《アザミ祭り》
そんな思いを打ち砕かれたのは木通月に開かれた《アザミ祭り》だった。
《アザミ祭り》は恋人の祭りという別名を持ち、国王の生誕祭、王位継承第一位である王子の生誕祭、そして建国祭に次ぐ、格式の高い祭りの一つだ。
パメラは子爵令嬢であるが、参加義務はない。恋人や婚約者がいれば、そのための祭りなので参加することに意義があるが、婚約破棄されたばかりの彼女にはその必要はない。だからこれまで通り、騎士団の一人として参加していた彼女はほかの面々とともに第二師団の緋色の隊服をきっちり着こんで警備にあたっていた。
「そういえば、騎士団長と第一師団長もこの祭りで告白したらしいぜ」
「へぇ、そうなんだ。じゃ、俺もマルティーナに告白しよっかな?」
「あのマルティーナちゃんに!! お前じゃ無理無理。俺の方がワンチャンあるかもな」
「なんでだよ!」
「知ってるか……」
同僚たちののんきな声を聴いて、いいなぁと思わずため息を漏らしてしまうパメラ。
もちろん自分だって結婚願望がないわけではない。
だけれども、まさか元婚約者が次に婚約した相手が自分の幼馴染だと考えると、結婚しようという気持ちさえ起きない。
同僚たちの声がぼんやりとしか耳に入らなくなったパメラはそっと西の庭園を見てしまう。よく夜会や舞踏会で恋人たちが人目を忍んで会うところで、今日もだれか来るだろうかと好奇心半分でそこを眺めていた。
すると案の定、そこに人がやってきたので、すっと気配を消した。
しかし、それはきれいに着飾ったカーティアと、その婚約者でパメラの元婚約者であるシリックス侯爵だった。遠目から見ても綺麗な姿の幼馴染と見目麗しい近衛騎士。だれがどう見ても理想のカップルじゃないかと、パメラだって理解している。けれどもやっぱり見たくはない。
二人がイチャつくところなんて見たくもないから、すぐにその場を離れて、王宮の周りをブラリと歩くことにした。どうせ自分は警備担当なんだから、王宮内だったらどこにいようと問題ないだろう。
できる限りなにも考えないようにして歩いていたら、大広間と王族居住エリアの境目に来てしまっていた。ここから先は一介の騎士が入ってはいけない場所だ。そう思って踵を返そうとしたとき、見覚えのある男性がいることに気づいた。
「あ、レオン。どうしてこ……?」
彼は隊服ではなく、貴族らしい盛装だった。
たしかにロレンツォ王太子の親戚だし、事前に警備に参加できない旨をジーノ団長に伝えていたことをレーナも見ていたので、それ自体はなんら違和感はない。
しかし、きちんと声をかけられなかったのは、彼がにこやかだったから。それも苦手なはずの女性に対して。銀色の巻き髪が可愛らしい彼女の手を恭しくとり、そっと口づけをする。
女性が苦手だというのは、方便なのだろうか。
この間から見せてくれた優しい姿は自分だけの特権ではなかったのか。
カーティアたちを見かけたときよりも胸が苦しくなったパメラは、音を立てないようにそっと離れて本来の持ち場に戻った。
「おい、パメラ。目が赤いけど、大丈夫か?」
ちょうど休憩しようとしていた第二師団の仲間の一人にそう指摘された彼女は、どうやら自分が泣いていたことに気づいたが、首を横に振る。
「うん、大丈夫。さっき転んじゃったときに土埃が目に入っちゃったみたいで」
「そうか、ならいいんだが」
とっさに言い訳をしたけれど、どうやら彼の目はごまかせたようだ。じゃ見張りよろしくなと言って、休憩に入っていった彼の背中を見送ったあと、大きくため息をつく。
「やっぱり私だからダメなのかなぁ」
元婚約者も最後はこう言って去っていった。
『パメラはすべてにおいて、普通なんだ。だから、僕とは同じ世界にはいられない』
自分は普通の子爵家の一員で、普通の器量しかないし、普通の礼儀作法しか学んでいない。だから、身分の高い彼らと釣り合うはずなんてない。
