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意識の底にあるもの

 パメラが目を覚ましたとき、見慣れた部屋の天井ではなかった。


「あれ、ここ、どこ?」


 体が重く、思うように手が動かせない。

 手探りでしっかりと力をかけられる場所を探し、なんとかして起きあがったのはいいものの、頭が妙にズキズキする。

 なんだか記憶が抜けている気がする……――


「起きたか」


 考えを巡らせているとき、聞き慣れた声が聞こえてきた。


「え、なんで?」


 金色の鬣のような髪の毛に冷たいターコイズブルーの瞳。

 なんでレオン・ボルツィンがここにいるのだろうかと疑問に思ったが、ふわりと漂った香りで昨日の晩になにがあったのか、彼がそこにいる理由をなんとなく察することができた。


「昨日はありがとうございました」

「なにもなくてよかった」


 そう言って、彼女の頭をポンポンと叩くレオン。

 どうやら彼は昨日の晩、酔い潰れて動けなかった彼女をあの青年たちから救ってくれ、そして自分の部屋に泊めてくれたらしい。

 でも、どうして彼がパメラがあの酒場にいるのを知ったのかとか、どうしてパメラを助けて自分の部屋に泊めたのか理解できなかった。

 ユディト皇女と婚約している、もしくはするのならば、自分なんて邪魔なはずなのに。


「俺がいない間、訓練に身が入っていなかったらしいな」


 水を飲み干し、果物を頬張ったあとレオンに尋ねられた。

 まさか本人から質問されるとは思わなかったから、どう返答すべきか迷ってしまう。


「いや、俺のせいだな。すまなかった」


 しかし、レオンはゆっくりと髪の毛を掻きあげて、頭を下げる。一応、自覚はあったらしい。


「とりあえず今話せることだけしておくと、多分、お前が考えていることは間違っている」

「それは、どういうことでしょうか」

「俺とユディト皇女の間に婚約話なんて存在しないということだ」


 彼の言葉にえ?とポカンとしてしまったパメラ。


「本当はベルガン騎士団長が相手する予定だったんだが、向こうからの指示で俺に回されたんだ」


 それとどう婚約をしていないというところにつながってくるのだろうか。

 いや、むしろそれは向こうから婚約してくれという命令なのではと思ってしまったが、レオンの言葉には続きがあった。


「なんでユディト皇女が俺を指名したのかというところだが、単純な話だ。昔、まだ俺が王族籍だったときにロレンツォと一緒にあいつの賭けにのせられた。その賭けに負けたのを覚えていやがったんだよ」


『ロレンツォとレオン、どちらが足が速いのかしら? 厩舎からここまで競走して、負けたほうには今度(わたくし)が王国へ来たときのエスコートを頼みましょう』

 その内容に思わずパメラは目を瞬いてしまった。

 さすがは王族たち。

 賭ける内容が庶民のそれではない。


「ちなみにユディト皇女はもう既婚者だ。なのにまだ子どものころの約束なんて覚えていやがって」


 おかげであの女狐の旦那にめちゃくちゃ睨まれたよと唸るレオン。

 彼も大変な状態だったらしい。


「じゃあ、あの《アザミ祭り》のときは……――?」

「あれを見ていたのか」


 ばつが悪そうに頬を掻くレオン。

 どうやら彼にとっても思いだしたくない記憶らしい。


「あれもそうだ。ユディト皇女に仕方なくエスコートを強請られて、あんな恥ずかしい格好させられたんだよ」

「なる、ほど……?」


 あれが恥ずかしい格好なのかパメラには判断できなかったが、それもユディト皇女の指示だったらしい。


「俺としては……なんでもない」


 なにか言いたそうにしていたが、結局言うのをやめたレオン。パメラはその続きが気になったけれど、今は無理に聞かないことにした。


「さて。こんなところで俺の話は終わりだ。とりあえず今日はパメラも俺も休みをもらってあるから、ちょっくら街へ行くか」


 そう言って、ほいと女性ものの服を渡される。

 広げてみると、パメラの髪色と同じような柔らかいクリーム色のワンピースだった。シンプルなデザインだけれど、彼女でも高級な生地だとわかるくらいには触り心地がよかった。


