第6章 第14話 辛い時間
〇神無
2019年 8月21日(水) 20:25
陰キャにとって一番辛い時間は、間違いなく何もない時間である。
今のような、夕食を食べ終えたが、まだお風呂にも入っておらず眠れもしない状況。これが一番しんどい。
そしてお風呂に行くタイミングも非常に重要だ。一番理想なのは当然でかいお風呂を一人占めだけど、それは現実的じゃない。そして避けなくちゃいけないのは人が多い時間帯。シャワー待ちだったり、気まずさだったりで少しも心が休まらない。
だから狙いは、知らない人数人がいる状況での入場。それを見計らってお風呂に行く必要がある。
今の状況は、七海文や月長水菜、リルさんなんかがお風呂に行っているというもの。ここでの突入はありえないが、おそらくこの後は時間をずらして大矢卯月たちが入りに行くだろう。だとするとその後……。まだまだ辛い時間は続きそうだ。しんどすぎ。
「ねぇ、ハロウちゃん。一緒にお風呂入らない?」
「嫌ですわ」
唯一の頼みの綱、ハロウちゃんに声をかけたが、見事に一蹴されてしまった。
「えー、入ろうよ! 気持ちいいよぉ?」
「天使に入浴なんて不要ですもの。そもそも他人に素肌を晒すなどありえませんわ」
「でもリルさんはしゃぎながらお風呂入っていったよ?」
「あれと一緒にされては困りますわ。まったく何が楽しいのやら……」
実体化してから今まで、ハロウちゃんの顔はずっとしかめっ面だ。楽しいとは思っていないんだろうな。まぁ人間ですら楽しくないんだから仕方ないと言えば仕方ないけど。
「そんなことよりどうしますの? 大矢主水の殺害は」
周りに人がいないとはいえ、堂々と暗殺の計画を話すのはどうなのだろうか。
「どうもこうもないよ。とにかくこの時間をやり過ごさないと」
いくら相手が大矢主水とはいえ、殺すというのにはとんでもない罪悪感がのしかかる。だから充分な心の安寧が必要不可欠。心が休まらないこのタイミングで、よし殺るか! とはならない。
「まぁ時間はまだあるからいいですけど、あれはどうなったんですの? 新しい世界を見せてくれるというのは」
……そうだ。かんなはハロウちゃんに約束してしまった。かんなが未来を変えるところを見せてやると。かんなが勝ってやると。
この姿が。陽キャ共に怯え、下を向いている姿が勝者の姿だと言えるのだろうか。
そんなわけがない。かんなは、もっと――!
「ただいま~」
「あ、帰ってきた。あたしたちも行こっか」
七海文たちが女子部屋に帰ってきたのを見て、大矢卯月たちが立ち上がる。別に変なことじゃない。同級生たちと一緒に、お風呂に入りに行くことくらい。普通なことだ。
「……神無さん?」
そんなことはわかっている。でもわかっていたって、身体が動いてくれるわけではない。
「……やっぱ、後にする」
だめだ。普通なことかもしれないけど、不自然なことだ。たぶん心の中ではあいつなについてきてんの? と思われてしまう。そして今のかんなにはそれを読み取ることができるし、たぶん。不安になって、心を覗いてしまう。
嫌われるのは嫌だ。嫌われていることはわかっているけれど、それを直接聞くのは。どうしても、プライドが許してくれない。また死にたくなってしまう。
きっと、これを乗り越えないと先には進めないのだろう。それでも勇気が出ない。自分から行動することができない。まだ時間があるからいいやと諦めてしまう。
なにをやり直しで舞い上がっていたんだ。かんなという存在は、やり直す前も後も一緒だというのに。
そんなことわかりきっていた。でも、じゃあなんで。
「大矢主水は――」
かんなよりも度を超えて陰キャの大矢主水は、なぜ変われた。こんなに怖いのに、なんで一歩踏み出すことができた。
わからない。かんなにはなにも、わからない。