そう思えば、楽だった。
「レオンとはただのペアなんだ。だから自分は“特別”なんかじゃない」
あのときよりも心が苦しいことに気づかないふりをしたパメラはちょうど配られてた柑橘類の果汁水を煽るように飲み干した。
《アザミ祭り》から数日後、第二師団にはある噂が流れていた。
「なあ、レオンがユディト皇女と婚約するって本当か?」
「らしいな。《アザミ祭り》の伝説は本当だったんだな」
「羨ましいよなぁ」
どうやらレオンがユディト皇女と婚約するという話らしい。
パメラはあのときに見た女性がその皇女だと確信した。現在の国王一家は王妃以外は金色の髪だし、王妃も茶髪だ。だから、彼が優しくしていた少女はユディト皇女だろう。
本当は彼にユディト皇女との関係を直接聞けるだけの関係性ならばいいのだけれど、まだそこまでではない。
「じゃあ、もうあいつも辞めるのか」
「だろうなぁ。なんせユディト皇女は次の皇帝に決まってるし、今でも帝国軍の最高司令官だ。あいつは公爵なんだし、腕っ節もいい。殿下の婿に収まることだって可能だろう」
「いいなぁ、身分のあるヤツってのは」
「まったくだ」
同僚たちの声にうっかりと掃除道具を落としてしまったパメラ。
「大丈夫か?」
「いや、大丈夫なわけないだろうよ。だって、あいつのペアなんだからな」
「そういや、パメラってつくづく男運ないよな」
「お、おい!!」
「だって、ペアが決まっていた先輩は横領容疑で捕まるわ、婚約者には棄てられるわ、組んだヤツは脚の負傷で辞めざるを得ないわ。しかし、なんで騎士団なんかにいるんだ? パメラだったら、女中の伝手ぐらいいくらでもあるだろ?」
普段は軽口叩かれてもなにも言わない彼女でも、さすがに最後に言われたことにはうっかり噛みついてしまった。
「私だって、そりゃ、女中や女官として奉公できればよかったです! でも、うちは土地持ちじゃないから支度金が払えないんですよ! それに可愛い子や頭がいい子は採用されていっても、私は最後まで採用されなかったんです! だから私は仕方なく、騎士団を選んだんです! それに、男運ないのだって、私がしたくてしてるわけじゃないんです! だから、私がどうであれみなさんには関係ないじゃないですか!」
早口で捲したて、肩で息をしているパメラにおし黙る同僚たち。いくら騎士団の同僚とはいえ、デリケートな女性に失礼なことを言ったと猛省した。
もう今日は先に帰ります!と言い放ち、落とした荷物を拾って官舎に戻っていった。
しかし、思ったよりレオンの婚約話は堪えたらしい。
幸いにも直接彼と会う機会はなく、彼とうまく接する自信のなかったパメラはホッとしていたが、二日後に行われた早朝特別訓練でもその影響から抜けだせなかった。
その日は珍しく訓練場に特別設営された天幕に王族や来賓が来ており、その天幕の中からコロコロと笑うユディト皇女らしき声が聞こえてきた。その声が聞こえるだけで気がそぞろになってしまう。
「身が入ってないぞ、フォスディ! ここが戦場だったら、命はないぞ! 腕立て伏せ五十回追加!」
「先ほどから突きが弱い! 子どもの遊びと変わらんぞ! 訓練場外側を十周して来い!」
今日の指導は第六師団長ジャコモ・フォンティオ。
彼はレオノーラ第一師団長とは違って、どの師団に対しても同じ指導方法をとり、ほかの師団長よりも厳しいことで有名だった。
彼に怒られることが多いパメラだったが、それ以上の厳しさだった。
それに追い討ちをかけるようにいつも以上に疲れ果てた彼女に、ジーノから呼び出しを受けた。
「最近、レオンとなにかあったのか? 最近、訓練に身が入ってないみたいだが」
その言葉にドキリとした。
レオンと直接やり合ったわけではない。けれど、たしかに彼のせいで良くも悪くも調子が狂っているというのは事実だ。
