第5章 第5話 勝利の法則
2019年 4月1日(月) 18:15
「おいしいですっ、おいしいですっ、おいしいですっ!」
無様に殺された俺と、無様に気絶したリルはその後ファミレスに来ていた。傷はとっくに治り、割と二人とも平常運転である。いや、リルは平常とは言えないか。
「ピザも、ハンバーグも、チキンも! ぜーんぶ、おいしいですっ!」
つい数時間前まで申し訳なさそうにしていたリルの顔は光り輝き、食の感動に興奮していた。
と言うのも、天使という生物は本来食事の必要はなく、天国に嗜好品は一切ないらしい。だがやはり異端なのだろう。リルは人間の食事に非常に強い興味を持っており、去年の冬……実際はこれも数時間前に俺が作ったケーキを食べたことで食欲がもう止まらなくなっていた。実体化し、一人で二千円を超えるほどの量をたいらげていた。
「主水さんは食べなくていいんですかっ!?」
「いやさすがに自分の身体の断面見た後だとな……。あと単純に金がない」
「ぇ……ごめんなさい」
「いや髪切ったからだから気にしなくていいよ。こっちこそせっかくの機会なのにファミレスで申し訳ない」
今までの俺は千円カット以外で髪を切ったことはなかったが、リルと出会って以降美容院に通うようになっていた。リル曰く陰キャにありがちなアニメの主人公のような髪型はイケメンにしか許されないらしく、過去に戻っては清潔感重視のツーブロックに近い髪型をキープしている。
「ところで聞きたいことがあるんだけど」
「……もぐもぐ。ごくん。はい、なんですか?」
訊ねるとリルは、名残惜しそうに口に入れた料理を素早く身体の中に押し込んでくれた。大事な話だ。リルもわかっているのだろう。
「天使ってお嬢様口調がデフォルトなの?」
「料理返してくださいっ!」
リルが怒りの声を上げるが、俺にとっては食事よりも大事なことだ。なんせあのリルが……。
「リルのお嬢様口調……想像したらおもしろくて……」
「だから嫌なんですよっ! ほら、人間界だとお嬢様口調ってなんか……馬鹿みたいじゃないですかっ! 強キャラは使わないっていうか……。その点敬語は四天王に一人はいますからね。そういうことです」
リルは基本的に人間界の嗜好品全てに興味を持っている。それは食事だけでなく漫画やアニメなどにも向いており、そういう知識はあまり詳しくない俺より豊富なのだ。
「ていうか他にもあるでしょうっ!? これからのこととか……天使を殺していいのかとか!」
「ああ殺せって言ったのはちょっと冷静さを失って……。やっぱり殺しはまずいよな」
「んー。ダメって言ったらダメですけど、絶対禁止ってわけではないです」
「と言うと?」
「性善説って言ったらいいんですかね? 天使のやることは絶対的に正しく、殺したとしても殺された方が悪いことをしたと考えるんです」
「へー……なんか神秘的だな」
「わかりやすく言えば勝者こそが正義ってことですね」
「一気に血生臭くなったな……」
ということはハロウを殺しても問題ないってことだが……。
「やっぱり殺しはよくないよ。なんとか場を治められないかを考えよう」
いたって普通のことを言ったと思ったのだが、リルは呆れ顔でため息をついた。
「まぁ人間の価値観だとそうなるのかもしれませんが……わかってるんですか? こっちに手加減している余裕なんてないんです。私の失態と言えばそうなのですが……実質向こうは天使二人。こちらは天使0.5人分です。殺されなければこっちが殺される」
「だとしてもだよ。殺そうと思っても、たぶん俺は土壇場で躊躇う。申し訳ないけど、俺はそんな弱い人間なんだ」
そう言ってもリルの呆れ顔は変わらない。常識を知らない子どもに語りかけるようにリルは説明する。
「神無さんは全てを奪うと言っていました。主水さんならどうやって相手の全てを奪いますか?」
「まぁ……周りの人間を狙うだろうな」
「その通りです。おそらくこれから神無さんは主水さんの家族、友人に接触するでしょう。下手したら殺すかもしれない。それをわかっていながら放置しますか?」
「そう言われたら……そうなんだけどさ……」
「安心してください。神無さんでも、ハロウさんでも。殺してさえくれれば事故として処理できます」
「そうじゃなくてだな……」
上手く言葉が出てこない。簡単に言うなら度胸がないだけなのだが、それを言い表すとしたら……。
「はぁ……。わかってますよ、言葉にしなくても。それでもこれくらいはさせてください」
俺の思考を読んだリルが再びため息をつき、対面の席から警棒を差し出してきた。
「ゲイ・ボルグ?」
「『新型ゲイ・ボルグ』です。従来のゲイ・ボルグはどんな生物でも自動で判定し、数秒当てることで気絶させる程度の電撃を発する武器でした。ですが新型は、火力は一定。十秒で天使を殺す雷撃を発します。これを護身用としてお持ちください」
なるほど護身用なら人間を想定したと考えられて、契約者の邪魔だと判定されないってわけか。でもこれって……。
「人間に当たったらどうなる?」
「3秒であの世行きです」
「こわっ……」
まぁ事故ってもリルが生き返らせてくれるんだろうが……。これを護身用って言うのは無理があるんじゃないか……?
「まぁ受け取っておくよありがとう。とりあえずは周りの人間に気を配ればいいんだよな?」
「はい。私もルールに引っかからない程度にサポートします。一緒にがんばりましょう」
さて、ここまでは対処の話。ここからは、勝利への話だ。
「俺が天平を抑えられれば、リルはハロウに勝てるか?」
「億%」
「ならいいや」
それなら一切問題はない。これさえリルが守ってくれるなら。
「ハロウに殺されても、リルに殺されても。天平に殺されない限り、俺は生き返れる。だから……」
「……わかっています。次はちゃんと、見殺しにします」
俯き歯を食い縛るリルのために、アイスクリームを注文した。