第5章 第16話 詰み
「おにっ……兄貴! どうしてうちのクラスにいんのっ!?」
大矢主水の突然の来訪に一番大きな反応を見せたのは、妹の大矢卯月だった。当然だ。学校一の陽キャの兄が学校一の陰キャだなんて知られたくないに決まっている。
でも内心一番驚いているのは、確実にかんな。かんなの目的は大矢主水を殺すことで、さらに言えばいつでも殺すことができる。奴からしてみれば凶暴なライオンの檻の中に自ら入ってきたようなものだ。ありえない。
そしてありえないことがもう一つ。
「きゃーっ、お兄さん私のこと覚えてますかー!? 暦祭とか、家行った時とかお会いしたんですけどー……」
「ああ、もちろん覚えてるよ」
「黄冬瑠璃さん」
「ひさしぶり、瑠璃ちゃん」
「わーっ、ありがとうございますーっ」
大矢卯月の取り巻き。……と言っても単体でも完全な陽キャの黄冬瑠璃が、なぜか大矢卯月に懐いている。心の声は聞けないが、リルさんに名前を教えてもらっていたことから、おそらくそこまで親しくはないのだと思うが……やはりありえない。
「今日はどうしたんですかー?」
「ちょっと天平さんに話があるんだ。個人的な、すごく大事な話が」
「ぇ……それって……」
「天平……あんたまさか……!」
大矢卯月の兄とよく似た鋭い瞳がかんなを見下ろしてくる。なんで……こんなことに……。
「だから卯月、見逃してくれ」
「……変なことしないでよね」
不服そうな表情を隠そうともせずに、大矢卯月は黄冬瑠璃を引っ張って教室の後ろに引っ込む。それを確認した大矢主水は、樹来せんぱいと同じようにかんなの前の席に座ると、かんなにしか聞こえないような小声で語りかけてきた。
「暦祭……1年には文化祭って言った方がいいか。そこでなんか知らないけどなつかれてな。まぁここまでとは思わなかったが……」
「……わざわざ後輩に好かれてるって自慢しにきたんですか?」
「遠からずもだ。俺はクラスのリーダーの兄で、陽キャと仲がいい。その事実を知ってもらいたかった」
なに言ってんだこいつ。こんなくだらない話をしにこんなとこまで……。
「わからないか」
かんなが呆れ顔をすると、どういうわけか大矢主水も同じ呆れ顔でかんなを見つめてくる。
「今の俺は陽キャなんだよ」
「は?」
「1年が俺について知っているのは、さっき言った事実だけ。そんな奴が陰キャに見えるか?」
「顔が陰キャなんですよ」
「それを言われたら弱いが……そう思ってるのはお前だけみたいだぞ」
大矢主水がクラスメイトたちに視線を向ける。みんないつも通りではあるが、チラチラとこっちを見てきており、
(あれが大矢さんのお兄さん……)
(雰囲気似てる……こわ……)
(てか天平は何なの? まさか樹来さんとこの人……二股かけてたの……?)
「はぁっ!?」
なんだこいつら……! 何を考えてんだ……! かんなが二股なんて……!
「事実なんてどうでもいいんだよ」
大矢主水は人の心は読めないはずだ。それなのに、まるで全てを悟っているかのように。大矢主水は語る。
「たいして上級生と関わりのないこの時期に。男二人が訪ねてきたらそう考えられてもおかしくない」
「でもありえな……!」
「ちゃんと考えたらありえないだろうな。でも4月頭でそういうイメージをつけられたらもう取り戻せない。しかもお前がここにいられるのは残り5日、4日程度。未来に帰った後に残るのは、陰キャ男子に敬遠されて、卯月やあの子のような陽キャに嫌われたオタサーの姫のなりそこないだけだ」
そんな……! いや……そんな都合よくはいかない。少なくとも、全てがその予想通りに行くわけがない。
でもほんの少しでもそんな可能性が残ってしまったら。それはまさしく……!
「わかるか、天平」
「大矢主水ぉ……!」
くそ、くそ、くそっ! こんな……奴に……! かんながぁ……!
「詰み、ってやつだ」
こんなはずじゃなかったのにぃ……!




