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とっておきの黒魔術 -伝道牧野の場合-【上】


 死者蘇生の魔術は古くから禁忌きんきとされてきた。


 人を生き返らせてはいけない。生者は死者を見送るのみ。

 人の世の理を、何人たりとも穢してはならない。

 

 文献でそんな言葉を目にするたびに、ばかげていると伝道でんどう牧野まきのは思っていた。

 死んだ人間に会えた方が嬉しいに決まってる。


 お礼を言いたかった人、謝りたかった人、教えを請いたい人、愛を伝えたかった人。

 もしも人生に死という制限がなければ、きっと多くの人が未練を解消できることだろう。


 だから伝道は、独自に研究をすすめ――そして、開発した。

 死者蘇生の黒魔術を。


「くくっ……完璧だ……!」


 震える指で眼鏡のリムを押し上げて、伝道は喜びの声をあげた。

 地下室の床には、巨大な魔法陣と、その上をなぞるように置かれた大量の蝋燭が置かれていた。

 奥の壁には摩訶不思議な絵が描かれており、その前には古びた鐘が備え付けられている。


「『ギラルディウスの鐘』の理論を応用した死者蘇生……! 生命を新たに循環させるのではなく、ムーンチャイルドを降霊し、体という器に霊媒化した魂のみを定着させる……! 何度見ても隙のない、それでいてオリジナリティに富んだ、まさに究極の黒魔術だ……!」


 苦節三十年。

 今年で齢四十八になる伝道は、人生の大半を黒魔術の研究に費やしてきた。

 誰も成し遂げたことのない偉業を達成したい。

 そんなキラキラした夢を抱いていたかつての伝道は――1人の友人から借りた本で、道を踏み外した。


『人類の知らない黒魔術―あなただけが知っているこの世の真理―』


 そんな色々な意味で香ばしいタイトルの本に、当時純粋だった伝道の心は鷲掴みにされた。そしてほどなくして、あらゆる癖という癖をこじらせた。体は丈夫だったが、中二病は治らなかった。


 頭はそこそこ良く、大学卒業後に就職したものの、恋人はおろか友達すら一人もできず、孤独に耐え兼ねますます黒魔術の研究に没頭した。

 給料はすべて本や良く分からない物(伝道は触媒しょくばいと呼んでいた)の購入にてられ、挙句の果てには家の地下に秘密の部屋を作った。


 そうして様々な痛々しい過去を乗り越え、ついに(彼の中では)完璧な黒魔術が、ここに完成したのである。


 だが。


「さて……最後の仕上げだ。あれを持ってこなくちゃな……」


 ここで一つ問題が発生した。

 死者蘇生を行使するにあたって、最も必要な素材。


 死体(・・)


 それを手に入れる術を、伝道は持っていなかった。


「そもそも火葬するのが悪いんだ……海外みたいに土葬の文化が根付いていればこんなことには……そういう文化の違いが黒魔術の発展を妨げてる……よくないところだよ、日本って国のさ……」


 伝道はぶつぶつとつぶやきながら、部屋の端に置いてあった大きなボストンバックを魔法陣の中央まで引きずった。


 通常、特殊な職に就いていない限り、一般人が死体に触れる機会は稀である。

 衛生観念が発達しており、治安の良い日本では、死体は発見され次第すみやかに処分される。


 だから。


「僕が殺すしかないよねえ……」


 伝道は自分で人を殺し、死体を調達することにした。

 普通に犯罪である。


「まあ、大丈夫……。どうせこれから僕の黒魔術で蘇るんだしさ……。むしろ歴史的瞬間に立ち会えることを光栄に思って欲しいくらいだよね……ふふ、ふふふふふ……」


 半ば自分に言い聞かせるようにつぶきながら、伝道はバッグの中から死体を取り出した。

 若い、少年の死体。

 つい数時間前に、街の中で殺してきたばかりだ。


 ふらふらと歩いていた少年を路中に停めていた車の中に引きずり込み、顔に袋をかけて絞め殺した。

 かかった時間は、五分にも満たない。初犯にしては鮮やかな手口だった。


「これでよし、と。さあ、始めるとしようか……」


 少年の死体をセットし、伝道は魔法陣が見下ろせるよう台の上に立った。

 黒いローブを身にまとい、高らかに両手を挙げる。

 

「やるぞ……やるぞやるぞやるぞやるぞやるぞ……! 僕はやる……やってみせるっ……! 黒魔術の……いや、世界の常識が! 今! ここで! 変わるんだっ!! マハラジャ・グィネヴィア・サバンタット――」


 伝道が奇怪な呪文を口にした。

 その時だった。


「んっ……」


 少年の体がぴくりと動いた。

 伝道は目が乾きそうなほど目をかっぴらいた。


「んんっ……」


 少年は間違いなく死んでいた。

 彼が自分の腕の中で死ぬ瞬間を、伝道は確かに体感した。

 

 だからこそ、分かる。

 彼が動くこと(・・・・・・)はあり得ない(・・・・・・)


「……………………こういうパターンか」


 やがて少年はけだるげにつぶやくと、体を起こした。

 黒真珠のような瞳が、伝道を捉える。


「こんにちは」


 あいさつを、した。

 伝道の奥歯が、カチカチと鳴る。


「あ、あぁ……」

「あなたは確か、散歩中の僕を車に引きずり込んだ人ですよね」

「あ、ああぁああああ……」

「驚かれるのも無理はないです。僕は確かに死んでいましたから」

「あぁああ、ああああああ……」

「どうかお気を確かに。えーっと、ところでプラナリアって――」

「ああぁあああああああぁあああああああああっ!!!!」


 少年の声は、伝道の耳には届いていなかった。

 歓喜の声を上げ、台の上から飛び降りて、伝道は少年の傍に駆け寄る。


「……や」

「や?」


 そして少年の両手を取り、言った。


「やっぱり僕は、天才だったんだ……っ!!!」

「水を差すようで申し訳ないんですが、多分違うと思いますよ」


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