第5章 第23話 会話~水菜と瑠璃の場合~
2019年 4月4日(木) 15:41
「大矢くん、水菜ちゃんさ、前髪いじってき……」
「知らん。興味ない」
イベント同好会の部室で、二人きりの時を過ごす大矢主水と月長水菜。扉についた小窓から様子を窺うが、どうにも様子がおかしい。
「ニ、ニーソックスってさ、長さが色々あるんだよね。大矢くんって……どういうのが好き?」
「あー今度芽依に履いてもらうわ」
大矢主水がやけに冷たい。それに比例して、月長水菜がご機嫌伺いをしている。さっきまでとはまるで真逆の状況だ。
「お、怒ってる……?」
「怒ってない。あー月長ってこういう人間だったなーって思い返してただけ」
俯いていた月長水菜の肩がピクンと跳ねる。それは間違いなく触れられたくない部分のはずだ。
「俺を裏切って警察に逮捕させて? そのせいで死にかけたっけな」
「……ごめ、ごめんな……」
「いやいいんだよ。月長は悪くないもんな。だって俺許しちゃったし。今回も同じだよ。どうせ俺はお前を怒れないんだし、何やってもお咎めなしだ。思う存分貶せばいい」
「ごめんな……さい……」
嫌味ったらしくなじられ、どんどん小さくなっていく月長水菜。そんな中、突然彼女がばっ、と立ち上がった。
「そうだっ。キスしてあげるから……」
「お前がしたいだけだろ」
「や……そ……だけど……」
「はぁ……」
大矢主水は一度ため息をつき、そして。
「んっ」
月長水菜にキスをした。
「んむっ……ぁあっ、おーくん、しゅきぃっ」
結果ものすごい勢いで堕ちていく月長水菜。もうこの二人の関係性がわからなすぎて頭がおかしくなってくる。
でも今はそんなことよりも。
2019年 4月4日(木) 16:43
「一体何をしたんですかっ!?」
ようやく部室から出てきた、額にうっすらと汗をかいている大矢主水を問い詰める。
「ぁ……。ぁ、あぁ……」
部室を覗いてみると、月長水菜が長机の上にうつ伏せになってピクピクと痙攣していた。そりゃああれだけあんなことしたらああなるだろう。
……とにかく。翡翠芽依といい、十六夜碧といい、月長水菜といい。かんなの刷り込みを解くなんて、よっぽど特別なことをしたに違いない。
「あぁ……別に……。ただ普通に話しただけだけど」
それなのに大矢主水は口元を拭い、いたって普通な様子で答えた。
「あいつらの様子がおかしいから洗脳でもしたのかと思ったけど、どうやら違うみたいだからな。でも天平の介入は決定的だし、とりあえず普通にあいつらと会話をした。それだけだよ」
それだけ……って……!
「そんなわけないっ!」
「あぁもちろん色々工夫はしたよ。当然一人一人違うわけだから、相手の心に響くように。芽依には正面から、十六夜には淡々と事実を。水菜はまぁ……ああいう風に言われるの好きだから」
大矢主水は、相手の機嫌を窺う普通の人間になったと思っていたし、それは当たっていた。
でも、だからこそ。できたんだ。
他人との、会話を。
かんなにはできない、普通の心からの会話を。
「ていうか見られてたのかよ……恥ずかしいな……」
なに照れてるんだこいつは。一々腹が立つ。
「じゃあそういうことだから。じゃあな」
かんななんか眼中にもないような様子で、大矢主水は去っていく。
でも認めるしかない。大矢主水はかんなより、上だ。少なくとも今は。かんなよりも、優れている。
だがそれは、あくまでも関係を築いた友人とだけだ。
かんなのクラスで唯一刷り込みできた彼女とは。あなたは関係を築けていない。
「なんで私のことは見てくれないんですか……?」
大矢主水を慕っていた黄冬瑠璃が。大矢主水を突き飛ばす。
そして大矢主水は地の獄へ。
階段の下へと堕ちていった。




