マジで、どんな夢だよ……
本当に自分が存在しているのか、と不安を覚えた彼は、ゴブリンを目を合わせたまま舌打ちを一つ。
そして見られたままで思い切りスライムを蹴り飛ばして消失させた。
その瞬間だった。
「ギィィッ‼︎」
「っ⁉︎」
声にならない奇声を発し、ゴブリン達は彼を睨みつける。
その奇声は列の全てのゴブリンへと共鳴していき、思わずその異様な光景に彼は後ずさった。
「は、はぁ………?なんだよ」
冷や汗を垂らしながら彼は振り返って離れようとすると、後ろには他のスライムと人間達が見える。
その存在達は一様に彼を睨みつけており、明らかな敵意が感じられた。
「さっきまで無関心だったくせに……なんだよっ‼︎」
彼の怒りの声を聞いたことがきっかけとばかりにスライムはさっきまでの動きとは全く違う俊敏な動きで動き出し、人間達も彼を睨みつけたまま走り始めた。
追われたら逃げてしまうのは動物としての本能だろうか。
彼はさらに90度振り向いて走り始めた。
後ろから奇声と足音が響き、自分が間違いなく追われていることに焦りながら、運動し慣れていない足に力を込め直す。
彼がまた違和感を感じたのは、すぐだった。
ゴブリンやスライムのことはともかく、人間達は比較的普通の速度で追いかけてくる。
自分も走ったらそれくらいの速度だろう、と思えるくらいだ。
だが、彼らとの距離はぐんぐん空いて行くのだ。
「な、速……っ‼︎」
それは自分への言葉だった。
ちょっと力を入れればどんどん歩幅は大きくなり、まるで飛んでいるかのように一歩で数メートルを移動し、ゲームかのように自分の速度は上がっていった。
「は、はは……っ、速いぞ……‼︎」
走って逃げながら、彼は目の前にあった岩を見た。
そしてなんとなく今なら大丈夫だと思い切り地面を蹴り飛ばす。
彼の想像した通り、彼の体は羽のように軽く舞い上がり、数メートルはある岩の上に一歩で飛び移った。
怖がりながらも追ってから隠れるように岩の反対側に飛び降りてみると、何の痛みもなく着地することができた。
「本当に、なんなんだよ………」
自分に対しての言葉でもあり、また自分の周りに広がった光景に対してもだった。
岩から飛び降りた彼を待ち受けるように警官が集まってきており、皆機械のように統率の取れた動きで拳銃を構えた。
「一体俺は、ああぁぁっ⁉︎」
また独り言を言おうとした瞬間、警官は一斉に発砲音を響かせた。
慌ててまた地面を蹴り飛ばした彼は横に飛び避けるのだが、また一斉に銃口が彼に向けられる。
流石に恐怖が襲ってきてどうするのかと焦っていると、そんな彼の気持ちとは対照的な言葉が響いた。
「いたぜ〜〜」
「な、んだ?」
声の響いてきた上に顔を向けると、視界の先でやけに健康的な太ももが広がっていた。
勢いよく彼の目の前に降り立ったその姿の太ももから顔に視線を動かすと、雪のように綺麗な白髪を風に揺らす、どう見ても美少女が立っていた。
その美少女は手に持っていた大きな本を持ち上げると彼に見せるように掲げた。
「間違いない、こいつだ」
その本から響いた少し低い色気のある声は、先ほど響いてきた声だった。
本から声が響いてきたことも違和感の塊ではあったが、立て続けに現実味のないことが起こり続けて麻痺した彼は、もう当然のように受け入れ始めていた。
美少女と目を合わせたまま、彼は緊張感を途切れさせずに目を細めた。
すると、その少女が小さく息を吸って鈴を転がすような綺麗な声を響かせる。
「人間?」
「………他の何に見えるんだよ」
「………」
嫌味のような言葉に少女が答えを探しているのか黙っていると、彼の視界の先でまた警官が統率を取って拳銃を構えたのが見えた。
危ない、と叫ぼうとするのだが、その前に少女に抱えられ飛ばれてしまう。
岩陰に飛んで逃げた少女は彼をそこに隠すように押し込み、持っていた本を腰につけていたベルトに留める。
ゆっくりと立ち上がると、彼に背中を向けてまた飛んでいった彼女の行動が理解できずに、彼は岩陰から頭だけを覗かせて様子を伺う。
「はぁ………っ⁉︎」
思わず声を上げて身を乗り出してしまうが、岩に銃弾が打ち込まれて慌てて身を隠す。
視界の先は、流石に彼の想像のはるか上を行っており、違和感に慣れたものの声を上げずにはいられなかった。
先程まで機械のように統率の取れていた警官達は、その中心に飛び込んだ少女に慌てふためいており、その統率は見る影もない。
同士討ちになるからか拳銃を構えず拳や足をおおよそ少女に向けて出すものではない威力で繰り出すのだが、少女はその全てを軽々と躱していく。
綺麗な顔を狙う拳は身を屈んで躱し、程よく肉付きながらも細い腹を狙う蹴りは簡単に足の裏で受け止める。
悉くを避けながらも、少女もまた細い脚を鞭のように振り回していった。
風を切る音だけを響かせ警官の首に的確に打ち込まれ、そのまま地面に吸い込まれたように崩れ落ちる。
その隙を狙って放たれた拳を見ずに頭を逸らして避けると、そのままバク転をするように脚を警官の頭頂部に叩き落とす。
警官の背中を蹴ってふわりと距離をとった少女は、殺伐とした中でも美しいものがあった。
とはいえ、広がっているのは一方的な蹂躙。
次々警官が吹き飛ばされ、崩れ落ちていく光景を見て、彼は少しだけ岩陰に隠れ直した。
「すっご……」
少しだが確実に感じている恐怖を独り言に変換させていると、その意識の先である少女が警官の顔を思い切り蹴り飛ばし、その勢いのまま自分の元へ飛んできたものだから、彼は思わず尻餅をついてしまった。
「敵が多い。離脱する」
「キリがないからなっ!よ〜く掴まっときな!」
「な、なぁっ………‼︎」
彼が返事をして身構えるのを待つ前に、少女は大の男である体を軽々と持ち上げ、先程までの動きよりさらに凄い身体能力を発揮し、ミサイルのようにその場を飛んでいった。