掻く。

そんな困った様子を見て雲瀬が空白のページが表示されたままのパソコンを覗き込んだ。


「……よくわからないけど、そのパソコンから配信できるんだろ?」


「ま、それはそうなんだけどさ」


色々準備しないといけないことも多そうだ、と靑詞はまたしても難しいことを後回しするように首を振った。


「これはまた時間ある時で良いや。それより、仮想世界の方だ」


配信についてはしなくても問題はないが、仮想世界を壊して回るというのはサボれば自分の命に関わってきてしまう。何よりも触れたくない話題ではあったが、そういうわけにもいかなかった。


「靑詞の言う通りだな」


雲瀬もそれを察したのかまた空気を変えてふわふわと離れていった。アイビスの細い脚に着地すると、改めてこれからについて話し始める。


「話していても不安が募るばかりだろうから、とりあえず一つの仮想世界に行ってみようか」


「………まぁ、いつかは来ることだけどさ。心の準備ってものが」


「大丈夫だって、いきなり危ないところにはいかないさ。できるだけ小さくて危険の少なそうなところに行こう」


「危険がないとは、言わないんだな」


靑詞がジト目で見つめると雲瀬もそこは誤魔化してはいけないと理解(わか)っているのか、言いにくそうにではあるが肯定した。


「仮想世界には、ホロンっていう存在がいるんだ」


「ホロン……お前らとは違うんだな」


「ええ。私たちはテラー。ホロンというのは……私たちテラーの部下みたいなもの。代わりに仮想世界を広げたり色々と行うために生み出される」


そう言われて靑詞は初めて入った仮想世界を再び思い返していた。

最初に見たゲームのモンスターのようなゴブリンが、大きなビルを作り上げているのを見たから、あれがホロンなのだろうということが、簡単に想像はできた。


「そのホロンが危険な存在なのか?」


「まぁ、そうだな。とは言ってもホロンの強さはテラーの力に依存するし、いきなり命の危機になることは、ないと思うぜ」


なぁ、と雲瀬がアイビスに話を振ると、彼女もすぐに頷いてみせた。


「それに、私が護るから。靑詞は安心すれば良い」


それでメイザスみたいな奴がいたらどうするんだ、と言いたいところではあったが、ここでウダウダ言っていてもいかなければならないのだ。その言葉は無駄になるなと判断して靑詞は言葉を飲み込んだ。


「そうそう、お前は安心してついてきな。そして人類を救う英雄になるんだよ!」


うまいこと乗せられている感覚はあったが、それでも靑詞の背中を押してくれたことに違いはなかった。


「いいか。まずは仮想世界に入ったら、どんな世界かを見極めるんだ」


「それは、核を探すためか?」


「おう、察しが良いな!その核を見つけてなんとかして壊す」


簡単だろ?と言われると靑詞も確かにな、と頷いた。

できる気がしてきた。と小さくつぶやくとアイビスが静かに立ち上がった。

ゆっくりと近づいてくる彼女にドキッとして靑詞は体をこわばらせたが、アイビスは構わず靑詞の顔に手を添えた。

ゆっくりと視界を奪うように手で目隠しをされると、彼女の手の感触がよりダイレクトに伝わってきて、靑詞は正直彼女が何をしているのかなんて思考の外に行ってしまった。


「……仮想世界に行くから、少し目を閉じていてください」


「ああ、わかった……でも目隠しは大丈夫だって」


慌てて靑詞はアイビスから距離を取る。不意打ちでこんな美少女に目隠しされても戸惑うだけだった。

自分を落ち着かせるように一度強く息を吐き出すと、靑詞はこれから自分がすることをイメージしながら静かに目を閉じた。

人類で仮想世界に行き来できるのは自分だけのはず。こんなこと世間にバレたら、想像もできない事態になってしまうだろう。だから誰にも言えない。

そんなことを考えていると、段々靑詞の意識は薄れていく。

いよいよ仮想世界に行くのだ。

どんな困難があろうとも、仮想世界は壊さなければいけない。

人類の、そして自分の身の安全のために。


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