第5章 第4話 虐げられた二人
「ああああああああっ!」
いける。ゲイ・ボルグの雷は確実にハロウの身体を蝕んでいる。このままあと数秒突きつけていれば……!
「ぁ……?」
だが気づけばハロウの身体からは電気の光が消えていて。
「っ、ぁぁああああああああっ!?」
ゲイ・ボルグを握っていた右手から右肘までが消え失せていた。
「残念ですがぁ、どれだけ足掻いたところで無駄ですよぉ?」
息が、できない、ほどに。痛すぎる! 天平が俺の右腕を切り落としたのか。右腕が学校に転がってんのちょっとホラーすぎるんだけど……!
「このっ、クソ人間がぁっ!」
「がっ!」
痛みに耐えていると、上からの圧力によって俺の身体は地面に落とされた。ハロウが長い脚で俺の頭を踏みつけているんだ。
「どうした……口調乱れてるぞ……。あとパンツくろいだぁぁぁぁっ!?」
「リル様と同様あなたも口が悪いようですわね。身のほどを知りなさい」
ハロウの踏みつける力が強まり、割れるような痛みが頭を締め付ける。だが、どこまでいっても今のこいつらには俺を殺せない。殺しきることはできない。
研究的にハロウが俺を殺して終わりとはいかないし、初日で殺しましたじゃ卒業論文の文字埋めに苦労するだろう。
だから今は精一杯煽る時。少しでもこいつらをイラつかせて感情的にさせればいずれチャンスが訪れるはず。だからこれくらいの痛み……。それ、なのに。
「待って……ください……。殺さないで……」
電撃を浴びてボロボロになったリルが。地面を這いながらハロウに懇願していた。
「リ……ル……」
「もうその人は……たくさん、苦しんだ、から……。もう、やめ……」
「ならそれなりの態度で示しなさいな。そんなに大事なら土下座くらいできますわよね?」
そう絶対的な指示を受けたリルは一度強い目付きでハロウを睨みつけると、フルフルと震えながらゆっくりと地面に膝をつく。
「知っていますか? 大矢様。土下座は元々天使の文化だったんですのよ。地を恥とする天使にとって、土下座は最大級の謝罪となりますわ」
愉快そうに語るハロウをよそに、リルは。額を地につけて。土下座した。
「許してください。主水さんを殺さないでください……」
「嫌ですわ」
耳元でぐちゃりという何かが潰れた音がして、視界が一度ブラックアウトする。だが次の瞬間にはハロウの胸の横に顔があり。その下には、頭部を失った俺の死体が転がっていた。
「おもしろいでしょう? 天使にかかれば生首だけ蘇生させることもできるのでしてよ」
生首……だけ……? じゃあ俺の今の姿は……!
「ほうら」
ハロウがくつくつと笑うと、俺の視界が宙を浮き、何周も回転して地面に堕ちる。生首になった俺をハロウが投げ捨てたんだ。今の俺の視界に映っているのは、土下座しているリルの後ろ姿のみ。
「その女、顔と頭だけは無駄にいいですからね。男子高校生にとってはご褒美なのでしょう? 女性の下着を見るのは。それにリル様も喜んでいるはずですわ。大好きな大矢様に下着を見られているのですから」
ああ……そうだな……。この位置からだと土下座に慣れていなくてお尻が上がっているリルの純白のパンツがよく見えるよ。反応する下半身は今の俺にはないけどな。
「リル、殺せ」
「はい――!」
もういいや。倫理とかしがらみなんかは。
こいつには、然るべき報いを与えなければならない。
「頭が高ぇですわ」
だが顔を上げたリルは、地に沈んだ。ハロウがリルの頭部を踏みつけ、頭を地面に埋めたのだ。
「っ……、っ……、っ……」
頭が地面に埋まったリルは、言葉を発せず小さな呻き声のような音を漏らす。お尻が高く上がり、ピクピクと痙攣するリルの姿はとても無様で。
「覚えておけよ――。リルが受けた屈辱を全部倍にしてお前らに味わわせてやる――!」
「あら。首だけの生き物が何か言っていますわ」
「そのくらいにしておきなよぉ。大矢主水さんを殺すのは1週間後って話したでしょ?」
俺の怨嗟の声を気にも留めず、天平とハロウは楽し気に会話をする。
「それにね、こういうのはカタルシスが大事なの。溜めて溜めて、最後にまとめて落とす。これじゃあまるでかんなたちが悪者みたいでしょ?」
「そうですわね。わたくしたちはただ社会不適合者を懲らしめているだけ。何も悪いことなどしていないのですわ」
ハロウが俺に手を向けると、ゆっくりと首から俺の身体が生えてくる。ご丁寧にも制服まで新品にしてくれた。
「それじゃあ、大矢主水さん。この1週間であなたの全てを奪って殺してあげます。それまで敗北者二人で慰め合いながら生きてってくださいね。あ、つまらないんで自殺とかはやめてくださいねぇ?」
「ごきげんよう、リル様。わたくしの首席までの障害、ご苦労様でしたわ」
まだ筋肉ができておらず動けない俺と、頭が地面に埋まり気絶したリルを置いて二人は去っていく。
「いいよ別に……お前らが主人公で……」
声は聞こえずとも。言わずにはいられない。
「やられ役の意地……見せてやるよ……」
こっちは元々主人公なんかになれるとは思っていないんだ。
カタルシスなんて知らない。観客を楽しませるつもりもない。
陰湿に、陰鬱に、陰キャらしく。お前らに一泡吹かせてやる。