《アザミ祭り》の体現者
「で、お前らは騒ぎを起こした挙げ句、肝心なものは目撃できなかったのか」
その日の晩、師団長のもとへブルックベア侯爵邸での出来事の報告書を提出しにいったのだが、案の定、それを読み終えたジーノ団長は頭を抱える。
「なんのために違和感のないお前らを行かせんだと思ってるのか!? お前ら以外に適任者がいないからだろ! それなのに任務を放り投げて、個人的な喧嘩を売るとはお前ら子供か!?」
「それは俺の責任です。彼女はむしろ喧嘩を売られた側なので、被害者ですが」
「屁理屈こねるんじゃない! 連帯責任だ、連・帯・責・任! ああ、もう!! お前らに行かせるんじゃなかったよ!」
たしかに現場を踏みこむわけではなく、ただ事前に不審者を洗いだすという調査とはいえ、少年少女の闇オークションに関わるきわめて重要な任務だった。それにもかかわらず立派なドレスを着させられて、浮かれていた自分もいたとパメラは反省した。
しかし、パーティー会場での光景を思いだしていた彼女はふとあることに気づいた。
「あの、私、見ました」
「なにをだ?」
「だから、不審かどうかはわかりませんが、しゃべっているブルックベア侯爵の後ろで、そっと部屋を出ていく人たちを」
そういえばあのとき、ブルックベア侯爵がホールに入ってきたとき、入れ違いになるようにして数人出ていったのをパメラは憶えていた。そのことにジーノ団長のみならず、レオンも驚いていた。
「名前はわかりませんが、特徴ある方々だったんで箇条書きにしておきますね」
「ああ、頼む」
そう言って、彼女は団長が使っている机にあったメモ用紙に何人かの特徴を書いていった。
「お前、記憶力はいいんだな」
「もしかして、今頃、団長は気づいたんですか?」
つらつらと書き進めていく様に、感心するジーノ団長。
「それとこちらは関係あるか本当にわかりませんが、この二人も気づいたら消えていました」
最後にパメラが書いた二人の名前を見たレオンは苦笑する。もう彼女は割りきったようだ。そこには“ベルナルド・シリックス侯爵”と“カーティア・ベラモンド伯爵令嬢”と書かれており、彼女がきっぱりと彼らのことを決別できたことに安堵した。
その書かれたメモ用紙を呼んだジーノ団長はただ、そうかと呟いた。仮にも伯爵でもある彼は社交界の事情にも通じているからパメラの事情だって知っているし、こうやって書いたパメラの心情だって慮れるだろう。
「今日はありがとうございました」
「待て」
ジーノ団長の執務室を出たパメラはレオンに頭を下げて官舎に戻ろうとしたが、勢いよく腕をつかまれ、引き寄せられた。
「まだなにかありますか?」
ブルックベア侯爵邸で言われたことを思いだしてしまったパメラはまさかと思うが、すぐに心の中で否定する。あの騒動以来、どこか彼の態度がよそよそしかった。
だからもう彼のことはただの相方なのだと思っていたのだが、それにしては彼がつかむ手からは今まで以上の温もりが伝わってきた。それになんだか自分を見つめる眼差しが妙に艶っぽいとパメラは感じる。
「出かけるから、一緒に来てくれ」
「はぁ」
そう言うや否や、速足で歩きだした。パメラは必死になって彼の後を追いかけるが、さすがは男女の差がある。
息を切らしたパメラがこれ以上速くは無理です!と叫ぶと、レオンは立ち止まり、彼女の方に近づいてきて、いきなり彼女を横向きに抱きかかえる。
「ちょ、レオン様、なにやってるんですか!?」
「一番速く歩ける方法だ」
「いやいや、そういう問題じゃないと思いますが! というか、人目!」
「気にするな」
「無理ですぅ!!」
抱きかかえたまま全速力で歩くレオンにしがみつくパメラ。
一応遅い時間とはいえ、騎士団の本部があるのは王宮内である。まだそれなりに人は残っていて、ときどきすれ違う人の視線をすごく痛く感じる。
パメラが下ろされたのは、重厚な扉の前だった。
少しだけしわになってしまったスカートをレオンはそっと直し、ここがどこだかわかってしまった彼女の手を優しく握りしめる。
「大丈夫だ、心配するな」
警備にあたっている近衛騎士たちは二人の素性を問うこともなく、敬礼して扉を開け、中に通した。
深く赤い絨毯が敷き詰められた廊下を進んでいくと、豪華なガラス細工が置かれている部屋にたどり着いた。緊張しているパメラは気づくことがなかったが、ここで使用されているろうそくの一本一本にまで彫りが施されており、その加減によって光が調整されている。
「ようやくきたね」
「仕方がなかったんだよ。あのジジイに捕まらなければもうちょっと早くこれたんだが」
部屋の中にはこの間カーティアと会ったロレンツォ王太子とその妻、アイリスがいた。会って早々に軽口を叩きあう姿はやはり血縁の近さを感じさせるものがある。
「で、彼女、フォスディ子爵令嬢との婚約を認めてほしいということでよかったんだっけ」
「婚約ではなく結婚ですが、おおむね間違ってはいません」
王太子の言葉に部分否定するレオン。
パメラはそのどちらの言葉にも驚いて、どういうことですか!?とレオンを問い詰める。
