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………で?俺は何をすればいいんだ?

この章は前回に引き続き作家金田 悠真先生に執筆をお願いしています。


「パパ!見てて見てて!」


少年は滑り台の上から楽しそうに手を振る。

身長は一メートルあるかないかで、五歳まで行かないくらいの幼児だ。

無邪気な笑顔は太陽のように晴れ晴れとしており、眼下の父親もまたそんな少年を幸せそうに見つめていた。

勢いよく滑り台に飛び込んで降りていく少年を見届け、そっと抱き上げた父親は、その小さな頭をそっと撫でる。


「陽斗は楽しそうに遊ぶね、見てるだけでパパも楽しくなるよ」


「あははっ、だってパパがいるんだもん!」


「そうかそうか……ああ。パパはいつだって、いつまでだって陽斗を見ているよ」


父親の言葉に、陽斗の楽しげな笑い声が、高い青空に吸い込まれていった。


「あ、はるとくんっ!」


そんな二人に、高い幼い声が届いた。

陽斗が声のした方向に顔を向けると、そこには陽斗と同じくらいの少女が立っていた。


小さな背中に届くほどの綺麗な黒髪が風に舞う。


「先に遊んでいるなんてずるいっ!みゆもすべりだいするの!」


活発な大声を上げながら美結(みゆ)は陽斗たちに駆け寄っていった。そしてそのまま滑り台の階段を勢いよく駆け抜け、手すりから体を乗り出した。


「はるとくん、いっしょにすべろうよ!」


小さな手を思い切り振りながら下にいる陽斗を呼ぶと、陽斗は父親を一度確認するように目をやった。

父親もまた陽斗を見つめ返すと、優しい笑顔で頷き、陽斗を地面に降ろした。

すぐに陽斗は駆け出し、また滑り台の一番上まで駆けていく。

今度は二人揃って勢いよく滑り出し、父親は幸せそうに息子とその友達の遊ぶ姿を見つめていたのだった。

二人は父親の見守る中で何度も何度も滑り台を登っては滑り降り、その度に幸せそうな笑い声をあげる。やがて飽きても次は陽斗の持ってきていた絵本を一緒に読み、それも読み終わっても何度も二人で読み返していた。

