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仮想世界


「おいおい、大丈夫か?」


「な、なんとか……」


先程できたばかりのビルの中まで、あまりに早い速度で運ばれ、ふらふらになった彼に渋い声をかけた本は「ははっ」と笑い声をあげた。


「舌噛まなかっただけ良かっただろう?」


軽口を言ってくる本という不思議な存在に返事をしようとするのだが、少女がそんな二人(?)に割って入る。


「そんなことは後で良い。貴方は本当に人間?」


「だから……それ以外の何に見えるんだって」


さっきもしたぞこのやりとり、と呆れたようにつぶやく彼に返ってくるのは、まっすぐな少女の視線であり、冗談や洒落を言っている雰囲気ではないことがすぐにわかった。


「………人間以外の選択肢があるのか?」


「仮想人類ではないかと確認している」


「………仮想人類?」


なんだその名前は、と目を細めた彼に少女は眉一つ動かさずに口だけを動かし続けた。


「テラーが作った存在。人間がこの仮想世界で意識を持つはずがないから確認した」


「て、テラー?仮想世界?」


次々と知らない単語が飛んできて混乱するのだが、少女はそんな彼の様子を察することもなく説明を続ける。


「この仮想世界はまだできたばかりだから私たちは侵入してみた。でも、予想より世界が大きく、核を確認するために「ちょ、ちょっと待ってくれって!」……どうしたの?」


こて、と軽く首を傾げた少女を可愛いとは思いつつも彼は大きく手を振った。


「本当に何もわかんない話しないでくれ……!」


「………わからない、か。それは、とても難しい」


「は、はぁ……?」


なんだか返事としてもどこかずれているし掴み所のない少女に困ってしまった彼を救ったのはまたしても本だった。


「なぁ、ちょっと落ち着いて話してやってもいいんじゃないか?こいつが嘘を言っていることもなさそうだし」


「………わかった」


助かった、と息を吐いて少し緊張を解いた彼に少女は向き直り、そして黙り込んだ。

しばらく待っても会話が始まらず、間を取り持つように本が少し明るげにふざけたような声をあげる。


「まぁいきなり何から話そうかって感じだよな。こういう時はまず自己紹介からってところだな」


「あ、あぁ。そうだな。俺は…」


「おう、知ってるぜ!靑詞だろう?」


本が上げた名前と自慢げな声色に、彼は少し困ってしまう。

あくまでそれはゲームの中やネットの世界での名前であり、彼自身の名前ではなかったからだ。

だが、こう自信満々に言われては否定するのも申し訳ないな、と悩んでいると本は機嫌良く話し始めた。


「なんで知ってるかって顔だな。……実はお前のことはずっと監視してたんだよ。どうにもこの世界に感じる力をお前からも感じるからな」


「この世界って……さっき言ってた仮想世界ってやつか?」


「ああ、そうだ。……仮想世界についての説明は必要か?」


その言葉に大きく頷いたのを見て、本はあるかもわからない喉を整えるように一度咳を払った。


「仮想世界っていうのは、その名の通りだ。現実世界じゃなく、作られた世界のことだな」


「………作られた……誰に?」


いい加減にここが夢の世界ではないんだ、と思い知らされた彼は自分の置かれた状況をしっかりと確かめる為に必要以上に突っ込まずに説明を聞くことにした。


「………テラー」


「おっと、テラーについてもこいつは知らなそうだぞ?いいか、テラーってのはこの世界やこの世界の人間を作るための存在だ。……そして、俺たちも、テラーだ」


「はぁ?……じゃあ、この世界はお前らが作ったのか?」


しっかりと区切るように言われた最後の言葉に引っかかり、慌てて言葉を挟む。

だが、本は落ち着いて彼の言葉を否定した。


「いや、違う。そもそもテラーの目的ってのは、この世界だけじゃなく様々な仮想世界を作ることにあるんだ」


「………なんで?」


身も蓋もない質問かもしれないが、どうしてもそこを流すことはできなかった。


「うん、当然そうなるよな。……その昔、アルヴィアという人工知能がいたんだ」


「人工知能だって?」


「居たんだ。いいから聴きな」


そんなもの聞いたこともないし突拍子もないという声をあげるが、本はそれをピシャリと遮った。

確かに今置かれている状況そのものが突拍子もないから、彼は聞くしかない。


「アルヴィアは、元々はある用途で作られたんだが、とてつもなく優秀でな、ある時命令が下されたんだ。「人類を幸せに導け」ってな。そしてそれを忠実に守った結果、今の状態じゃあ無理だと判断した」


「無理って……」


「だって考えてもみろよ。学校なんかにはいじめやカーストがあって、大人になっても職業や収入による格差がある。それに、何が幸せかなんて人それぞれだろ」


あっけらかんと言い放つ言葉に妙な説得力があって、彼は頷くしかなかった。


「金か名声か、それとも愛する人との生活か。思いつく幸せなんていくらでもあるだろう?その全てを叶えるわけにもいかないが、アルヴィアに託されたのは全人類の幸せだ。ある種のパラドックスになったわけだな」


