第6章 第44話 変えて変えられて
「とにかく行くわよ。ここなら翡翠さんの身体もしばらくは無事なはず……」
「その心配はいらなくてよ」
変な言葉遣いの優しい声が、洞窟の奥からする。それと同時に俺の身体から痛みがフッ、と消えた。
「大矢様はせっかちですわね。翡翠様は生きていますわ」
この声、この力、間違いない。でも、なんで……!
「ハロウ……!?」
「大矢様も元気そうで何よりですわ。怪我人なし。それでいいですわよね?」
奥から芽依を背負ったハロウが歩いてきた。背中の芽依に意識はなさそうだが、その表情は赤らんでいて健康的だ。
「あなた、どうしてここに……!?」
「あなたに言われたくないですわね。同じですわよ。先生方に内緒で飛び出してきただけですわ」
それが嘘だということを知っているのは俺だけだ。天使化してここを突き止め、俺と芽依の治療をしてくれたんだ。でもなんでという疑問が消えることはない。ハロウは俺を殺したいはずなのに。いや、今はそれよりも。
「ありがとう、宍戸さん。ハロウも……」
「先輩として当然のことをしたまでよ」
『お礼なら神無様に言ってくださいまし』
ハロウが心に直接語りかけてくる。
『わたくしを向かわせたのは神無様の意志ですわ』
(天平が……!?)
不思議、ではあるが、ありえないというほどではない。
(なんかあいつ、変わったな……)
このやり直しが始まってからだろうか。俺の怪我を治させたり、俺を殺さないと言ってきたり。どんな心境の変化があったかはわからないが、なんか。雑な言い方になるけど、陽キャっぽくなった。
『変わったのではなく変えられたのですわ。殺さなければならないあなたに。変えてもらったんですのよ』
(……何のことかわからないんだけど)
『あなた以外の全員がわかってますわよ。リル様も、神無様も、わたくしも、少し』
本当にわからないな……。でも誰かに何かを変えられるっていう感覚は、なんとなく、わかる、気がする。
『それよりあなたの怪我、何なんですの……? 身体の内部がぶっ壊れてましたわよ』
(……それ、俺がやったんだ。死に過ぎたせいで身体を人間以上に動かせるようになった。脳のリミッターを外して身体を壊す代わりに身体能力を上げられる。天使には劣るけど、不意討ちならたぶん天平も殺せる)
『それは……いえ。どうしてそれをわたくしに話したんですの……? 黙っていればあなたは……』
(天平のせいだ。あいつの変わっていく姿を見て、俺も。なんか……しなくちゃって思ったから……。俺を殺さないことにしたんだろ? だからまぁ……いいかなって……)
なに言ってんだ俺……。なんか思考がふわふわして口走ってしまった。もしもの時のために絶対黙ってた方がよかったのに……。
「そろそろ行くわよ。主水、歩ける?」
「はい、大丈夫です」
ハロウに治してもらったおかげで痛みはほとんど消え去った。だが、一つ。
(なぁ、ハロウ。悪いんだけど治すなら全身治してくんない? ものすごく痛いんだよね)
『全身治したつもりでしたが……どこが痛いんですの? せっかくなのでどこでも完治させてさしあげますわ』
(胸。胸が死ぬほど痛い)
でもなんだか、いつもの怪我とは全然違うんだよな。死の危険は感じないし、物理的な感じでもない。
ただ吐きそうになるほど気持ち悪い。チクチクするし、ざわざわする。今にも叫びそうになるくらい、痛くて、苦しい。
「なんなんだ……この気持ちは……?」
原因はわかっている。宍戸さんだ。
宍戸さんを見るだけで、こんなにも胸が張り裂けそうだ。
「俺……どうしたんだよ……」
答えがハロウから返ってくることはなかったし、俺自身もわからない。でもなぜか。
この痛みは、どこか心地よかった。




