第6章 第40話 覚醒
〇主水
2019年 8月25日(日) 18:04
「もん……どぉ……」
背中から弱々しい声がする。もう既に一つの体温も感じない。お互いに、少しも。それでも山を登る。
「ご……めんね……」
やめさせたいが、返事をする体力がもったいない。もう既に脚の感覚がない。ただ歩けているだけで、そこに意思は何もない。それでも山を登る。
「わ……たし……わざと川に流されたの……」
わかっていたよ、なんとなく。その理由も。
「もんどに……たすけてもらいたかった……」
背中に暖かい水滴が落ち、すぐ冷たい雨に流される。
「あまひらさんに……言われた気がするの……。だれかの劣化だって……。だから……特別になりたかった……。ただの友だちじゃなくて……。たすけられたかった……」
天平……4月の時か。余計なことをしてくれる。
「たすけられたから……好きになる……。そんな関係に……なりたかった……。わたしの好きに……理由がほしかったの……」
「……助けられただけで好きになるなら警察官や消防士はモテモテだな」
「は、は……。そうだ、ね……」
呼吸が、薄くなってきた。心臓の音も、弱い。
「好きに、なりたかったの……。なんとなくじゃなくて……特別な……」
明確な死が近づいてきている。俺にも、芽依にも。わかっているのに、力が出ない。く、そ……。もっと、がんばれよ……。死ぬ気で……! 絞り出せ……!
「も、んど……」
芽依の胸の鼓動が、ついに。
「す……き……」
完全に、消え失せた。
「くっ……そぉ……!」
芽依をその場に下ろし、ゲイ・ボルグを取り出す。ひどい顔だ。そして見たことがある顔だ。
部屋の中で見る俺の死体と、よく似ている。
「たのむ……!」
ゲイ・ボルグの先を、芽依の左胸に当てる。すると閃光と共に、
「ごほっ、がほっ」
芽依が息を吹き返した。だがそれだけ。意識は戻らないし、顔色も悪い。早くちゃんとした施設に連れていかないと、今度こそ……!
「……!?」
芽依をおぶろうとしたその時、上から何かを引きずる音がした。
崖の上から倒れた木が。俺たちへと落ちてきていた。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
避けている時間はなかった。ゲイ・ボルグを上に構え、受け止めることしかできなかった。
でもそれはおかしい。なんで俺は、こんなすぐに構えられた? なんで今、木を支えられている?
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
なんで大木を、へし折れた……?
「はぁっ……はぁっ……」
木の破片にまみれながら、考える。
超反応に、超パワー。明らかに人間を超えている。明らかに、天使に寄っている。
でも俺は天平とは違う。リルから何も与えられていない。だからこれは純粋な俺の力のはずだ。
思えばさっきからそうだ。なんで俺は芽依を連れて川を泳ぎ、陸に上がれた? なんで芽依が死にかけている中俺だけ動けた? この全身を襲う謎の痛みはなんだ?
火事場の馬鹿力。それしか、理由が思いつかない。
聞いたことがある。人間は普段7割の力でしか身体を使っていないと。脳に至っては1割しか使っていないと。
思えば衰弱死は初めてだ。だから、今初めて気づいた。
「……50%」
普段を10%とした時の50%を意識して、跳び上がる。景色が変わった。3m……いや、5mは跳んでいる。だがその分脚が痛む。限界を超えたからだ。
でもこれではっきりした。俺は手動で、人間の限界を越えられる。
度重なる死を経験し、脳がおかしくなった結果。生物としての潜在能力を100%引き出せるようになっていた。
普段無意識に脳がかけているストッパーを外しているんだ。その分身体に反動が来る。それにどこまでいっても天使には遠く及ばないだろう。
だがそれでも、この力は。ゲイ・ボルグと組み合わせれば。不意打ちならば確実に。
「天平を……殺せる力……」




