第4章 最終話 邂逅 2
「ご愁傷様でーす」
「……リル」
痛みがなくなった俺の視界に、突然美少女が映り込む。白い肌、白いセーラー服、白いニーソックス。ブロンドの髪を持つ、あまりにも完璧すぎる容姿の少女。彼女こそ俺をやり直しの旅に誘ってくれた天使だ。
『何度も言いますけど、天使ではなく天使見習いです。天使は種族で、天使見習いは立場ですのでちゃんと覚えてくださいね』
よくわからないが、人間よりも上位の存在であることに変わりはない。人間の思考を読み、口に出さなくても会話ができる。そして何より。
死んで幽霊となった俺と会話をしているのだから。
「……にしても、また死ぬことになるとは思わなかったよ」
俺の足元には俺が転がっている。驚愕の表情で固まって動かない俺が。何度見ても自分の死体には慣れないな。
「私も思ってませんでしたよ。ここまできて助からないなんて。どれだけ持ってないんですか」
「俺らしいっちゃらしいけどな。……それより、リル。俺の目と耳を潰すことはできるか」
「そんなことしたら私とおしゃべりできないじゃないですか。……わかってますよ、ちゃんと」
リルがパチンと指を鳴らした瞬間、打ち上げ会場が深い闇に包まれ、リルと俺の死体しか姿が見えなくなる。
「……悪い、助かった」
見ないよう努めていても、どうしても見えてしまう。もう動かない俺を囲む友人の姿を。今までは一人自室で死んでたから無縁だったが……こんなにも。残された者が苦しむなんて、想像もしていなかった。
だが友だちには申し訳ないけど……正直言えば、少しうれしかった。
「また会えてよかったよ、リル」
「こっちこそ……ってそんな話してる場合じゃありませんっ!」
あぁそうだった……。この現状を、きちんと把握しておかないと。
「ボッチだった高校生活をやり直せば生き返れるって話だっただろ。だから俺は高1に戻って友だちを作った。それなのに現実は何も変わってない。むしろ悲しむ人を増やす結果になった。これはどういうことだ?」
「天使だって何でもわかるわけではありません。この会場にはAEDもありましたし大丈夫だと思ってたんですよ。ただ……やはり人間は愚かと言うべきでしょうか。咄嗟には何もできませんでしたね。ほんと主水さんらしいダメダメな死に方です」
「じゃああれか? 次からはAEDとか心臓マッサージのやり方を教えることを目標にすればいいのか?」
「それが最善でしょう。……こんな不細工な結末とは。卒業論文の出来が不安です」
リルが俺にやり直す機会を与えたのは、天使学校を卒業して正式な天使になるため。人間を生き返らせ、その様子を観察するという卒業論文を書くために、リルは俺に近づいたのだ。
「まぁでも、これで打ち上げには参加できるようになったんだ。もうがんばらなくても……」
「凡庸っ!」
うわ、びっくりした。そういえば初期のリルは凡庸が口癖だったな……。ずいぶん久しぶりに聞いた気がする。
「お忘れですか? 過去に戻れるのは、卒業アルバムの主水さんが写っている写真が撮られるまでの1週間のみなんですよ?」
「忘れるわけないだろ」
俺が過去に戻った回数は4回。高1のオリエンテーション、体育祭、文化祭、聖夜祭。そして残りは、
「残りは、
高2春・新入生歓迎会
高2夏・林間学校
高2秋・文化祭
高2冬・修学旅行
高3春・個人写真
高3春・クラス写真
の6回しかないんですよ? この全てで死亡する未来を変えられなければ、あなたは完全に死ぬことになります。あ、私は依然として派手に死んでもらうことを望んでますからね? 論文が充実しますから」
わかってるよ。もうほとんどクリア寸前とはいえ、油断はできない。毎回の終わりには必ず死の直前まで帰ることになっている。つまり文字通り死ぬほどの痛みを味わうことになるんだ。多少痛みに慣れたとはいえ、もう二度と味わいたくないものに違いない。それにしても……。
「次の新入生歓迎会ってなんだ? 俺覚えがないんだけど」
「毎年1年生はこの時期にオリエンテーションをすることになっていますが、この年だけはいつも使っている宿舎が突然の改修を行うことになって、急遽開催されることとなったイベントです。在校生が新入生のために学校の案内とか、催し物をするそうですよ。ほら、一応主水さんも写っています」
リルは俺の死体の側から卒業アルバムを拾い、その写真が載っているページを見せてくる。
「ちなみに今さらですが、前提条件の関係上、既に終わった聖夜祭以降の卒業アルバムの写真は、私の天使の力によってやり直す前のものに変わっています。なので過去が変わって多少は友好的になった主水さんのものではなく、元々の暗くてどうしようもない主水さんの姿が写ってますよ、ほら」
確かに……。クラスのリア充グループが新入生と仲良く写真を撮っているその後ろで、死ぬほど退屈そうに歩いている俺の姿が見切れている。これでもやり直しの対象になるのはありがたい。
「つまりこのリア充グループの中に俺も入ればいいんだろ?」
「そういうことです。友だちがいる証左になりますからね」
色々話したが、結局のところ楽勝だという考えに変わりはない。既に俺はこいつらと友だちだし、毎年春にAEDの講習会がある。ここだけ張り切って、あとはリルとの最後の一時をきっちり過ごすとしよう。
「準備はいいですか? 主水さん」
「ああ、これで最後だ」
リルが床に卒業アルバムを置き、今から飛ぶ過去の写真に手を合わせる。
「天使見習い・リル。通ります」
そしてその掛け声と共に。強烈な揺れに俺の視界はぐにゃぐにゃと回っていった。
2019年 4月1日(月) 16:23
「ぉえ……」
揺れが収まり、ようやく目が開く。この感覚だけはほんと慣れる気がしないな……さて。
「中庭か……」
転送場所は、元々いた場所に依存する。つまり一人で何もない校舎に囲まれただけの場所にいたわけだが……何やってたんだ俺。
まぁとにかくやり直し恒例の……。
「凄い風でスカートがめくれましたっ!」
「っ!」
突然のカミングアウトに、反射的にリルの方を向いてしまう俺。そんな情けない俺の顔に。
「……は?」
うっすらと、傷がついた。
いや、そんなことどうでもいい。問題なのは、すぐ後ろの校舎の壁に穴が空いたことと、その壁に人間の指がめり込んでいること。俺の目の前にいつの間にか一人の少女がいたこと。そして――
「おひさしぶりです、大矢主水さん」
ツインテールにフリルがついたニーソックスという、あざとすぎる格好をしたかわいらしい少女は、壁から指を引き抜いて言う。
「あなたに殺された復讐をしにきましたよ」
――そして。俺とこの子は、初対面だということだ。