第6章 第5話 いざ! 林間学校! ~芽依の場合~
2019年 8月21日(水) 07:24
「おっはよー、もんきゃぁぁぁぁっ、リルちゃんだぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
学校に着くなり推しを見かけたファンのような悲鳴を上げたのは、リル大好き人間の翡翠芽依。
「うわぁ私服こんな感じなんだねっ!? あ、髪イメチェンしてるっ! こっちもかわいいねっ!」
「はぁどうも……ありがとうございます……」
抱きつかんばかりに騒ぎ立てる芽依に、リルはとても億劫そうに答える。初の睡眠を味わったリルは布団のすばらしさに完全に屈し、心ここにあらずといった感じだ。つまり朝に弱いようだった。そんなもんだから、
「おはようリルさん、会えてうれし……」
「うるさいですうざいです近寄らないでください……」
芽依と同じくリル大好き人間の樹来紅の挨拶をめちゃくちゃ辛辣に払いのけた。樹来大嫌い天使だから仕方ないと言えば仕方ない。
「ていうかリルちゃん林間学校来るんだねっ!? 主水も早く教えてくれればいいのに」
「いや急遽決まったからさ……」
ちなみに朝に弱いのは俺も同じ。どうしてもローテンションになってしまう。まぁ普段通りと言えば普段通りなのだが。
「わー……。リルちゃんの私服だぁぁぁぁ……。わたしも同じの買おうかな……」
「期待を裏切って申し訳ないのですが、これは卯月さんから借りているものなので……」
「あー、そうなんだぁ……」
実はコミュ障芽依が、隣にいる卯月を見て露骨に目を逸らす。卯月さんは俺と正反対の超陽キャだから怖いよねわかる。
「でもとても気に入ってますよ。こういった系統の服を着るのは初めてなので新鮮です」
「そう言ってもらえるとうれしいけどさ……どうにも胸周り気になるよね……。あたしもそんな小さくないんだけどな……」
リルが卯月から借りた服は、黒のノースリーブのシャツに、デニムのショートパンツ、そして白いサンダルだ。他人のものだからサンダルは仕方ないにしても、山に向いているとは言い難い。
ちなみに卯月も系統的には同じで、リルのものに加えて黒いキャップを被っている。全体的に黒いのが卯月のファッションの基本。これはあくまで予想でしかないが、154cmという小さな身体でかっこつけるには、黒を基調とするしかないんだと思う。
「リルちゃんって純白! ってイメージが強いから黒だと新鮮だねっ!」
「そうですね……。白い服しか天使は……」
「リル、お菓子あるけど食べる?」
「食べますっ!」
危ない危ない。寝ぼけているからか、天使のことを口走りそうになっていた。こうも隙だらけだと今後が不安になる。
「わたしもこれくらいラフな格好で来た方がよかったかな……」
白いインナーの上に薄手の水色のシャツを羽織り、デニムのミニスカート、厚底サンダルという少し決め過ぎた格好の芽依が心配そうな瞳で見つめてくる。
「まぁ……いいんじゃないか? 困ったら誰か助けてくれるだろ」
「たとえば……主水とか?」
「俺に解決できる悩みならなんてことないだろ」
言っていてしまった、と思った。芽依の顔に、わずかな陰りが見える。眠すぎて気を遣っている余裕がなかった。
「でもあれだよな……。俺にも……俺だからこそ……? いやそれはありえないな……」
「ねぇ、覚えてる?」
どうフォローするべきかと悩んでいると、芽依が小さく口を開けた。
「これから行くところは、わたしと主水が始まった場所なんだよ?」
約1年半前。俺にとっては、1ヶ月前。俺と芽依は、喧嘩をした。これから行く、オリエンテーションを行った山で。
あの頃の俺は、生き返ることに必死だった。何でも、誰でも。利用してやろうと企んでいた。
その結果が喧嘩。そして気づいたら仲直りしていた。俺がいない間。やり直しとやり直しの間の時間で、俺じゃない俺が芽依との関係を育んできた。
「あれから色々あったよね」
「そう……だな……」
色々あった。確かに色々あったが、俺の思い出は芽依のそれとは比べものにならないほど、薄い。
「もっとたくさんの思い出を作ろうね」
そしてそれはこれからも同じだ。長くても残り1ヶ月しか俺は芽依たちと一緒にいられない。
「ああ、そうだな……」
それでもただ頷くことしか、俺にはできなかった。




