第5章 第9話 脅迫~水菜の場合~ 前編
2019年 4月2日(火) 09:32
翡翠芽依への脅迫は失敗してしまったけれど、あんなものは所詮練習。元々たった1週間でクラス全員を脅せるなど考えていなかった。
「以上。生徒会長、宍戸桜花でした」
本命はこっち。朝礼で全校生徒に姿を晒しながら堂々と語り終えた生徒会長。
彼女は変わった過去で大矢主水が所属するイベント同好会の部長をしているようだ。
たった三人しかいない同好会でハブを作る。これこそがかんなの本命。これで確実に大矢主水を潰せる!
(……それにしても)
すらりとした長身。クールで美しい顔と話し方。1年と3年だから関わりは全くなかったけれど、当時はそれでもすごい憧れていた。
そんな宍戸桜花が、とんでもなく馬鹿だったなんて。
たいして偏差値も高くない暦学園でも、赤点連発に補習祭り。あんないかにもできる美人って感じ出しといてめちゃくちゃ成績悪いだなんて思わなかった。
でもだからこそ脅しが効く。この事実をばらされたくなければ大矢主水を無視しろと言えば、一も二もなく頷くだろう。馬鹿なんだから。
「生徒会長さーんっ」
全校集会終わりで一人になったところを話しかける。
「そのリボンの色……1年生ね。どうしたのかしら?」
間近で見ると……ほんと美人だな。まつげが長くて、肌がきめ細やかで、すごい、かっこいい。
だからこそ、残念だ。
「これ、生徒会長さんのですよね?」
かんなは見せる。去年一年分の、赤が大量についた成績表を。
「……確かに。私のね」
認めた。でも顔色は一つも変わらない。冷静で、沈着。それでいて心の中は、何も見えない。
いや、正確に言えば聞こえてはいるんだ。でもごちゃごちゃしていて上手く聞き取れない。たぶん色々なことの触りだけを考えては消して、考えては消しているのだろう。あるいはそこまで深く物事を考えられないのか。何にせよ、はっきり心の声を聞くことができない。こんな人もいるのか。
「この成績表、ばらまかれたくないですよね?」
「そうね。あまり見られて気分のいいものではないわ」
とにかくかんなのやるべきことは変わらない。脅迫して大矢主水を一人ぼっちに……!
「あなたをイベント同好会に勧誘するわ!」
「なんでぇっ!?」
あまりにも脈絡のない言葉に、思わず本気でツッコんでしまう。なんでこの話の流れで同好会に誘われてるんだ……?
「なんでって、決まっているでしょう。同好会は3人以上。そして5人以上で部に昇格できる。人が多いに越したことはないもの」
「いや知りませんし……え? 話聞いてました?」
「私の秘密を暴けたご褒美がほしいのよね?」
「聞いてるだけじゃ意味なかった……」
なんだこの人……。なんでこんなとんちんかんなこと言ってるのに綺麗な顔をキープできてるんだ……。
「違います。この成績表をばらまかれたくなければ、大矢主水を無視してくださいってことです」
「なんで?」
「なんでって……。これ脅迫なんで……」
「私の成績と主水になんの関連性があるの?」
「そう言われるとなにもないですけど……」
「じゃあ聞く必要はないわね」
だめだこの人っ! 小学生と話してる気分になるっ!
「わかりましたこの話は聞かなかったことにしてください……」
この人と話していても無駄だと考え撤退しようとすると、
「どうしたの~?」
ついに、来た。大本命が。
「月長水菜……!」
ふわふわのウェーブがかかったブラウンの髪に、眠そうな目元とかわいらしい顔立ち。制服を着崩し、ニーソックスを履く彼女の姿はまさに自由。
『暦の妖精』なんて呼び名がつけられるほどの、アイドル級の美少女、月長水菜。大矢主水の友人であり、クラスメイトであり、同じイベント同好会に所属しているという、大矢主水を堕とすための最も重要な存在だ。
「はじめましてっ。月長せんぱいっ」
「わ~。水菜ちゃんのこと知ってくれてるんだね~」
(おーくんどこだろ。おーくんに会いたいな~。おーくんおーくんおーくん……)
ふんわりとした口調でにんまりと笑みを浮かべた心の中で、全く別のことを考えている月長水菜。おーくんが誰だかは知らないが、やはりかなり自由だ。
そんな自由な彼女に、あんな過去が存在していたなんて。
中学時代。月長水菜は、ストーカー被害に遭っていた。相手は警察官。しつこく付きまとわれた結果、月長水菜は警察官と嫌々付き合うことになった。
そしてその警察官が、最悪だった。心理的にも、物理的にも。束縛が大好きな男だったのだ。
キスやそれ以上の行為こそされていないものの、常にその綺麗な身体には緊縛痕が刻まれ、逃げることは許されなかった。そしてその束縛は、高校を卒業しても解かれることはなかったらしい。
変わった過去では暦学園のキング、樹来紅に救われたらしいが、その前の過去が消えることはない。
こんな壮絶な過去、誰にも知られたくないはずだ。絶対に、絶対に。
だから月長水菜は確実にこの脅迫を受け入れる。
だって月長水菜ほどの人間にとって、大矢主水程度どうでもいい存在のはずだから。
だからかんなは笑顔で言う。
「大矢主水ってほんと気持ち悪いですよねっ」