きっと目に見える全てが色鮮やかで、何もかもが楽しく思えているのだろう。


「ねぇねぇ、はるとくんはこの本のどこが好きなの?」


少女の質問に、陽斗は笑顔のままで答えた。


「えっとね、この男の子とお父さんが一緒にお母さんを探すの!そしてね、敵が出てくるんだけど、一緒にやっつけていくんだ!強くて、かっこいいの!」


「そうなんだ」


少女は陽斗の話を嬉しそうに聞いて笑っていた。


「はるとくんのお父さん強くてかっこいいもんね!」


陽斗は大好きな父親のこと、を大好きな友人に褒められて、嬉しそうに鼻を膨らませた。


「うんっ!パパはすっごく強いんだ!どんなものにも、負けないんだから!」


自慢げに語る陽斗を、父親は遠くから離れて優しく見守っている。

その瞳は息子の言うように強く、真っ直ぐなものだった。


「ぜったいパパは負けないんだ!それに、僕を悲しませるようなこともしない、世界一のパパ!」


陽斗の無邪気で絶対の信頼をしている大声が、この世界のどこまでも響き渡っていくようだった。





「………で?俺は何をすればいいんだ?」


デスクの椅子に片膝を立てて座りながら、靑詞がブスッとした声を上げる。

未だ自分の置かれた立ち位置に納得はいっていないのだろう。

だが納得はできていなくも理解はできているようで、反応のない一人と一冊にため息まじりに言葉を続けた。


「お前達が悪いわけじゃないってことはわかってるさ。むしろ、感謝した方がいいってこともな」


両手を上げて投げやりにそう言うと、アイビスが少し俯いて小さな声を返した。


「………ごめんなさい。でも、あなたのためにも」


「あいつの言いなりになれって言うんだろ?わかってるってば」


靑詞はそう言うとメイザスという恐ろしい存在を思い出して苦々しげに舌打ちをした。

圧倒的な人ならざる力で自分だけでなくアイビスと雲瀬をも圧倒したあの存在に、とてもではないが逆らえるとは思えなかった。

そんな靑詞を見て、アイビスはまた申し訳なさげに頭を下げる。


「あなたの命も大切に思ってる。それは嘘じゃない。確かに危険なことをお願いするのだけど……メイザスに逆らった方が、もっと危ない」


わかっている認めたくない現実を突きつけられて、靑詞は深い溜め息を吐き出した。


「はぁ……でもさ、言いなりになるってことは受け入れたとしても、結局俺が何をしたらいいか、全然わかってないんだけど」


このままでは何をしたらいいかもわからず、うまくできなかったからと言う理由であの恐ろしい存在に殺されてしまってもおかしくない。

せめて言いなりになったのだから見逃してほしいところだが、そうしてはくれないだろう。

不満げな声を無視するかのように雲瀬がふわりと浮かび上がってわざとらしい明るい声を出した。


「よし、じゃあまずはそこからだな!」


改めてになるがよく聞けよ、と雲瀬はまたしてもわざとらしく咳払いをした。


「今、人類自立派と共生派っていう組織があってだな。この二つは対立してるんだ」


「ああ、そこはなんとなく覚えてると。お前らが自立派なんだっけ?」


靑詞の急かすような相槌にも、アイビスは無表情で可愛らしい顔を縦に動かした。そして雲瀬の後を引き継ぐように説明を付け加える。


「そう。そしてこれからは共生派閥の作った仮想世界を壊して回ると言うこと」


「………ん?ちょっと待ってくれ」


靑詞は必死に頭の中でややこしい名前のものを整えながら、浮かんできた疑問をぶつけた。


「要は、共生派の邪魔をしろってことだよな。これって自立派にとって嬉しいこと、なんだよな?」


「嬉しいかはわからないけど……必要なことです」


「………じゃあなんで俺は脅されてるんだ?共生派の邪魔をするってことはお前らもあのメイザスとか言うやつも自立派じゃないのか?」


二つの派閥と言っていたのにそれでは説明がつかない、と靑詞は顔を顰めた。


「ん、それについてはちょっと考えないようにしてくれ。……正直、俺たちもまだわからないことが多すぎるんだ。とりあえず、メイザスはどっちの派閥でもなくて好き勝手に動いていると思ってくれ」


靑詞は腕を組みながら渋々といった様子で首を縦に動かす。


「そう言われたら頷くしかないよね……。じゃあ、話を変えようぜ」


靑詞はメイザスのことを思い出したくもなくて、すぐに話題を変えた。共生派とは、なぜあの不思議な仮想世界とやらを作っているのか。それを改めて聞いてみると、アイビスが教師のように人差し指を伸ばした。


