第6章 第27話 最高ではない高校生活
「いちについてー。よーい、ドンっ!」
「うおおおおっ! レシプロバーストですよぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
リレーが始まると同時に、人間を大きく超えた速度で走り出すリル。あれはもういい。死んでも勝てない。
問題は水菜チームだよな……。おそらく走力が一番低いであろう水菜がアンカーってことは俺たちと同じ先行逃げ切りを狙っているのだろう。
たぶん全体的な速さはこっちが上。だが俺と十六夜がいかんせん足手まといすぎる。最初にどれだけリードできるかが鍵だ。
「それにしてもなぁ~んかなつかしいね~」
攻略法について考えていると、不意に水菜が口を開いた。
「4人で競ったことあったっけ?」
「そ~じゃなくて~。ほら~、1年前の体育祭とかみんなで走ったじゃ~ん?」
「水菜は走ってないけどな……」
俺には1ヶ月前の出来事だから覚えてる。走ったのは宍戸さんと俺だけだった。
「なにしたんですかぁ?」
「台車に水菜乗せて走った」
「なにしてんですかぁ……」
去年のことを知らない天平に説明すると、ジト目で見られてしまった。俺も馬鹿だと思うけどさ……仕方なかったんだよ色々あって……。
「でもこの4人と言ったらあれでしょう。この間の体育祭の部対抗リレー」
「あ~爆発しちゃって大変だったね~」
「「なにしてんですかっ!?」」
今年の体育祭の体験がない俺と天平が同時に叫ぶ。爆発!? 爆発って……!?
「覚えてないの? 大昇天爆発花火」
「天然記念物かよ! ってツッコミがその通りすぎて笑っちゃったよね~」
ほんとなにしてんだ……。止めろよ俺……。
「なつかしいわ……。もう二度とできないって思うと少し悲しいわね」
宍戸さんは3年生。もう体育祭に参加することはできないんだ。
やり直しでもしない限り。
「生徒会長さんは……高校生活をもう一度やり直せるとしたら。どうしますか?」
俺と同じことを考えたのだろう。天平がつぶやくように訊ねる。
「別にいいわ。めんどくさい」
だが俺と天平がこれ以上ないほどに苦しんでいる問題を。宍戸さんはめんどくさいと一蹴した。
「で、でもやり直せるんですよ!? 楽しいことももう一度……!」
「楽しかったからこそ、やり直しちゃいけないのよ。私たちのこの日々は、もう二度とやり直せない青春の輝き。これがもう一度できるなんて、興ざめも甚だしいわ」
「それは……持っている側の発言ですよ」
別に天平を擁護したかったわけではない。ただ言いたかった。俺と天平のこの時間は、間違っていないと。
「俺は……やり直せるならいくらでもやり直したい。後悔してること。辛いことでいっぱいだから……何度やり直してでも、最高の幸せを手に入れたい」
「それって楽しい? 最高の結果が最高の幸せってわけでもないでしょう?」
宍戸さんには悪気がない。当然だ。俺と天平がやり直していることなんか想像もしてないはずだから。
だが生きる目的を否定されて黙っていられるほど。このやり直しの旅は安くない。
「楽しいですよ……? 俺は楽しんでます」
「誰も今のことを言ってはいないでしょう?」
「いやまぁ……そうなんですけど」
なんとももどかしい。言葉に迷っていると、天平チームのラスト前、樹来がバトンを天平に渡した。だいぶ間は空くが、次はおそらく宍戸さんチームだろう。
「でも正直、まだわからないというのが本音よ」
そう短く言うと、宍戸さんは軽くジャンプして身体を動かす。
「まだ私は高校3年生の夏。青春はまだ残っているし、10年くらい経ってもう一度やり直せたらなぁとか思うかもしれない」
宍戸さんの前、卯月がかなり速い。そろそろバトンタッチだ。
「だから今の私は全力で青春を楽しむ。後悔なんて残せないほどにね」
そして今。後輩から先輩へ、バトンが渡される。
「いつだって主役は今の私よ。自分でさえも、それだけは譲れない」
卯月からバトンを受け取った宍戸さんの背中は、あっという間に遠くなる。
「だってさ~。桜花ちゃん言うことと見た目だけはかっこいいんだよね~」
次は芽依からバトンを受け取る水菜だ。
「私も、負けない」
その一言は、夏の風と周囲の熱気によってかき消される。それでも俺の耳にはいつまでも2人の声が残っていて。
「俺だって――!」
負けたくないと。声も出さずにそう誓い、ヘロヘロになった十六夜からバトンを受け取った。
水菜との距離は軽く100mを超えている。追い抜くことは難しいか。
それでもあきらめない。これがやり直しだろうと関係ない。
俺は主役にはなれない。考えながら、のろのろと。走り続けることしかできない。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
そんな俺でも気がつけば水菜を追い越しており。
「主水よくやったぁぁぁぁっ!」
「あんたにしては珍しく勝ったじゃん!」
「大矢くん……仲間だと思ってたのに……」
最高ではない歓声に、身を投じていた。




