女嫌いの相方
ぼさぼさのままの髪を早く梳きたいとパメラは団長から呼びだされたときから他人事のように考えていたが、告げられたことに五秒間フリーズしていた。
朝早くから団長に呼びだされたので、かなり嫌な予感はしていたのだが、その内容に耳を疑ってしまった。
「え、団長。今なんておっしゃいましたか」
パメラは今年入団六年目の王立騎士。
現在は目の前にいる赤褐色の髪の上司、王立騎士団第二師団長ジーノのもとで日々訓練を行っている。
ガタイがいい彼は心ここにあらずの部下に向かって大きくため息をつき、唸るように絞りだした。
「三回も同じこと言わせるな。『君のペアが決まった。今度、転属してくるレオン・ボルツィンと組め』」
「それ、私に死ねっていうことですよね!!」
現在の第二師団は三十一人。人数としては多くもなく少なくもないが、パメラの相方だった若手騎士が実家の諸事情で辞めてしまったおかげで彼女と組む人がいなくなってしまったのだ。
彼女自身はべつにだれと組まれようと基本的には構わない。けれど、この配属してくるレオンという男だけは絶対に組みたくはなかった。
「だって、あの“酒好きの獅子公爵”なんですよ!? そもそも女嫌いですから、あの人も私と組むのは嫌でしょうし、そもそも毎晩部下や相方と酒場にくりだしては樽ごと飲み干して帰るんですよ? それに付き合ってなんかいられません!」
そう、レオン・ボルツィンは女嫌いで酒好きという社交界では有名な貴族で、そのぼさぼさの金色の鬣のような髪の毛も相まって、“酒好きの獅子公爵”と呼ばれている。
ただし、たとえ店の酒がごっそりなくなってもきちんと支払っていくうえに、酔ったからといって決してほかの客に手を出すことはない。それは同伴する部下や相方たちにも徹底させているので、騎士団としても咎める必要はなかったのだ。
しかし、酒好きな彼に付き合うために何人もの部下や相方が胃や肝臓を壊しかけていることは有名だ。それを知っていたパメラは絶対にお断りですぅと言うが、団長は机をがんと叩いて、聞き分けのない部下を一喝する。
「大丈夫、死なない。第一、これは俺が考えた人事じゃない。あちらから提案されたものなのだ」
団長の怒声にシュンとなったパメラはその言葉に深い意味も考えずわかりましたぁと言って、とぼとぼと団長の執務室を出ていった。
「へぇ、パメラ。今度あのレオン様と組むことになったんだ」
その日の昼過ぎ、王宮庭園にある東の四阿にあるテーブルにパメラは突っ伏していた。朝の訓練を終え、休憩時間になった彼女はいつも通り、幼馴染の王宮女官であるカーティアと会い、今朝言われたことについて愚痴をこぼしていた。
「そう……もう最悪だよ」
「今の王立騎士団の中では最悪のハズレ籤だわねぇ」
足をじたばたさせているパメラに、からからと笑うカーティア。それ言わないでぇと見上げながら口をとがらせる。
「でもさ、あんたにとってはよかったんじゃない?」
「なんでそう思うの?」
「だってさ、パメラって女扱いされるの嫌うじゃない。だから、もしかしたら騎士団長はあんたを女として見ないヤツに託したかったんじゃないの?」
カーティアはよくわからないけれどねぇと紅茶を飲みながら言った。
パメラにはその姿は、さすがは自分とは違って教養も礼儀作法もあるイイトコロのお嬢さんなんだと改めて認識してしまう。だから彼女の推測になるほどねぇと答えながら考えるが、ナイナイと思い直し、ありったけの感情をこめて叫ぶ。
「絶対、団長の嫌がらせだぁ!!」
幼馴染の叫びにカーティアは、はいはいと苦笑いするだけだった。
パメラにとっての死刑宣告を下された翌日、こないだと同じジーノの部屋で件のレオンと顔合わせがあった。