「おや、まだ彼女には言っていなかったのかい?」
ロレンツォ王太子はクスクスと笑い、レオンは押し黙る。
「レオンはね、君のことがずっと好きだったんだよ、フォスディ子爵令嬢」
「ごめんなさい、聞き間違いですよね」
「いいや、聞き間違いじゃないよ」
暴露されたレオンの本音にパメラは全速力で否定する。
まさか“女性が苦手”だと公言していた本人がパメラのことを好きだなんて嘘に決まっている。王太子の前だろうが、身振り手振りを駆使してしまう。
しかし、黙り続けている本人に代わって説明する王太子の目は非常に無邪気だった。
「こいつはね、君が六年前に騎士団に入団したときから、ずっと君のことを追っかけていたんだよ」
「……――はぁ!? どこで私の姿なんか見るときあったんですか」
しかもペアを組んでからの話ではなく、彼女が騎士団に入ったときからのことらしい。
とんでもない事実にパメラは目をひん剥いて隣を見ると、隣の獅子はまだ、勇気がないらしく、そっぽを向いている。
「王立騎士団も近衛騎士団も入団時に王太子から証書を手渡されるだろ? そのときに君が受け取る姿を見て、一目惚れしちゃったらしいんだよね」
「殿下、なんだか、あの二人を思いだしませんかぁ?」
「まったくだよ。完全にコジモとレオノーラそのものだよ」
なんでそこで騎士団長と第一師団長の名前が出てくるのかと思って尋ねると、彼らもレオンみたいに拗らせやがってなと苦笑いが返ってきた。
「ま、あとは二人できちんと話し合ってね。僕たちはいつでも書類にサインするつもりだから」
ロレンツォ王太子はアイリス妃を連れて部屋を後にした。
二人きりになり、パメラは先ほどの言葉の真偽を確かめると、微かな頷きが返ってくる。
「いつかは言わなければと思っていたが、なかなかお前の気持ちをたしかめられずにいた。それでこうやって強引な手段を取ってしまった」
「じゃあ、殿下が話されていたことはすべて本当……?」
「と、当然だ。そうじゃなきゃ、こうやって結婚を申し込むなんていうことはできない」
レオンはパメラの頤をそっと持ちあげる。
最初は怖いと思ってしまった深い青色の瞳も、今では怖くない。
吸いこまれそうになったが、なんとかこらえて質問する。
「じゃあ、“女性が苦手”っていうのは……」
「あれは方便だ」
「方便?」
彼女の問いかけに少し不安げに揺れる瞳だったが、今度はパメラがしっかりとレオンを抱く。
「一言で言えば女性除けだ。正確に言うと、お前以外のな」
レオンの返答にパメラは驚いた。
「そもそもロレンツォの従弟というだけで群がってくる女は多くてかなわなかったから、嘘が本当になってしまったんだがな」
「じゃあ、なんで私は大丈夫だったんですか?」
「わからない。けれどお前はそもそも男を避けるようにしていただろ? だからなのかはわからないが、最初から同じ女性という人種で見ることは一切できなかった」
無意識に接していたのかもしれないが、それでも彼の接し方に救われたパメラ。
改めて彼に感謝する。
「私こそありがとうございました。絶対にレオン様がいなかったらまだまだ結婚とか婚約とか考えることはできなかったので、私でよければ結婚してください」
直接彼に求婚されたわけではないが、それでも先ほどの王太子とのやり取りに対する返事をパメラがすると、まさかこの場で返答をもらえるとは思わなかったレオンは、すっごくかわいいんだがと呟いた。
「ロレンツォ、そこにいるんだろ! 話はまとまった。手続きを頼む」
「はいはい」
「承知ですぅ」
レオンの叫びに話を聞いていたのか、先ほど以上ににこやかな王太子夫妻がなにやら書類を複数枚持って出てきたし、後ろから数人、宗教関係の役人がついてきた。
「じゃ、後はここにお前らのサインだけだ」
「手際が良すぎるだろ」
「お前が遅いだけだ」
羽ペンを借りレオンとパメラ、それぞれの名前を書いた。
「ほい、これで結婚成立だ。これ以降の異議申し立てはだれがなんと言おうとも認めん」
「大丈夫だ」
書類を後ろに立っていた宗教関係者に渡した王太子が宣言する。
簡素な結婚式だったけれども、十分満足のいくものだった。
「今更だが、お前の両親に挨拶に行かなくてよかったかな」
もう今日は遅いから泊って行けと、国賓が泊まる部屋に案内された二人。
湯あみを終え、ベッドに入ろうとしたときにレオンに尋ねられたが、パメラは大丈夫ですよと笑う。
「うちの両親ももう遠い船出をしちゃってるんで。今度の休日に一緒に挨拶に行きましょう」
「そうか、そうだな」
目を閉じた彼女におやすみと言って、レオンも同じシーツに入る。
ずっと目で追っていた女性がようやく隣に来た。この幸せは手放せない、かけがえのない大切なもの。今年の《アザミ祭り》では一緒にいることができなかったけれども、まさしく彼女は“アザミの精”だと思った。彼女がいなければ、自分はだれとも結婚するつもりはなかったのだから。
温かいぬくもりのそばで、レオンは決して手放すまいと固く誓った。





