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恋愛は仕事の次

 ロレンツォ王太子と遭遇してから二週間後。

 だいぶ新しい相方、レオンにも慣れてきたパメラは彼と組んで初めての早朝特別訓練に臨んでいた。

 普段の訓練では自分の所属する師団長が訓練を執り行うが、早朝特別訓練ではほかの師団長が訓練を執り行う。自分のやり方を重視する師団長もいれば、その師団に合わせたやり方を採用する師団長もいる。


「右、甘い! 次は左を寄せろ!」


 そう第二師団に檄を飛ばすのは、第一師団長であるレオノーラ・ディンテオだった。彼女は後者のやり方、担当するそれぞれの師団に合わせて方針を変えることがうまく、早朝特別訓練が彼女の担当だとわかると拍手喝采になるくらいだった。

 現在休憩中のパメラとレオンはほかの師団の面々が檄を入れられているのを見ながら、感心していた。


「さすがはディンテオ師団長、すごい迫力ですよね」

「そうだな。夫婦で騎士団をまとめあげていると言われているだけあって、その実力はいわずとしれたものだからな」


 レオノーラの夫は王立騎士団の団長であるコジモ・ベルガン。

 パメラが騎士団に入団した翌年、コジモが第一師団長から騎士団長になり、レオノーラが第三師団長から第一師団長になったのを、彼女は今でも覚えている。

 すでに実力を示していたレオノーラが、第一師団長になったことに横やりが入らなかったのが印象的だったのだ。


「いいなぁ、結婚かぁ」


 そんな理想の夫婦に対して“真実の恋人”を見つけて自分を捨てさった元婚約者のことを思いだしてしまったパメラは、ついうっかりこぼしてしまった。それを聞き逃さず、お前もやっぱり興味あるのかと問うレオン。

 特別、元婚約者のことを言ったところで、なにかあるわけではないが、今、訓練中にする話でもない。それにこの女が苦手な人に対していったところで、解決できるような話でもないだろうとパメラは判断した。


「まあ、あるといえばありますけれど、ちょっといろいろあったせいで結婚を夢見ていないという部分は大きいですねぇ」


 彼女の答えに、彼女の事情を深く尋ねることもせずにただそうかとだけ返した。


「よぉし、次は残りの班だ!」


 ちょうど小柄な第一師団長の号令により、二人の間に漂った微妙な雰囲気は消えさった。





 そんなやり取りをした翌日。

 レオンが来てから七回目の町中巡回に向かったパメラ。

 なんとなくではあるが、彼はどうやら着飾っている女性が苦手なようで、パメラとのやり取りやほかの女性団員と会話は全然問題ないようだ。

 いつも通り装備品を身に着けて、二人、並んで歩く。


「しかし、お前って意外と力があるんだな」


 いつも通りのコース、王宮から住宅街を通って城下町にある詰め所に行き、その帰り道である商店街を通って王宮に戻る道を歩いているときにパメラは言われてしまった。

 特別なにかをしていたわけではない。ただしっかりと見ながら歩いていただけだ。それなのになんでそう言ったのかと尋ねると、腰にぶら下げているものを指さされた。


「ああ。前までは鎌形剣(ファルシオン)だったが、今日は太刀(ツーハンドソード)を持ってきたからな。普通はたかが巡回ごときにそんな重いものは持ってこない。そもそも太刀は片手では扱いにくいだろう。短剣ではダメなのか?」


 レオンの指摘通り、太刀は女性騎士でも扱っている人はほとんどいない。


「そうですね。最初は短剣を買うことを考えていたんですけど、通ってる武具屋さんに私に合う短剣がなかったんですよね。だから、鍛えたほうが早いかと思って、こちらにしたんです」

「そうだったのか」


 こういう話をすると決まってパメラは変人だと言われる。

 彼女自身、それについて否定はできない。こうやって騎士として進むことを決めたときから言われ続けているから、なんとも思えないのだ。

 しかし、レオンはなにも言わずにそっとしておいてくれる。それだけでもパメラは救われた。


「それに、いつもの鎌形剣は修復してもらってるんです」

「ほう」

「この間、騎乗訓練中にうっかり落としてしまったでしょ? そのときに柄と剣先の間がぐらついてしまって。しばらく手入れができていなかったから、どうやらそれが影響していたみたいで」

「そういうことか」


 使うものではない。しかし、今日の巡回はこれを持ってこなければならない事情があった。


いつ遠征に出てもいいように、騎士たちは騎乗訓練もこなさなければならない。その訓練中にたしかにパメラの鎌形剣が落下していたのをレオンも目撃していた。


「どこの武具屋に出したんだ?」

「えっ?」

「もし近いならば、今から取りにいけるが」


 いきなり尋ねられたパメラはその質問にどういった意図があるのかわからなかったが、続きまで言われてなるほどと納得した。


「ああ、大丈夫です。王都の端ですが、ここからだとかなり時間がかかります。今から行っても、もうお店は閉まっちゃってるかもしれません。それに、そもそも巡回中ですよ。こちらをサボるなんてありえませんよ」