「共生派は、人類の幸せを願っている」


「………はぁ?」


だったらなぜ邪魔をしないといけないのか。

説明が足りなさすぎて、靑詞は思わずうざったそうな声を上げてしまった。


「おいおい、アイビス。ちゃんと説明しろって」


不思議そうに首を傾げたアイビスを無視して、今度は雲瀬がアイビスの言葉を続けた。


「共生派はな、アルヴィアって奴が率いてるんだが。そいつは確かに人類の幸せを願っているのさ。でも、そのためには条件が厳しすぎるとも考えた」


「条件?」


「ああ。既に出来上がった社会基盤が世界にはあるだろう?そのシステムの中じゃあどうやっても人類全てを幸せにできないと考えて、仮想世界を思いついたんだ」


急にスケールの大きな話になり、思わず頭を抱えたくなった靑詞は想像することも難しい話だが、それでも気になることは浮かんでいた。


「仮想世界があれば、人は幸せになれるとして……なんで邪魔なんかしたいんだ?」


お前らも、メイザスも、と怪訝そうに目を細めると、雲瀬は予想よりも簡単に頷いてみせた。


「ま、結果から言うとだな。人類を全部仮想世界に送るから、この世から人間が全部いなくなるってことさ」


「な………っ⁉︎」


それのどこが幸せなんだ、と言いたくなるのを堪え、靑詞は意見を受け入れる努力を繰り返していた。


「でもさ、それだったらもう仮想世界があって、みんなそこに送られて終わりなんじゃないのか?」


「………まだ、そこまでの力はないんだろう。今は、いろんな人の深層心理を読み取って仮想世界を実験的に幾つも作って準備している段階ってところだな」


「………なるほど」


今度は、理解はできないが納得はできたようで、靑詞は難しい顔のままで頷いてみせた。


「それで、その仮想世界を壊して回るって言うのはわかったんだけど。どうやって壊せばいいんだ?」


靑詞のもっともな疑問に、雲瀬がそうだな、と肯定し、アイビスがその言葉の続きを話し始めた。


「まず、仮想世界というものの説明をするべき」


「ああ……仮想世界っていうのは、その名前の通りこの世界とは別のもので………そうだな、『靑詞』に合う説明をするならV世界って感じかな」


雲瀬は選んで言葉を並べていった。


「俺らみたいなテラーという存在がいるんだ。そのテラーが人間の記憶を読み取って作り上げたものが仮想世界だな」


「記憶を読み取る、か……じゃあ、そいつ中心の世界になるってことか?」


「中心というのは、言葉が難しいけれど」


アイビスが雲瀬の説明を引き継ぐ。


「その対象者の願望が現れることは間違いない。そうなりたい、そうしたい。こうありたいという事が仮想世界の根本になるから」


「………ん?どういうことだ?」


「例えば、野球選手の記憶を元にしたからといって、野球の世界になるわけじゃない。その人が野球で活躍したいと思っているのならば野球の世界にはなるけれど、『野球で活躍して好きなものを全て買い占めたい』と強く思っているのならばそちらが影響されることもある」


「………なるほど……?」


わかったようなわからないような、と靑詞は首を捻った。


「テラーが仮想世界を作るとき、必ず何かを核にする必要がある。それを壊せば仮想世界が壊れる」


「幅広くねぇ?」


「大丈夫。核となるのはその世界にとって一番中心となるものだから」


靑詞は理解が追いつき始めると、嫌な予感も出てき始めてしまう。恐る恐るだがその予感が勘違いであれ、と淡い期待を込めて質問を続ける。


「………今の話でさ、後者だったら多分金とかだろうからまだいいんだけどさ。もし、『野球で大活躍している俺』が中心だった場合、核はどうなんの?」


「………おそらくその場合だと、その人自身が核になるでしょうね」


「じゃあ、仮想世界を壊そうと思ったら?」


靑詞は苦く笑いながら話すが、アイビスは変わらず美しい顔のままでこともなげに首を動かした。


「簡単。その仮想人類を殺せば仮想世界が壊れる」


「………」


嫌な予感が当たってしまい、さらにはアイビスが不思議そうに見てくるので思わず顔を背けてしまう。


「大丈夫、仮想人類だから、殺しても現実に死ぬわけじゃない」


「そういう問題じゃなくてさ…」


仮想世界とはいえ、ぱっと見は現実と大差がなかった。少し前に入った仮想世界を思い出しながら靑詞は肩を落とす。

あのとき、夢だと思ったのは景色に違和感があったからだ。すれ違う人たちに違和感は感じなかった。それに、今いる自分の部屋が仮想世界だと言われているにも関わらずいつも通りの自分の部屋に思えてならない。

それくらい自然と人間に見える彼らを、殺さないといけないということだ。


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