「なんでこんなものを?」


 女性の姿をすること自体嫌だったはずのレオン。

 なのに、なんでこんなものを手渡してきたのか理解できなかったパメラは首を傾げるが、レオンは顔を少し赤らめて、まあ、ちょっとぐらいならば我慢するからとだけしか言わなかった。

 彼は着替えたらすぐ行くぞと言って、部屋から出ていった。


 ベッドから立ち上がったパメラは外を覗き、そこがどこかなのかを確認すると驚いた。彼女がいたのは彼女が住んでいるところの裏手であり、すなわち騎士団の官舎だった。どうやら元王族とはいえ、パメラの部屋とあまり広さは変わらなさそうだから、特別扱いされていないようだ。

 渡されたワンピースに着替えて部屋から出ると、レオンももう出かける準備ができていた。ちょこんと女性ものの帽子を被せられて、一緒に部屋を出る。


「お前は休日、出かけることが多いのか」

「よくかどうかはわかりませんが、出かけるのは好きです。お給料の大半は実家に仕送りしてしまうのでほとんど手元に残りませんが、それでも可愛いものを見にいくのは好きなので、ときどき雑貨屋さんとかに行ってしまうんです」

「そうか」


 きちんとパメラの手を取り、危険なところを守り、歩調を合わせるその完璧なエスコートをするレオンの姿は、彼女にとって本当の王子様だった。

 やがてレオンは一つの古びた店の前で止まる。


「ここって、ダマスス翁のフェアリーゼ武具屋じゃないですか!?」


 そこには騎士団の中でももっとも有名な武具屋の名前が看板に書かれていた。

 パメラはせっかくこんなところに来るんだったら、いつも通り男装のままがよかったのではないかと焦ったが、大丈夫だと言って入っていく。

 中には受付嬢が座っていて、なにか帳簿を書いていた。


「こんにちは。四刻(よつどき)に予約してあるボルツィンです。ちょっと早いですが、よろしいでしょうか?」

「ええ、閣下の来訪ならば翁も喜びますわ」


 受付嬢は嬉しいと言いつつも、ピクリとも眉を動かさない。

 立ちあがり奥に入っていくのを見送ったパメラはなにをしにきたかと問うと、お前に合う武具を見にきたんだと言われた。


「これはボルツィンのおぼっちゃま。近頃はお酒もやめられたようで、皆さま心配しておりましたぞ。さてはそこのお嬢様のためのものですな」

「そうだ……みんなには余計なお世話だと伝えておいてくれ」


 出てきたダマスス翁はどう見ても浮浪者の風貌だったが、レオンと気安く話しながらも、彼の目的がパメラであることを見抜いたことから、タダモノではないことが窺い知れた。


「なるほどぉ。ボルツィンぼっちゃまが仕込まれたいとなると、まずは軽さ、そして身につけやすさ、そして、ぼっちゃまと対になるようなものがよろしいんですね」

「……最後のは余計だ」

「だったら、ベルガン騎士団長の対にしますぞ」

「ダメだ」

「では、ぼっちゃまの対になるものでよろしいですね」

「……――頼む」


 どうやらパメラの持つ武具を新調しにきてくれたようだ。

 けれど、今、彼女は新調する余裕なんてない。

 欲しかった銀食器のために貯金していて、あと少しでそれに手が届くのだ。


「待ってください。レオン様、私は今、新しい武具に支払えるお金がないんです。だから、こうして連れてきていただくのは嬉しいんですが、今回は見るだけで」


 パメラの断り文句の途中でレオンは遮って、気にするなと言う。


「そもそもお前はお古の武具を使っているだろう。それにちょっと調べさせてもらったが、申し訳ないが、お前が通っている西端の武具屋はかなり質が悪いうえ、女性のお前にボッタクリしてるぞ。だったら多少の出費は痛いが、ここなら安心したものが買える」