 彼女の行きつけの武具屋は王都の西の端だ。現在、王都の東に二人はいる。だから、頑張って行ったところでも店自体が閉まってしまうから無駄足にある。それにさすがに職務を放棄するほどのことではない。次の休日に行きますからご心配なくと笑顔で言いきった。

 きちんと公私を分ける彼女にただそうか、とだけ言ったレオン。

 そのまま二人は無言で薄暗い道を進んでいく。


「おい、姉ちゃん。そんな時化た格好なんてせずにこっちにきて楽しく呑もうや」


 三人組の青年たちが二人の前に現れた。

 どうやら近くの酒場から出てきたらしい彼らは顔が真っ赤で、少し千鳥足だった。呂律は回ってるから泥酔とまではいかないだろうが、呑みすぎだと指摘しようとしたところで、こいつらは聞かないだろう。

 ちょっと手荒なことをしたところで問題ないだろうと思い、あえてお断りしますとにっこり笑う。


「あ゛あ゛ん!? 俺たちの誘いを断るってか?」


 パメラの拒絶に何様だ、手前(テメェ)は!と沸きたつが、まだそこでも彼女は相手にしなかった。それを見てレオンは止めようとするが、反対にじっとしていてくださいとパメラに止められてしまった。

 まともに考えられず、頭に血が上っている青年たちはクソ女が!!と吐き捨てて、パメラのほうに襲いかかってきた。

 しかし、騎士であるパメラの手にかかれば赤子のようなもの。

 三人をまとめてわずか五撃で沈めてしまった。

 気絶はやりすぎだろうとは思ったが、多分また彼らは見つけた女性にちょっかいを出すだろう。とはいえ、彼らは罪を犯したわけではない。だから、彼らが出てきたと思しき酒場の店主に彼らを保護してもらうことにした。


「大丈夫か?」


 ちょうど酒場には何人か男衆がいたので、彼らに手伝ってもらって若者たちを店に入れたあと、さあ見回りに戻りましょうとレオンに声をかけると、パメラの頬を見ながら心配そうに尋ねてきた。


「どうかしましたか?」


 聞かれたパメラ自身がよくわかっておらず首を傾げると、レオンが彼女の左の頬をそっと撫でる。その撫でた手を彼女の目の前に持っていき、冷たい声音でこれでもかと問いつめる。


「ああ、これぐらいなら大丈夫です。いつものことですよ」


 いつも平常なんていうことはない。こうやって荒療治(・・・)をすることだってある。だから、ケガも付き物だ。わかっていると言って手を払い除けようとしたら、そういう問題じゃないと言って頭を叩かれた。


「とりあえず早く戻って、手当をしよう」


 しかし、今は応急処置できるものはない。早く帰るぞと言ったレオンは、パメラの手を強く握って歩きだした。




 まさかあれだけレオンに心配されるだろうとは思っていなかったパメラは、その日以降も彼の態度に戸惑うことになる。


「もっと右に詰めて!」

「そこ、突けるだけ突いて!」

「右足を踏みこんで、しっかりと!」


 それは秋風が気持ちよくなってきた(こく)月の末に開かれた剣術試合でもそうだった。ペア戦では当然のように二人でペアを組むことになったのだが、やはり体力はレオンに劣る。練習では次々と繰りだされる指示についていけず、最後は倒れこむこともしょっちゅうあった。

 そんなときでもレオンはすっと氷水を出してくれたり、練習中にケガしたところを自ら手当をしてくれたりもした。


 そのかいがあってか、本番では順調に勝ち進んでいった。




「さすがに騎士団長と第一師団長相手には敵わなかったな」

「悔しいです」

「大丈夫。パメラちゃんならば、もっと強くなるよ」


 残念なことに準決勝で二人は敗北した。

 相手はベルガン騎士団長とディンテオ第一師団長。対戦表を見たときから負けるだろうなと思っていたが、レオンの指示に従ったおかげであと一歩のところまで追いつめることができた。

 しかし、相手は騎士団の最強夫婦。

 パメラとレオンの弱点や苦手な場所をここぞとばかりに突いてきて、最終的にはそれぞれ首と脇腹にトドメの一撃を受けてしまった。


「でも、私なんかより、レオン様のほうが騎士団長には向いてると思うんですよねぇ」


 その日はじめて、パメラはレオンに酒場に誘われた。

 隊服を着ているときのキッチリとした姿もカッコいいが、私服姿の彼も涼やかで、サンダルウッドの香りが合っていた。

 テーブル席で二人飲んでいるとき、二人の間にあったのはただの同僚という雰囲気。だからなのか、パメラを見ても優しいレオンは酒と酒の間になにかつまめるように、ブルスケッタやスフォリアと呼ばれる小料理を注文してくれていた。

 悔しいと机に突っ伏して言う彼女の頭を撫でるレオンの手のひらの温かさは、とても女性が苦手だとは思えないものだった。




 その日を境に、パメラはレオンに誘われてしばしば酒場に行くようになり、剣術試合の夜と同じようにパメラに対して優しいところは変わらなかった。それに、職務中でもにこやかに接してくれるようになり、自分はほかの女性とは違うんだという特別な感情をパメラはほんの少しだけ抱いてしまった。

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