人生に献杯!
弟に縁切りを申し出られたんだが!?
「――すまない、姉さん。でももう限界なんだ。さようなら」
そう言って5つ下のこの世で一番可愛い弟は、私の元を去っていった。
泣いて縋ることもできたのだけれど、それをしないだけの良識は弁えていたと思いたい。
――何故なら私は、汚らわしい売春婦であり、人類の裏切り者であるのだから。
………………
西暦2020年。突如現れた人間の上位種、ヴァンパイアが瞬く間に地球を支配した。
その猛攻たるや凄まじいもので、人類は半数が死滅したと言われている。
生き残った人間たちは、彼らが支配する領土、通称“荘園”で細々と暮らすことを許されているのみだ。
私はその時小学生で、世界の変貌ぶりを、弟と手を繋ぎながら、ただじっと見つめていた。
二人だけの姉弟だった。特に両親が死んでからは、二人きりの家族だった。
たとえどんな手を使ってでも、弟だけは守りたいと考えた私は、ヴァンパイアの住む屋敷で働くことにした。
地球上で最も優れた生命体を自称する彼らは、基本的に労働を好まない。
そのため、彼らの身の回りの世話や生活の管理は人類の仕事になる。
それは、長年に渡る戦争のせいで中世に逆戻りしたような生活を強いられる中、恵まれた生活が保障されるのと同時に、人類の仇の足を舐めて過ごす人生を選んだことを意味する。
(その中でも、取り分け私は酷い立場だけどね)
ヴァンパイアのために働く人間。
中でも最も贅沢な生活を送り、他の人間たちとは扱いすら違うときもある。
その代わり、同族から向けられる視線は侮蔑にまみれ、背負う罪は何より重いだろう。
「“ マリ様”。旦那様がお呼びです」
「――今、参ります」
私は、そのヴァンパイアの愛人である。
又の名を、ペットとも言う。
………………
「……まあ、良く考えても、こんな姉と縁を切りたいと思うのは当然のことだわね」
むしろ、そんな良識のある子に育ってくれたことに喜ぶべきだろうか?
両親亡きあと、育て上げたとはいえ、決して褒められた姉ではないのだ。
寂しくはあるけれど、ここは素直に成長を喜ぶべきだろう。
「なーんて、自分を誤魔化したところで、虚しくなるだけだわね」
自室のベッドに寝っ転がりながら、横の戸棚に手を伸ばして、一番下の引き出しを開ける。
仕舞われているのは鍵付きのオルゴール。
この中に、私がここ数年で貯めたお金が入っている。
「……ぶっちゃけ、多分そろそろ飽きられるはずなんだよなぁ」
花の命はなんとやら、幸運に恵まれた自覚はあるのだ。
良い機会だ。そろそろ、自分のことも考えないと。
「人生、再スタート切りますか」