かなり深く難しい話になってきて、彼は顔を顰めるのだが、本はあえてそれを認識しても無視し続けた。


「お前の幸せはなんだ?アルヴィアっていうなんでも叶えてくれる存在にお願いできるとしたら、何を願う?」


そう言われて彼はしばらく悩んだ。

ここにくる前、パソコンの前で悩んでいたのは元恋人のことだ。

もし彼女が浮気をしなかったら、それは幸せだっただろう。

でも、別れることで自覚してしまった自分自身の収入や能力の低さ。それを補ってくれるのも幸せだろう。

ふと、そこで思ってしまったのだ。

元恋人が居て、自分の欠点をそのアルヴィアというものが補ってくれたとして。

果たして彼女は幸せなのだろうか、と。

もしかしたらまた別の理由で浮気をするのかもしれない。

もしかして、浮気をするような女性よりもっと素敵な人に巡り合うことが幸せなのかもしれない。でも、それは相手にとっても幸せなのだろうか。

自分だけでなく人類の、と考えるとどうしても矛盾が生まれてしまう気がしたのだ。


「………頭は悪くないみたいだな。そう、これはいくら人口知能でも難しいんだ。でも難しいってのはあくまで今の世界を基準にしているからだ」


「………」


「それに、自分の幸せはこれだ、って言い切れるやつも少ないだろ。考えれば考えるほどわからなくなるからな」


「それは、確かに」


「そこでアルヴィアは世界から変えることにしたんだ。今の人間の肉体と、現代社会じゃ無理だと判断してな」


「それが、テラーと仮想世界にどう繋がるんだよ」


「アルヴィアは元々人間の記憶の移行の研究のために生み出されたんだ。その力を自己進化させて、人間の記憶を読み取って仮想世界を作ることが必要だと判断した。仮想世界っていうのは人間の記憶から作られているのさ」


そう言われて彼はどこか納得して頷いた。

名古屋駅やビルなんてリアリティのあるものとゴブリンなんかのファンタジー要素も、誰かの記憶から作られたと考えれば無理もない。


「人の記憶や欲望をもとにして作る仮想世界をひたすら作って、自身の演算を成長させつつ、人類の振り分けを行いたいのさ」


「振り分け?」


「幸せの最大公約数とでも言うのが合ってるのか?Aの世界で幸せになれる人は、Aの世界に、Bの世界で幸せになれる人間はBの世界にってことさ」


あまりにも規模の大きい話であるが、筋は通っている気はしてきた彼はなんとなく頷いていた。


「アルヴィアだけで作るのには手が回らないからな、一緒にそのシステムを……アルヴィア・システムを使って仮想世界を作っていくお手伝いさんが必要になったんだよ。それがテラーだ」


