第5章 第1話 天使の過去
「な、んなんだ……!」
俺に殺された復讐、とか言ったかこの女の子……。でも俺が人殺しなんかするはずないし、元気に生きてるし、第一この子とは初対面だ。
いや、今はそんなこと些細な問題だ。どう考えても一番まずいのは、人差し指で校舎に穴を空けたこと。そんなこと、人間にできるはずもない。つまり、
「天使……?」
「この制服が目に入らないんですかぁ? かんなは人間。暦学園の新入生ですよぉ」
人間……なわけないだろ。だって……こんな……!
「はぁ。自分で殺した女のことも覚えていませんか。ほんっとゴミ人間ですねぇ」
そう言うと彼女は一度舌打ちし、告げる。
「天平神無。この名前を聞いても思い出せませんかぁ?」
天平……神無……。顔は思い出せないが、確かに聞き覚えは……ある。つい最近。やり直しの中で出会った……。
「確か文化祭で……」
「はぁ? 確かにかんなは中3の頃文化祭に行きましたが、あなたとは会っていません」
じゃあ人違いか……。いや、でも……。
「かんなとあなたが出会ったのは、元の歴史。つまりあなたがクソ陰キャのボッチ野郎だった時です。まぁでも、今もクソ陰キャなのは変わってないようですが」
だったらなおさらありえない。友だちができた結果に起こる未来は俺には知りえないが、元の歴史なら……元の歴史……!?
「なんで、それを……!?」
「出てきていいよぉ、ハロウちゃん」
「ええ。こうでもしないと話が進みそうにありませんわ」
そんなお嬢様口調の声が聞こえたのは、天平さんの隣の何もない空間。そしてそこに浮かび上がる。ブロンドの髪をカールした、リルと同じ制服を着た少女が。
「はじめまして、大矢主水様。わたくしの名はハロウ。あなたの横にいるリル様と同様、天使見習いですわ」
う……そだろ……。
「俺以外にも天使に見初められた人間がいるなんて……」
しかもこんな身近に現れるなんて……どんな偶然だよ……。
「偶然ではありませんわ。ねぇ、リル様」
俺の思考を読んだハロウが答える。俺の隣で今にも嘔吐してしまいそうなほどに顔を青くしているリルを見て。
「どういうことだよ……リル……」
「ご……めんなさ……。こんな、はずじゃ……」
ガタガタと身体を震わせながら頭を下げるリルに、俺はこれ以上何も追及できない。ここまで苦しそうなリルの顔を初めて見たからだ。
「リル様が何も言えないようですのでわたくしから説明させていただきますわ」
目の前の天使が、まるで舞台に立っているかのように高らかと語る。
「わたくしの天使学校での成績はいつも2位でしたわ。その理由は、常に主席にリル様がいたから。天使学校始まって以来の天才が相手では、いかに優秀なわたくし言えども劣っていると言わざるをえませんもの」
「本当にエリートだったんだ……」
「だからそう言ってたじゃないですか……」
確かに出会った当初そう言ってたけどさ……全然そんな感じしないんだもん。冗談だったと思うじゃん。
「天使学校では『孤高の女王』とか言われていましたわね。友人も作らず、いつも一人黙々と勉強して浮いていましたから」
「え……? 陰キャだったってこと……?」
「主水さんと一緒にしないでください。……あなたの方が、よほど上等ですよ」
言われてみれば……そんな感じもしなくもない。漫画なんかの人間界の嗜好オタクで、一人で勝手に盛り上がっていることが多い。周りに知人がいないと調子に乗るタイプの陰キャだ。
ちょっと待て……。てことは、今のリルはテンションが高い時を知人に見られた陰キャって構図になる。これは……!
「悪いけどそっとしてあげてくれないか……?」
「変な慰めはやめてくださいっ!」
「ふふっ……。噂は本当でしたのね」
俺とリルのやり取りを見て、ハロウは口元に手を当ててクスクスと笑う。
「観察対象に絆され、丸くなったという噂は。天国からあなたの様子を覗いていたクラスメイトが馬鹿にしていましたわよ」
「ふざけんなこっちはリルは4444回も殺されてるんだぞ」
「それが絆されたと言っているんですのよ。人間如きにそんな余計なことをする必要ないでしょう?」
たとえそれが本当だったとしてもそんな変わり方やめてほしいんだけど……。
「駄目でしょう? リル様。天使の仕事は人間を死後の世界に送り届けること。人間に個人的感情を抱いてしまっては仕事に影響が出てしまいますわ。まさか主席のあなたがそんな失態を犯すとは……。こんなことになると知っていたら、わざわざこんなことをする必要もなかったのに」
心底馬鹿にするような視線がリルを見下ろす。それなのにリルは何も言わない。ただ歯を強く食い縛り、いつでも動けるように身体をわずかに折り曲げている。
「……それで? なにが偶然じゃないんだよ」
「そう慌てずにともいいではありませんか。時間は充分にあるでしょう?」
「知ってるかはわからないけど、俺には残り1週間しかないんだよ。そもそも友だちの知り合いとか気まずすぎてここまで話せてるのが奇跡的だ」
「1週間なのはこちらも同じですわ。リル様のせいで」
「つまりこういうことですよぉ、大矢主水さん」
ずっと黙っていた天平さんが口を開く。ハロウと同じ、侮蔑の瞳で。
「かんなとハロウちゃんの契約内容は、徹底的にあなたとリルさんを阻害するようにできているということです」
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