第5章 第19話 命賭け
これは。洗脳などと呼べるほどたいした代物ではない。
人間の意識を奪い、相手の深層心理に直接語りかけるだけ。刷り込みと言った方が近いのかもしれない。
相手の心を動かしやすくするだけ。イメージ的にはめちゃくちゃ尊敬している人からのアドバイスという感じだろうか。
だから心にクリティカルヒットすることを言わなければ効果はないし、実際クラスメイトにやった場合はほとんど失敗してしまった。
でもこの人たちには、普段頭が痛くなるから封印している心読みを行っている。だからどんな言葉を欲しているか。どんな欲望を持っているかがある程度わかっている。
そこを突くしかもう。かんなに勝ち目はない。
「月長水菜せんぱい」
まずは一番わかりやすい月長水菜に語りかける。この女の頭の中には大矢主水のことしかなかった。虚ろな瞳でただ涎を垂れ流すだけの人形になっている彼女の弱点はそこ。
「あなたは大矢主水と付き合いたい。でも受け入れてもらえない。そうですよねぇ?」
「ぁ……ぅ……」
返事が返ってきた。これは効いているサイン。
「理由は単純。大矢主水が陰キャだからです」
「ぁ……?」
「あなたみたいな陽キャにはわからないかもしれませんが、陰キャは信じていないんです。自分のことが好きだと言ってくる人間を」
悔しいが、かんなも陰キャだ。だから大矢主水の思考回路はある程度わかっている。
「自分みたいなダメな人を好きになるわけがない。だから騙そうとしている。そう考えてしまうんです。あなたがどれだけ愛を伝えようが、全て逆効果。言えば言うだけ大矢主水の警戒心は高まる。じゃあどうすればいいかわかりますよねぇ?」
「ぁ……ぁ……」
ここがキモ。これを受け入れてもらえないと、話にならない。
「つまり。押してダメなら引いてみろ、ですよぉ」
ハロウちゃんの洗脳タイムはそう長くは続かない。これで刷り込みが成功したのかはわからないが、そろそろ次の。十六夜碧に移らないと。
「十六夜碧せんぱい。あなたは過去に、大矢主水の言葉で救われたそうですね」
「ぁ……」
これもひとまずは効いてる。落ち着いて続けよう。
「でもそんなに優しくしてくれたのは、大矢主水が友だちがいなかったからです。同じく友だちがいないあなたに同情心が湧いただけ」
「…………」
返事が返ってこない……。なにか……この人がほしい言葉とは違っているのか。それでも時間的に続けるしかない。
「でも今の大矢主水はどうでしょうか。陽キャにかぶれて、仲のいい友だちもいる。そんな人間があなたに構うと思いますかぁ?」
「ぁ……ぁ……」
よし、ヒット。あとはこのまま。
「大矢主水を陰キャに戻しましょう。そうすれば大矢主水の気持ちは、全部あなたに向きますよ」
ふぅ……。さぁ次だ。この学校のクイーン。
「七海文さん」
「ぁ……?」
「ひっ」
びっくりした。なんか返事的に普通に喧嘩になりそうな感じだった。でも大丈夫。あの綺麗な顔にはいま感情の色がない。ちゃんと意識を失っている。
「大矢主水と仲良くしているようですが、考えてみてください。大矢主水みたいな陰キャ、グループに必要だと思いますかぁ?」
「…………」
返事が、ない。まさかここまで親しくなっていたなんて……。
「残り30秒ほどですわ」
「ぅっ」
だめだ。七海文に構っている時間はない。最後の一人、翡翠芽依に狙いを絞ろう。
「翡翠芽依さん。あなたは本当にダメな人ですねぇ」
「ぁ……」
さすがは元陰キャ。自分に自信がない。だとしたらいける。陰キャの扱いは得意分野だ。
「あなただけにできることってなにかありますかねぇ? 愛の重さは月長水菜が。付き合いの長さは十六夜碧が。コミュ力では七海文が上回っている。そんな誰かの劣化人間が、たった一人。大矢主水を射止められると思いますかぁ?」
「ぁ……ぁ……!」
めちゃくちゃクリーンヒット! このまま一気に終わらせるっ!
「他の誰にもできないこと。これができなきゃあなたに勝ち目はありません」
「ぁ……あぁ……」
こんなことはやりたくなかった。でも今のかんなに手段を選んでいる余裕はない。できなきゃかんなが死ぬんだから。
「暴力だって、立派な愛だと思いませんかぁ?」
急いで教室を出てこの場から離れる。洗脳タイムが終わればこの時間のことは忘れ、深層心理にかんなの言葉が刻まれることになる。
ここから先はかんなでは操れない。あとは彼女たちと、大矢主水の物語。
そこにかんなの命が懸かっている。