 彼はいつのまにか、パメラの通う武具屋について調べあげていたらしい。


「とりあえず今回はよく使う鎌型剣(ファルシオン)を作ってもらえ。金のことは気にするな」

「しかし……!!」

「なんと、気前のいいぼっちゃまでありますぞ」


 レオンが支払ってくれるのにパメラは気が引けたが、ダマスス翁ももうその気でいる。あれよこれよという間に奥に連れていかれてしまった。

 最初に体型測定を、そして素材選びを行う。

 王都一の武具屋というだけあって、いつもの武具屋とはなにもかもがまったく違っていた。


「これで終わりじゃな。月末あたりには完成するから、また休日に取りにおいで」


 一刻ほどさまざまな測定を終えたパメラに、ニッコリとダマスス翁は言う。

 最後までオーダーメイドなので、本当に自分に合ったものになるのだろうと、パメラは今の段階から楽しみになった。



「私なんかのために、ありがとうございました」


 武具屋から十分くらい歩いたところにあるカフェに入ったあと、パメラはさっそくレオンに頭を下げた。


「構わない……というか、詫びだから気にするな」

「詫びですか?」

「ああ。つまらない心配させたからな」


 どうやら最初からパメラにプレゼントするつもりで、ダマスス翁のところへ連れてきてくれたらしい。


「それはそうと、“私なんか”って言うな」

「はい?」

「お前は十分に実力はある。ただそうやって卑下した気持ちをもってるから発揮できないんだ」

「えっ?」

「あまりこういう言い方はよくないのかもしれないが、多分、お前は第二師団にいるよりも第四師団にいたほうが活躍できそうだ」

「はぁ」


 突然言われたことにポカンとしてしまったパメラ。


「なんだか男というものに一歩引いているんじゃないか?」

「……そうかもしれません」


 レオンの指摘はもっともだった。

 最初に組むはずだった人は捕まるわ、次に組んだ人にもいじめられた挙げ句、冤罪を被せられそうになるわ、そして婚約者にも振られるわと男性というものに対して、恐怖のようになってる。

 だから、自分の中ではしっかりとしているつもりでも、実際にはそうではなく、殻に閉じこもっていたみたいだ。


「俺が言うのもなんだが、今度かけあってみようか?」

「はい?」

「いや、それこそ俺は王太子でも動かせる。だから、第四師団に異動できないか、上にかけあってみようか?」


 どうやら男性に恐怖を抱いているパメラのためにかけあってくれるらしい。王妃以外の女性王族の警護を担当する女性騎士だけの第四師団への異動を提案してくれた。

 けれど、彼女も頷くことができなかった。


「いえ、このままで問題ありません。私はきっと、この呪縛を乗り越えなきゃダメなんだと思います」

「そうか。もしどうしても辛ければ、また相談してくれ」

「はい」


 ちょっとだけでも笑おう。

 そう口角を上げたパメラは少しぎこちない笑みになっていたが、あえてレオンはそれを指摘しなかった。


 そのあとも雑貨屋や古本屋、八百屋を二人で冷やかしながら歩いた。

 




「昨日の晩から今日、いろいろありがとうございました。このワンピース、洗って返させていただきますね。それと、今度はなにかお礼をさせてください」


 夕暮れ時。官舎前に着いたパメラはレオンに頭を下げた。

 昨日の晩に助けてもらって以来、自分はされっぱなしだった。だからなにかできないかとパメラは言ったのだが、レオンは首を横に振る。


「いや、その服はお前のために作ら……もらったものだ。だから、そのまま持っていてくれ。それに俺のためになにかしようと思わなくていい。その代わりと言ってはアレだが、もしよければときどきその姿を見せてくれないか」

「あ、はい……? わかりました?」


 頭を撫でながらそっと小声で言われたことに、顔を赤らめるパメラ。

 理由はいまいちよくわからなかったけれど、すごく胸の奥にじんわりときたものがあった。

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