彼とは何回か合同訓練で見かけたことはあるが、いずれも遠目でしかない。あとはカーティアやほかの騎士たちからのうわさでしか彼のことは聞いたことはない。“獅子”と揶揄されるだけあって、本当に髪の毛が鬣のようだと思ってしまった。それにそれ以上に無駄に顔もいいし、所作もすごくスムーズだ。
「君がパメラ・フォスディか」
ただその印象はたった数語で消え失せた。
ツンとした口調は十分に彼女の心をえぐる。他者を寄せつけない、猛吹雪のような声音。
おもわず背筋をしゃんと伸ばし、は、はいっ!!と敬礼までしてしまった。
後ろではジーノ団長が『俺のときよりもかなりきれいな敬礼じゃねえか』と呟いていたが、パメラは無視する。
「ふん、なかなか騎士らしいな」
彼女の敬礼にターコイズブルーの目を細めたレオン。それ、どういう意味かと尋ねると思いきり鼻を鳴らされた。
「そのままの意味だ。色事以外での機敏さ、その服の下に隠れている筋肉、どちらも言い方は悪いが、本当に目指そうと思ってしか作れない、並大抵では獲得できないものだ。ほかの騎士と比べても素晴らしい」
その言葉にパメラの方が驚いてしまった。
女嫌いということで、女そのものが嫌いなのかと思ったらそうではないらしい。先入観を持ってしまっていたから、目を瞬かせてしまった。
「だが、俺は女性というものが嫌いだ、というか、苦手だ」
女嫌いではなく、女が苦手か。
それに尾ひれ背びれがついて、噂として出回ってしまったんだろうと納得した。知ってますと条件反射で答えてしまうパメラだが、気にしないたちなのか、それとも言われ慣れているのか嫌な顔一つせずに続けるレオン。
「命令された以上は君とペアを組むが、慣れあうつもりはさらさらない。そこでお前に守ってもらいたいことがある」
ほい来た。
多分ここで来る言葉といえば、『女だからといって手加減しない』『俺を男として見るようだったら、即刻ペア解除だ』ぐらいしかないだろう。
自分が逆に男嫌いだったとしても、ペアを組む相手にはそう言わざるを得ないだろうし、言われた方には頷いてもらわなければならないから、なにが来ても頷こうとパメラは心の中で頷く。
「ひいては、できる限り休日のときも男装してもらいたい。視界に女性というものを入れたくないんだ」
続けられた言葉に拍子抜けしたパメラはなんだ、そんなことかと思い、迷わずわかりましたと頷いていた。
「え、嫌じゃないのか」
「騎士としている以上、私は男装することにまったく抵抗ございません。むしろ胸元がばっちり開いたドレスを着ろとか言われる方が難しいです」
パメラの反応に驚いたのか、反対にレオンの方が驚いていた。
しかし、彼女にとってみれば騎士団にいる以上、男装するのは当たり前だし、むしろその申し出は助かった。なぜなら彼女が王宮女官ではなく騎士団に入った理由の一つでもあるが、成長期を乗り越えたはずの体にはやや女性らしさがややかけていることに自分でもコンプレックスを抱いていた。だから、カーティアが着ているようなドレスを着ろと言われたら、たまったものではなかった。
「じゃ、よろしく」
「こちらこそ」
彼女の力説にああ、そういうもんなのかと納得したらしいレオンは彼女に手を差しだしてきたので、彼女もためらわずに握手した。
冷たいと思ったその人の手は、意外と温かった。
ちょうどその日は、第二師団が町中に巡回に行く日だった。
早速組むことになったパメラとレオンだが、そこまで悪くはないものだった……というか、むしろ彼女にとってはすごくいつも通りで、レオンが『女性が苦手』ということを忘れてしまうぐらいスムーズにことが進んだ。
「じゃ、また明日の訓練で」
「お疲れさまでした」
男女別の官舎前で別れるときにも非常に紳士的な彼は、パメラの肩についていた埃を取ってくれた。まさかそんなことをされると思わなかった彼女はびくりと肩を震わせるが、それを指摘することはなかった。