第6章 第10話 バスに揺られて 前編
2019年 8月21日(水) 09:24
「あの、大矢せんぱい?」
「……なに?」
「普通隣に人座ってるのに寝ます? いや寝るのは別にいいんですけど寝る気満々なのはなんか違うんじゃないかなぁって」
「俺と話したいの?」
「いえまったく。もしかしてあれですか? 今日が楽しみで寝れなかったってやつですかぁ?」
「いや楽しみじゃないし帰りたいしよく寝た。でもどれだけ寝ようが朝は眠くなるもんだろ」
バスに乗り込んでから1時間が過ぎたが、イライラが募るばかりだ。
原因はもちろん大矢主水。隣同士になったのは不可抗力だし仕方ないけど、まったく仲良くしようとする素振りが見えない。
いや仲良くなんかなりたくないけどさぁ……。なんかこう……あるじゃん? 暇つぶし的な他愛のない会話的なやつ。軽く世間話でもしてくれればいいのに、バッグを抱えて寝る体勢になってるとか信じられない。やっぱりこいつはクソ陰キャだ。死ねばいいのに。
「リルちゃん……。お菓子、食べる……?」
「いただきますっ!」
「きゃーっ! かわいーっ!」
こっちに引き換え、後ろはずいぶん楽しそうだ。後ろから二番目の席では翡翠芽依が棒状の菓子を手に取り、口だけで咀嚼するリルさんを愛でている。
「なぁ、卯月ちゃんと瑠璃ちゃんと晦花ちゃんだっけ? よかったら連絡先……」
「あ?」
その反対側の席に座る金間義勇と真壁淳が、後ろの席の1年組の連絡先を聞き出そうとして睨まれていた。さすがは大矢卯月。先輩にあの態度とか無敵すぎる。
ちなみに最後列の五人席は左の窓側から大矢卯月、大雪晦花、黄冬瑠璃。そして、
「碧、なんかおもしろい話とかない?」
「ぅえ。無茶ぶり……。陽キャこわ……」
「ごめん少しイラついてた。忘れて」
十六夜碧、七海文という並びになっている。陰キャの十六夜碧が最後列とかずいぶんな大出世だ。まぁ七海文が不機嫌だから気まずそうだけど。おそらくその理由は、前のリルさんのさらに前の席にいる人物。
「リルさん、俺もお菓子……」
「お菓子だけ置いて前向いてください」
「ふっ。照れ隠ししているリルさんもかわいいな……」
樹来せんぱいが自分を置いて別の席に行ったことに七海文はイラついているのだろう。ていうか……。少し気になることがあるので、樹来せんぱいの隣にいる子に心の中で語りかけてみる。
(樹来せんぱいってあんなキャラだっけ? かんな口説かれてたはずなんだけど……)
樹来せんぱいの隣にいるのはハロウちゃん。つまらなそうな顔で窓を眺めている。
『さぁ。人間の性格なんて覚えていませんし、心の中が読めないのでわかりませんわ』
(ふぅん……。まぁ口説かれてたのは事実だし、チャンスはあるってことだよね)
この林間学校で樹来せんぱいとの距離を縮めれば、生き返った時に付き合ってるとかあるかもしれない。やっぱり大矢主水邪魔だなぁ……。これじゃなくて樹来せんぱいが隣だったらよかったのに。
「月長せんぱいはいいんですかぁ? 大矢せんぱいまた寝ようとしてますけどぉ」
「ん~?」
大矢主水と通路を挟んだ隣同士の関係にある月長水菜に声をかけると、普段よりも眠そうな目を向けてきた。
「まぁ本番は夜だし~。今は寝といた方がいいよね~」
「そうそう。夜は長いんだから朝は寝ないとな」
同意してるけど……たぶん。大矢主水と月長水菜の夜の意味が違ってる気がする。月長水菜、やっぱり怖いんだよなぁ……。
「天平さんも寝てなさい。私たちは寝てる時間あまりないわよ」
月長水菜にドン引きしていると、その隣の生徒会長さんが口を開いた。変な目のプリントがされた赤いアイマスクをつけて。
「……あの、それって……」
「どうしたの?」
「いえ、なんでも……」
どうしよう。これってツッコんだ方がいいのか? どう見てもツッコミ待ちって感じなのに大矢主水も月長水菜も無反応。あの常にクールな顔をした生徒会長さんが大真面目にこんなのつけてるとは思えないけど……。
うぅ……。なんでこんなよくわからない部活? 同好会に入ってるんだ……。やり直す前は一切興味ない漫研に入ってオタクに囲まれてたけど、まだあっちの方が居心地がよかった。
やり直しもいいことばかりではない。その現実に改めて頭を悩まされながらも、バスはまだまだ走っていくのだった。




