第5章 第10話 脅迫~水菜の場合~ 後編
次の瞬間。かんなの斜め後ろの壁に、カッターナイフが突き刺さっていた。
「おい。お前、なんて言った?」
「……え?」
カッターを握ったままの月長水菜が、間近からかんなへと視線を向けている。強い、殺意の視線を。
(殺す。どうやって殺そうか。まずその見る目のない瞳から潰して……)
「ひぃっ」
しかも心の中では、瞳以上の謀略が練られている。一体かんなの何が月長水菜をそこまで怒らせたのか。一つも見当がつかない。
「お、落ち着いて……」
「あ? 私は落ち着いてるけど。お前こそ正気じゃないだろ」
かんなには今、神が如き力がある。それなのに、恐い。
陽キャがどこまで残酷なことをするか。かんなは知っているから。
「水菜、落ち着きなさい」
「だから落ち着いてるって言ってるよね。それとも桜花ちゃんもこいつの味方?」
生徒会長さんがかんなを庇ってくれたけど、到底月長水菜の怒りは……。
「主水が気持ち悪いのは事実でしょう」
「……確かに。ごめんね~後輩ちゃん。ケガはない~?」
「は、はぁ……。大丈夫ですけど……」
殺意から一変。本気で心配しているような顔で、月長水菜はかんなに手を差し伸べてきた。
「でも次おーくんの悪口言ったら殺すから」
「ひぃっ」
かと思えば耳元で低く囁いてきて……え?
「大矢主水が……おーくん?」
いや。いやいやいやありえない。だって月長水菜だよ? あの学園のアイドルが大矢主水なんかを……。
「水菜、なにやってんの?」
「おーくんっ!」
しかしその直後。やってきた大矢主水に月長水菜が一直線に抱きついたことでその希望は一刀両断された。……いやまだだ。これは何かの間違いで……!
(おーくんおーくんおーくんだ……! 今日もかっこいいなぁ……! ほんと【R-18】だよ……。ぅへへ……。【R-18】【R-18】【R-18】したいなぁ……。でも今日は照れがいつもより少ない……。いつもなら【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】なのに……。あぁでも【R-18】が【R-18】で【R-18】だから【R-18】すれば【R-18】して【R-18】に……)
「ひぃっ!?」
や、やばいっ! この人頭おかしいっ!
そんな……。暦の妖精の頭の中がこんな真っピンクでしかも大矢主水に恋してるなんて……!
「おーくん、この子だれ~? 友だち……じゃないよね~?」
「俺にお前ら以外の友だちがいるわけないだろ」
「じゃあどういう関係~?」
い、今はそんなことにびびってる場合じゃない……! おそらく大矢主水は何かをしようとしている。それを止めないと……!
「別にたいした関係じゃないよ。ただ、俺の敵ってだけだ」
「ふ~ん。じゃあ水菜ちゃんの敵でもあるわけだ~」
一歩、遅かった。さっきまでの敵意とは比べものにならないほどの殺意が。隠すことなくかんなへと向けられている。
「どこまでやっていい~?」
「犯罪にならない程度に」
「ん~。おーくんの頼みならなんでも聞いてあげたいんだけど~。たまにはご褒美もほしいわけなんだよ~。いつも尽くしてばっかりで疲れちゃったんだぜ~」
「ああ、俺にできることならなんでもするよ」
月長水菜はその答えを聞くと。かんなに向けていた殺意とよく似た瞳で大矢主水を見上げた。
「着手金としてとりあえず。キス、しよっか」
「はぁぁぁぁっ!?」
驚愕の声を上げたのはまさかのかんな一人だけ。大矢主水はなぜかめんどくさそうに頭をかき、生徒会長さんに至ってはこのタイミングで頭の中で新入生歓迎会のサプライズを考えている。
「まぁ……一度も二度も変わらないか」
「えぇぇぇぇっ!?」
またもやかんなしか声を上げない。一度も二度も……って、えっ!? したことあるのっ!?
「わ~いっ! じゃあ、するよ……?」
「ひぃっ!?」
うそでしょ……。月長水菜が……大矢主水に抱きついて……キスを……!
「あむっ……ふぅっ……ふわぁっ」
舌っ!?
「あぁっ、んぅ……んんん……」
ぅ、あ、あ……!
「んっ、んふぅ……はぁっ……はぁっ……」
やっと……口離した……。唾液はまだつながってるけど……。
「おーくん……もっとぉ……」
「また今度な」
なんでおねだりしてるの……なんで平然としてるの……なんで夕飯のこと考えだしたの……!?
(【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】【R-18】)
やばい……あの人すごいこと考えてる……! ここまで来たら認めるしかない……!
月長水菜が……大矢主水なんかと……!
「付き合ってるなんて……!」
「「付き合ってないけど?」」
今日一番の声を上げたことは言うまでもなかった。陽キャ怖い……!