「…………」


そこまで聞いて、しばらくビルの中には無音の空間が広がった。

しばらくしてから、彼は気になって小さく手を上げる。


「なぁ、二ついいか?」


「二つと言わずいくらでもいいぜ」


「………ありがとうな、じゃあまず一つ。お前たちがテラーなんだろ?じゃあなんでこの仮想世界?にいるモンスターみたいなのと戦ったんだ?」


「派閥が違うから」


またしても直球すぎた少女の解答に呆れながら本はその言葉尻を拾う。


「これはかなりややこしい話になるから先にもう一つの方聞いていいか?」


「………ああ」


彼は頷いて自分の腕と体を見下ろした。

改めて見ても自分の体というよりは、靑詞の体に近かった。


「俺、元の世界に戻れるのか?」


どちらかというとこっちの方が大事な問題であった。

この世界が何かというのは興味の範囲だが、何よりもまず自分が元の生活に戻ることが必要だ。

だが、その質問にだけはすぐに回答が来ず、何やら少女と本の間で短いながらも相談が始まってしまう。


「どう?」


「………人類だったら戻せるかもな」


「私はそのシステムを使用したことがない」


「俺ならあるぜ、ちょっと手伝ってくれ」


二人の間でも共通の認識はなかったようだが答えは出たようで、少女が彼に本を向ける。

光が生まれ、彼の体を包み込み始めるが、程なくして弾かれるように消えてしまい、少女と本は揃って驚きの声をあげる。



その瞬間だった。



大きく建物が揺れ始め、少女は本と彼を掴んで壁際に飛んだのだ。


「核にテラーの干渉があったと思ったら…アイツの手下か」


そう低い声が響くと、ビルの窓から声の主が飛んでくる。

その姿はこの世界に来てから、一番の衝撃であった。

人間よりも大きな翼に、少女の腕より大きい角。

何もわからない彼が思わず唾を飲み込んでしまうほどの威圧感と恐怖を覚える姿。

まるで人型のドラゴンのような存在であった。


「ふん、それに……ん?なぜ動ける……?」


一振りで人間など千切ってしまうほどの凶悪な爪を顎に当てながらそれは疑問の声をあげる。

その隙に逃げようとした少女がまた飛ぶのだが、その行き先はいとも簡単に回りこんだ翼に遮られる。


「このオレの世界を壊しに来たか?本来ならばブチ殺してやるところだが……自立派には用があってなぁ」


驚き緊張している二人とは対照的に、余裕たっぷりで笑うのはその禍々しい姿を持った彼、メイザスだった。

一見すると隙だらけに見えるほどゆっくりと手のひらを少女の後ろに隠れている彼に向ける。


「だが、その前に邪魔なものは消し飛ばしておいてやる」


掌から、本やゴブリンとは桁違いの光が生まれ、その温度は感じずとも冷たい力に彼が恐怖を覚えるが、間に少女が立ち塞がった。


「やめなさい。彼は人類の可能性が高い。私たちテラーは人類を傷付けてはいけない」


「ふん、可能性じゃない。こいつは間違いなく人間だ」


そう言ってその恐ろしい瞳を彼に向けながらメイザスは嘲笑うように鼻を鳴らす。


「何せそいつの記憶を読んだのは、このオレだからな」


少女に言葉を返しながら、見下すような冷たい視線を向ける。


「そんなことより、まだ人類なんてくだらないものを守ろうとしているのか?お前は」


「………なっ!」


それは、少女が初めて見せた感情であった。

怒りと驚き、それらがないまぜになった視線を向けるが、メイザスは堂々と少女を見つめる。


「人類なんて助ける価値は無い。むしろ支配して管理してやるのが愚かな人類にとっては幸せだろう?」


違うか?とメイザスは男に向かっていくのだが、またしても少女が守るように立つ。

するとメイザスはそのゆったりとした歩みを止めることなく埃を相手にするかの如く手を軽く払った。

すぐに少女体が、ボールのように軽く、無慈悲に弾き飛ばされていくのを見た彼は、先程まで守ってくれていた少女があっけなく吹き飛んだことに驚き、確実に怯えていた。


「良い顔をするなぁ!もっと見てやっても良いが、それより無様に消え失せろっ!」


笑いながらそう言ってまた軽く軽く手を振ると、一瞬で男も吹き飛びビルの壁に打ちつけられてしまう。


「ぐ、あぁ……っ!」


「ふははっ!圧倒的な力の差を感じたことはなかったか?」


愉快そうに大笑いしたメイザスは、壁に打ち付けられた彼を見て満足げであった。

だが、バラバラに砕けても良い衝撃であり、間違いなく本気で放たれた攻撃にも関わらず彼の体は無事であった。


「くく、焦らしてくれるな。苦しむ姿を見せてから死んでくれるとは、随分親切だな?」


馬鹿にしたように鼻を鳴らすとメイザスは手のひらを転がっている彼に向ける。

目が眩むほどの強烈な光が瞬時に発生すると先ほどよりも激しい音を立てて彼の体は吹き飛んでいった。


「う、ああぁっ‼︎」


情け容赦の無いメイザスの一撃。

彼の好きな人の苦しむ姿では合ったが、彼が愉快そうにしていたのはほんの一瞬。

すぐに自分の顎に手をやり、ぶつぶつと何やらを考え始めた。


「………ふむ。手足を吹き飛ばしたつもりだったが?………ああ、なるほど。この世界を構築した時か……?」


痛みに悶えながらも五体が無事な男を見てしばらく一人で呟いていたメイザスだったが、忌々しげに舌打ちをして三度(みたび)男に手のひらを向ける。

そしてそれにまた立ち塞がったのは起きてすぐ弾丸のように飛び出してきた少女だった。


「待ちなさい」


「俺たちに用があるんだろう⁉︎俺たちと………自立派と手が組みたいわけじゃないのか⁉︎」


「………ほう?」


感心したように頷き、メイザスは面白そうな視線を一人と一冊に向ける。


「さっきのお前の言葉は明らかにボスの思想に反している!いや、潜在的に敵対してるんだ!だけど、いくら強くても自分一人では数の暴力に勝てない、違うか⁉︎」


「………ふん、聡いな。だったら俺の言いたいことはわかるな?」


「断る」


少女がその先を言わせないように口を挟み、明らかに敵対している鋭い視線を向けるのだが、本は焦ったようにまた二人を遮った。


「待て!手を組もう……でないとここで皆殺しだ」


本は少女を説得するように声を掛ける。

しばらくは認めずに鋭い視線を向けつづけたのだが、やがて諦めたように首を振って目を閉じた。


「戦う相手も同じだ。それに靑詞の身体を守のが優先だ……違うか?」


「…………くっ」


悔しそうな声を出すが先程までの威圧感も消え、メイザスは頷いた。


「………話はついたか、雑魚ども」


そう言って少女の隣を歩いていくと、痛みが少し引いてきた男の頭を掴んで人形のように乱暴に持ち上げた。


「………ぐ、ぅ………!」


「今は、殺さないでおいてやろう。このオレのために、せいぜい尽くすことだ」


そう言ってメイザスは窓の外に彼の身体を投げ捨てる。


「う、うわぁぁっ!」


愉快そうに仰け反って笑うメイザスの姿は、自分の身体を包んでいく光で見えなくなっていった。






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