「まあ、無理に言わなくてもいい……とはいえ、こちらは遊びでやってるわけじゃない。身が入らないのは困るから、二日、休暇を与える。実家に戻るなりなんなりして、頭をスッキリさせてこい」
師団長は無理に人のプライベートに立ち入らないが、それでも師団をまとめる立場からときには厳しいことも言う。
力なく頷いたパメラはそのまま官舎に戻った。
「なにやってるんだろう、自分」
相手はただの女性が苦手な同僚だ。それにロレンツォ王太子の親戚の。
パメラの存在なんてユディト皇女と比べるまでもない。
だからこの感情なんて忘れなきゃ。
そう思えば思うほど、彼女の中にレオンのことを思いだしてしまう。
最初の巡回のときには埃を取ってくれた。
いつかの巡回では防具屋に預けた鎌形剣のことを心配してくれた。
剣術大会のペア戦ではリードしてくれたし、そのあとの慰労会で優しく頭を撫でてくれた。
あれはすべてユディト皇女のための予行演習だったのか。
ほかの女性とは違うと浮かれていた自分が馬鹿みたいだった。
こうなったときには酒だ。
レオンと組むことになって、酒に対してもあまりいい感情を抱いていなかったパメラだが、ヤケ酒を飲みたい。
思い立ったらすぐに行動することにした。
気がついたら、こないだレオンと行った酒場に向かっていた。
あのときは二人でテーブル席にだったが、今日は一人。大人数で宴会をしている青年たちや互いに自分たちの世界に入りこんでいるカップルたちを傍目にカウンター席に座った。
目についた可愛らしい名前の酒を頼んだら、すぐに差しだされた。
「綺麗……」
ルビーのような澄んだ赤い液体にうっとりと目を細める。
前のときはレオンに勧められるまま乳白色の酒を飲んだが、それ以上に甘いそれを流しこむように飲み干す。
この程度の甘さだったらあと一杯ぐらいならば大丈夫だろうと頼むと、同じくらいの早さで出てきた。
「なんかこんなところでぐだぐだしてる私って馬鹿だよね」
多分、酒を飲んだって、変わりはしない。
自分自身が折り合いをつけないことにはこの状態から抜けだせないだろう。
あと少しだけ。
そう思って最後にもう一杯、違う種類の酒を頼んで、酒場を後にする。
「月が綺麗……」
ちょうど満月で、銀白色に輝いていた月が目に入るが、なぜか滲んで見えた。
「あれ、なんで……?」
視界の滲みに気づき、急に力が入らなくなったパメラはその場でしゃがんでしまう。
「姉ちゃん、大丈夫か!? 彼氏に置いていかれたのならば、僕たちと一緒に遊ぼうよ!」
背後から声が聞こえる。
どうやら急にしゃがみこんだ自分に気を使ってくれたようだと、ぼんやり理解する。立ち上がる気力もなくてそのままでいたが、彼らは知らないはずのパメラにもお節介を焼きたいらしい。手を強引に取って立ち上がらせようとしていたが、そんな必要はない。それを言いたかったのに酔いが回ってるせいか言葉が出ない。
しかし、相手は若い男性。
酔ってなければ騎士のパメラだってある程度は力は出るが、今はまったく敵わない。
無理、どうしよう。
酒場周辺での若い女性が巻きこまれる事件を知っている。自分は騎士団だからそれを取り締まり、被害者を救いだす役割だからこんなことに遭わないだろうと過信していた。
どうにかしてこの状況から抜けだそうと、腕を引っ張ろうとしても無駄だった。汗で滑り、思うように動かせない。
「ちょ、なんでこんなに私……」
まずい、だれか助けて。
そう叫んだつもりだったけれども、きちんと出せていなかったらしい。青年たちが取り囲んで、パメラをどこかに連れていこうとする。
やめて。
そう心の中で叫んだ瞬間、彼女を掴む手が緩められた。鈍い音が立て続けに何回か聞こえ、自分が落下するのがわかった。
しかし、地面と衝突する痛みはいつまで経っても、訪れなかった。
その代わり意識が落ちる寸前に、どこか懐かしい香りがした。





