第6章 第17話 喜び
カレー作りという何が楽しいのかわからないイベントも中盤。ごはんの炊き上げや、材料をぶち込んだ温めに入っていた。
結局かんながやったことは誰の目にも止まらない器具の洗い物だけ。こんなのやりたくなかったけど、罪悪感を消すのに充分役立ってくれた。
「すごーい! お兄さんアウトドアもできるんですね!」
「仕組みは機械と同じだからな。でも上手くできてるかはまだわからないからあんまり期待しないで」
そして大矢主水はまだ1年生の面倒を見ている。黄冬瑠璃と並んでごはんを熱している火の様子に目を向けていた。自分のところはいいのだろうか。
「きっと美味しいですよ! お兄さんの作る料理、全部美味しいですもん!」
「どうだろうな……。文明の利器って思ってるよりすごいんだよ。それにやっぱり火は怖いな。飯盒なんて調子がわからなすぎる」
「大丈夫ですよ! 私はお兄さんを信じてます」
ふっ。それにしてもわかってないなぁ、黄冬瑠璃は。よいしょが効くのは陽キャだけ。大矢主水なんて褒められれば褒められるほど不信感が増すタイプだろうに。あれならかんなの方が大矢主水を気持ちよくさせてあげられる。なんでかんなが大矢主水のために何かやってあげなきゃいけないんだ。
「でもいいですよねー、アウトドア。外で食べるとなんでも美味しく食べられちゃいますよ」
本当にわかっていないな。陰キャは外が大嫌いだし、みんなで食べると美味しいね! なんていう人間が大嫌いなんだ。
「どこで食べようが味なんて変わらないですよねぇ」
あまりにも黄冬瑠璃が的外れすぎて思わず口を出してしまった。まぁ大矢主水はかんなに同意してくれるだろうし、それで黄冬瑠璃に嫌われるなら万々歳。陽キャ女は同意以外の答えは必要ないのだ。
「いや、料理って味覚だけじゃないんだよ。綺麗な盛り付け、香ばしい匂い。心地いい焼ける音に、口触り。五感全部で味わうのが料理なんだ。実際景観は大事だよ。外では外の料理の仕方がある。野外だと匂いが分散するし、木の匂いも混ざってくる。だからあえてカレー粉を少な目にしといた。あんまり濃いとさ、全部カレーになっちゃうんだよ。そうじゃなくて、外なら外ならではの味を楽しみたいよな」
うわー……。藪を突ついたらオタクがでてきた。さっすがは陰キャ。女子に嫌われるな。
「色々考えてくれてるんですね……素敵……」
おっと恋は盲目。うっとりした目してるよどこがいいんだこんな陰キャ。
「……ん。天平、リルを呼んできてくれ」
「は? なんでですか?」
「いい匂いしてきた。リルに味わわせてあげたい」
きっっった! 女の前で他の女の話! 最低だこいつ! 嫌われろ!
「……お兄さん、リルさんにずいぶん優しいんですね」
「あいつ今まであんまり美味しいもの食べられなかったからな……。少しでも美味しいものを食べてほしいんだ」
「そうなんだ……優しいですね……」
ちっ。なんかいい話になって大矢主水の株が上がっちゃったよむかつくなぁ。
(リルさん! 大矢主水が呼んでます!)
わざわざ声に出さなくても心の中で叫べば気づいてくれるだろう。ある意味便利だな。
「リルですよっ!」
呼んでからすぐ駆けつけてきたリルさん。額には薪割りで生まれた爽やかな汗が浮かんでいる。
「リルこっちおいで」
「はいっ! ふひゃぁ~、いい匂いですっ!」
カレーの匂いを嗅ぎ、頬を抑えて蕩けた顔をする。かわいいなあの子。
「……んん。悪くない」
おたまでカレーの味見をし、水で洗って戻す大矢主水。一々挙動が陰キャくさい。
「主水さん! 私も食べたいですっ! それくださいっ!」
「ちょっと待っておたま熱いから……はい」
大矢主水がスプーンを用意し、涎を垂らしているリルさんにあーんさせてあげる。テンション上がって陽キャっぽいことしてるな気持ち悪。
「う~ん美味しいですっ! やばいです! すごいですっ!」
「この味覚えとけよ。今は暑いけど、夜になった時に食べるとまた違う味に感じるだろうから。はい、瑠璃さんも」
「い、いいんですか……!?」
うっわほんと調子乗ってるな。黄冬瑠璃にまであーんしてあげてるよ。後で思い出した時後悔するパターンだ。
「おいしい……! おいしいですよこれ……!」
「ごはんも混ぜたらもっと美味しくなると思うよ。天平も、ほら」
ほんと、うざい。なに調子乗ってかんなにまでこんなことを……!
「……ん。おいしい……」
「だろっ!? そう言ってもらえてうれしいよ」
なに満面の笑み浮かべてるんだこの陰キャは。こんなのただのお世辞に過ぎないって、普段ならわかるだろうに。……まぁ本当においしかったけど。さぁ……。
大矢主水も、こんなに笑えるんだ。
「……うざ」
なんだかその笑顔がとてつもなくうざく思えた。




